美酒と唄に酔いしれる夜~不器用な優しさ~
サシ飲み一杯目 ― セレナとともに
場所:酒場《黒猫の盃》
酒:ドライ・ジンベースのカクテル「冷風の刃」
相手:セレナ
「本当にやるんだな…」
俺はカウンターに腰を下ろし、並べられた透明なカクテルを眺めながらため息をついた。
「まったく、アンタの巻き込まれ体質は相変わらずね」
セレナは椅子に座り、細い指でグラスをつまみながら冷ややかに言う。
「……すまない」
「別に私はいいけれど。お酒もタダで飲めるんだし」
彼女はあっさり言って、グラスの氷を指先でくるりと回した。
そして金色の瞳を細め、ちらりと横目をやる。
「……それより、なんであの鳥娘もいるのよ」
視線の先には、少し離れた席で翼を畳みながらリュートを抱えているアピアの姿。
彼女は気配を悟ったのか、ぱっと笑顔を見せて立ち上がった。
「私のことはお気になさらず!お二人の――ええと、雰囲気?やり取り?とにかくすべてを歌にのせるだけですから!」
「……やりづらいわね」
セレナが小さく吐き捨て、肩をすくめる。
「まぁまぁ、とりあえず飲もうぜ」
俺は苦笑しながらグラスを持ち上げた。
氷越しに透ける透明な液体は、まるで試練の一杯みたいに輝いていた。
透明な液体が照明に反射してきらめき、ほのかに柑橘のような香りが漂う。
「……じゃあ、乾杯」
俺がグラスを掲げると、セレナは小さくため息をつきながらもグラスを軽く合わせた。
「乾杯」
澄んだ音が鳴り、二人して一口含む。
舌に触れた瞬間、冷たい刃のような鋭さが走り、喉の奥で火花を散らす。
「……っ、けっこうキツいな」
思わず眉をひそめる俺を見て、セレナは小さく笑った。
「ふふ、だからいいのよ。甘ったるくなくて、頭が冴える感じ」
金色の瞳がグラス越しに輝き、どこか誇らしげに言う。
俺ももう一口飲んでみる。
確かに舌を刺すような鋭さの奥に、爽やかな香りが残っていた。
「……確かに、気分がシャキッとするな。お前に似合ってる酒だ」
「また軽口を…まあ、嫌いじゃないけど」
しばし言葉もなく、それぞれのグラスに口をつけた。
氷が小さく音を立て、冷たい液体が喉を通り抜けていく。
酒場のざわめきが遠くに霞み、カウンターの周りだけがぽつんと切り取られたように静かだった。
――数拍の沈黙。
やがて、セレナが小さく息を吐き、グラスの縁を指先でなぞりながら口を開く。
「ほら、黙って飲んでないで何か話しなさいよ」
彼女の声はつんと尖っているようでいて、どこか照れ隠しのようにも聞こえる。
カウンターの薄明かりに照らされた横顔は、ほんのり赤みを帯びていて、酔いのせいなのか、それとも気分のせいなのか俺には判別できなかった。
「そう言われてもなぁ……」
俺はグラスを軽く揺らし、浮かぶ氷のきらめきをぼんやりと眺める。
頭の中で記憶を手繰り寄せると、浮かんできたのは魔法学院での出会いの光景だった。
あの時の彼女の鋭い眼差しや、吐き捨てるような冷たい言葉がありありとよみがえり、不意に笑みがこぼれる。
「ちょっと、何笑ってんのよ」
セレナがむっとした顔でこちらをにらむ。
「いやさ、出会った頃を思い出してな」
「それの何が可笑しいのよ」
セレナはふいっと横を向いた。
けれど、ほんの一瞬だけ――気になるように、ちらりと俺の方へ視線を寄こす。
「セレナ、最初はホント冷たかったよな~。結構キツい言葉を浴びせられた気がするし」
「そ、そうだったかしら?」
彼女はカウンターの端に視線を落とし、ジンの入ったグラスに口をつける。
「ああ、それが今では…ねぇ」
思わずそんな言葉が口をついて出る。
「な、なによ」
セレナはグラスを置き、肩をすくめるように俺をにらんだ。
けれどその瞳には、わずかな焦りと、どこか柔らかい光が混じっていた。
「そっけないようで、なんだかんだ面倒見いいよな」
俺は苦笑しながら、素直に思ったことを口にする。
「そ、それは…アンタが無茶するからでしょ?」
セレナはすぐさま言い返し、ぷいっと横を向いた。
グラスをもう一度手に取り、唇を濡らす仕草はどこか落ち着かない。
「違いない。今後は気を付けるよ」
――そうだ。俺にはもう“闇の力”はない。
あの力に頼れない今だからこそ、無茶をすれば仲間に心配をかけるだけだ。
セレナをはじめ、皆を不安にさせるような真似はもうしたくない。
「ホントかしらね…」
セレナはわざとらしくため息をついたが、その声にはどこか柔らかさが混じっていた。
そして、ぽつりとこぼす。
「…ったく、放っておけないのよ、アンタのこと」
ぽつりと零れたその言葉は、酒場の喧騒に紛れそうなほど小さかった。
けれど、不思議とはっきりと耳に届く。
俺はグラスを傾けながら、その一言を反芻し、思わず口元を緩めた。
「……ふっ」
「何が可笑しいのよ?」
怪訝そうに眉をひそめるセレナへ視線を向ける。
その頬はほんのりと赤く染まり、どこか落ち着かない様子でグラスの縁を指先でなぞっていた。
「いや、今の言葉さ」
「……何よ」
わざと素っ気なく返す声。
けれど、その横顔はどこか気まずそうで、俺から視線を合わせようとはしない。
「それは仲間として、だけか?」
何気ない調子で口にした一言だった。
その瞬間、セレナの肩がぴくりと震える。
「バッ、馬鹿言うんじゃないわよ!」
勢いよく振り返った彼女は、耳まで真っ赤になっていた。
酒だけが理由ではないことは、その慌てぶりを見れば明らかだった。
「顔、赤いぞ?」
「……っ!」
言葉に詰まり、セレナは悔しそうに唇を噛む。
やがて金色の瞳でじろりと睨みつけると、照れ隠しのように声を張り上げた。
「そ、それ以上からかうなら……石にするわよ!」
「それは勘弁してくれ」
俺が苦笑しながら両手を軽く上げると、セレナはふんっと鼻を鳴らし、赤くなった顔を隠すように勢いよくグラスを煽った。
氷がカラン、と小さく音を立てる。
その様子を眺めながら、俺は胸の内でそっと笑う。
――本当に、素直じゃないやつだ。
そのとき、アピアのリュートが静かに弦を鳴らす。
そして、ひとことだけ歌が零れた。
「嗚呼~淡き蕾は 胸奥に眠り 春を待つ」
短い旋律は酒場のざわめきに溶け込み、余韻だけを残して消えていった。
今回のお相手はセレナでした。
普段は素直になれない彼女ですが、少しでも「不器用な優しさ」が伝わっていたら嬉しいです。
さて、明日はまた別の仲間とのサシ飲み。
どんなお酒と、どんな会話が待っているのか――お楽しみに。




