美酒と唄に酔いしれる夜~愛する小悪魔~
サシ飲み七杯目 ― リリアとともに
場所:酒場《紅の羽根亭》
酒:リキュール「クリムゾンフェザー」
相手:リリア
店内は赤いランプシェードが灯り、まるで薄紅の羽根が舞っているような幻想的な空気に包まれていた。
壁には羽根飾りや仮面が並び、妖しげで洒落た雰囲気を醸し出している。
運ばれてきたのは真紅のリキュール。
甘やかで濃厚な香りが漂い、見た目からしてどこか小悪魔的な印象を与える一杯だ。
リリアはグラスを指先でくるりと回し、唇に妖しい笑みを浮かべる。
「最後は私の番みたいね…ふふ、カケル。こうして二人きりで飲むの、ちょっと不思議な気分よ」
「不思議って?」
思わず問い返す。胸の奥が少しざわめいた。
リリアはゆったりとした仕草でグラスを唇に寄せ、赤い液体をほんの少し口に含む。
その横顔は、普段の軽やかさとは違い、どこか艶めいて静かだった。
「ずっと隣にいたのに…こうして向き合って飲むのは初めてだから」
彼女の言葉に頷きながら、俺もグラスを口に運ぶ。
甘く濃厚な味わいが舌に広がり、酔いで熱を帯びた体にじんわりと染みていく。
「確かにな…旅を始めたらあっという間に仲間が増えて、賑やかになったからな」
言いながら自然と笑みがこぼれた。
あの時、二人きりで始めた旅路の不安や心細さはもうなく、
代わりに胸に残るのは、共に過ごした時間の温かさだけだった。
「ねぇ、覚えてる?最初に一緒に宿に泊まった夜のこと」
リリアは少し身を乗り出し、赤い瞳を細める。
「勿論さ。なんだか昨日のことみたいに思い出せるよ」
「ふふっ。あの時のカケルったら、あたふたしてて可愛かったわよ」
リリアは楽しそうにグラスを揺らし、くすりと笑った。
「…あ、あの頃はまだ出会ったばっかりだったし、慣れてなかったからな」
思い返すと、当時の自分が浮かんで赤面しそうになる。
リリアは唇に指を当て、わざとらしく首をかしげる。
「あら、今はもう慣れて…私には飽きちゃった?」
「お前なぁ……」
思わず肩を落とす俺の反応を見て、彼女はころころと笑い声を零した。
「ふふっ、冗談よ」
そう言ってから、リリアは視線を落とし、グラスの縁を指でなぞる。
その仕草には、普段の小悪魔的な軽さではなく、ほんの少しの影が宿っていた。
「…あの頃は、私も貴方に本当の自分を見せていなかったわ」
赤い瞳が揺れる。まるで深い奥底に隠された想いが、酒精とともに少しずつ滲み出してきたかのように。
俺の脳裏に過ったのは――以前、彼女が打ち明けてくれた過去の話。
愛した勇者のこと。
彼女が失い、なお心の奥で引きずっているのではないかという影。
胸がきゅっと締めつけられる。
俺はリリアを愛している。だからこそ、この世界に残ると決めた。
それでも…彼女の心の中に、もう逢うことも叶わない彼がまだ生きているのだろうか。
思わず、グラスを置いて口を開いた。
「なぁ…リリア。その…」
リリアは首を傾げ、柔らかく微笑む。
「なぁに?」
喉が渇き、言葉が重くなる。でも、逃げるわけにはいかなかった。
「…やっぱり、忘れられない…のか?」
リリアの表情が一瞬、空白になる。
最初は何を指しているのか分からないといった様子だった。
だけど、すぐに彼女の瞳がはっと揺らぎ、俺の言葉の意味に気づいたのだろう。
リリアはゆっくりと視線を落とし、グラスの赤を覗き込むようにして小さく吐息を漏らした。
「そうね…全部忘れるなんて、できないかもね」
その声には影が混じっていた。けれど次に彼女が顔を上げた時、赤い瞳は真っ直ぐに俺を射抜いていた。
「けれど、今は貴方がいる。貴方を愛してる。それだけは信じて欲しいの」
胸が熱くなる。
たった一言で、これまでの不安や迷いが溶けていくようだった。
「リリア……」
彼女はふわりと微笑み、わざと艶やかな声を乗せる。
「だから――私を目いっぱい愛してね?」
「ふぅ…ここが酒場じゃなかったらな~」
思わずぼやくと、リリアは楽しそうに唇を尖らせた。
「襲ってたかも?」
「そ、そうは言ってないだろ!?」
慌てて返す俺を見て、彼女はくすくすと笑った。
その笑い声は甘く、酒よりもずっと酔わせる響きを持っていた。
「これからどんな旅になるのかしらね」
その横顔は柔らかで、どこか儚げだった。
俺は少しだけ考え込み、それからゆっくりと彼女の瞳を見返す。
「さぁな。でも一つだけ言えるのは…」
そう前置きしてから、胸の奥から自然と溢れた言葉を口にする。
リリアの赤い瞳が、静かにこちらを見つめる。
「君となら、どこにだって羽ばたけるさ」
彼女は驚いたように瞬きをして、それから小さく笑った。
その笑みは酒場の灯りよりも温かく、赤いリキュールよりも甘やかに胸を満たした。
その時、アピアのリュートが柔らかに鳴り、歌声が夜に溶けていく。
「舞い散る羽根よ 過去を越えて 未来へ共に翔ける」
酒場の空気が一瞬静まり、まるでその歌が二人を祝福しているかのように感じられた。
◇ ◇ ◇
七人分の酒を飲み終えた俺は、ふぅと長い息をついた。
「…さすがに飲みごたえがあったな」
広場の中央には、待ち構えていた職人達がずらりと並んでいる。
最初に出会ったときのような険しい顔つきではなく、皆の瞳はどこか期待を帯びていた。
「どうだ、英雄様!」
「我らの酒の中で、一番はどれだ!?」
声が飛ぶ。俺は一歩前に出て、彼等の視線を正面から受け止めた。
「やっぱり、一番なんて決められないさ」
ざわめきが広場に走る。けれど俺は続けた。
「どの酒にも、それぞれ違う強さと魅力がある。飲む人によって、心に響くものは違うんだ」
職人達は互いに顔を見合わせる。
俺は胸の内に浮かんだ想いを、そのまま言葉にした。
「だから――皆の一番じゃなくて、誰かの一番になればいいんだよ」
沈黙のあと、職人の一人がふっと笑みをこぼした。
「…なるほどな。英雄様の言う通りだ」
やがて別の一人も、そして次々に笑い声が広がっていく。
「互いに張り合うんじゃなく、切磋琢磨していけばいい」
「そうだ、次はもっと旨い酒を造ってやる!」
最初に火花を散らしていた彼らが、今は肩を組み合い、互いを称え合っていた。
群衆も大きな拍手を送り、賑やかな声が夜空に響く。
トーラが豪快にジョッキを掲げ、声を張り上げた。
「よし!無事解決したんだ!飲み直そうぜ!」
「おいおい、まだ飲むのかよ…」
俺は思わず額に手を当てる。
けれど隣ではライアが腕を組み、口元に笑みを浮かべていた。
「いいぞ、トーラ。どっちが飲めるか勝負だ!」
「上等だ!」
二人の視線が火花を散らし、すでに戦いの幕が切って落とされるようとしていた。
セレナは深いため息をつきつつも、グラスを掲げて肩をすくめた。
「ほんっと、騒がしいわね…でも、たまには悪くないかも」
「ふっ、賑わいの中で飲む一杯もひとしおだな」
ヴァネッサは優雅にグラスを傾け、赤い唇に微笑を浮かべる。
エリシアは穏やかな声で続けた。
「お酒は本来、人と人を繋げるものですわ。皆で楽しむのが一番ですね」
「……乾杯」
エルザは短く言葉を落とし、迷いなくグラスを掲げた。
最後にリリアが妖しく笑みを浮かべ、俺に視線を絡める。
「ふふっ、カケル。今夜は潰れるまで付き合ってもらうわよ?」
「ははっ、やれやれだ…」
俺は苦笑しながらもグラスを掲げた。
仲間達の笑い声と共に、夜はさらに深く、賑やかに更けていった。
リュートの弦が、喧噪の中に柔らかく響いた。
アピアが目を閉じ、仲間達の姿を見守るように声を乗せる。
「嗚呼~酒は灯火 心を照らし 笑いと絆は 未来へ続く」
静かで温かな旋律が広場を包み、笑い声や杯の音と溶け合って夜空へと昇っていく。
その歌声は、まるで今ここにある幸せを祝福するようだった。
バッカス編、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
今回のお相手はリリア。
普段はからかってばかりの彼女ですが、その想いは誰よりも真っ直ぐで、一途な愛に満ちています。
このバッカスでの夜が、皆にとって少しでも心温まる時間になっていたなら嬉しいです。
またいつか、カケル達との新たな乾杯の日にお会いしましょう。




