第3話 全国人民代表大会
1月11日9:00(日本時間10:00)中国・北京西城区 人民大会堂
アメリカ合衆国の消失から11日、中国では日程を前倒しする形で全国人民代表大会が非公開で開催された。主な議題は以下の3つである。
1、3中旬に台湾統一作戦を開始する是非。
2、2月4日〜17日まで開催予定の北京冬季五輪を国家的成功に導くこと。
3、日本との首脳会談を実施し、台湾問題への不干渉を確約させること。
以上の3つとした。壇上に立った国家主席・槫秦北は、静かに議場を見渡した。
「同志諸君。百年に一度の変局は、我々に歴史的機会を与えた。アメリカという最大の外的抑止力は消えた。しかし世界は我々を注視している。ゆえに、行動は大胆でありながらも、精密でなければならない。今日の会合が有意義なものになることを祈る。それでは中央軍事委員長から」
槫主席は岷斎淵中央軍事委員長が口を開いた。
「3月中旬、気象条件は安定期に入ります。台湾海峡の波高は比較的低く、上陸作戦に適しています。アメリカ合衆国がいない以上現時点が最良の機会であります。我々にとって悲願である台湾統一を果たしていくためにも絶好の機会と言いましょう」
大型スクリーンに、台湾周辺の作戦想定図が映し出される。封鎖線、制空圏、電子戦展開図が表示された。だがしかし、経済担当副総理の鄭趙薀が手を挙げた。
軍事的機会と経済的耐久力は別問題です。現在、ドル体制の崩壊により国際市場は不安定。人民元は上昇基調だが、資本流出の兆候もある。統一作戦開始と同時に大規模制裁を受ければ、成長率は大幅に下振れする可能性があります。さらに、日本が安保理の暫定常任理事国となりました。拒否権はありませんが世論形成力は侮れない。欧州諸国をまとめれば我々は国際的孤立に直面する。日本以外にも韓国やオーストラリア、インドの出方にも注目しなければなりません」
「だからこそ、三段構えとする」
鄭経済担当副総理の発言に槫主席は反論した。
「我々は第一段階として来月開催の北京冬季五輪を国家の結束と安定の象徴として成功させ、第二段階に日本との首脳会談を実施し、台湾問題を内政問題として扱う立場を確認させる。5万人規模の在日米軍は残存しているが相手にするほどでもないことは確かだ。そして第三段階。三月中旬、統一作戦を開始する。我々は平和国家としての姿勢を示す。五輪期間中、軍事行動は起こさない。だがその裏で着々と準備は完了させる」
2018年平昌以来6年ぶりの冬季五輪は中国首都・北京で開催される。2019年の未知の感染症が長引いたことが原因で2022年開催予定であったが2024年に延期となった。世界の目が北京に集まる祭典。成功すれば国威発揚と国際イメージ向上につながる。失敗すれば、統一作戦の正当性も揺らぐ。主席の声は落ち着いており、軍代表も頷いていた。
続いては日中首脳会談である。第3議題の日中首脳会談は兪按濤から説明を受けた。
「三月初旬、北京もしくは中立地での日中首脳会談を打診する。目的は二つ。第一に、日本が台湾問題に軍事的関与をしないことを明言させる。第二に、在日米軍の動向に関する情報を得ること。日本が我々に干渉しなければ、作戦成功確率は大幅に上がる。だが、日本は国内世論に左右される国家だ。台湾有事となれば参戦圧力が高まる可能性がある。だからこそ事前に縛り、干渉させないことが重要なのである」
本土を失ってもなお、日本に駐留する米軍は存在している。この在日米軍や自衛隊を参戦させないことが重要なのである。
「我々が注目しているのは横須賀、嘉手納、三沢。航空戦力は健在。在日米軍司令部は本土消失後も機能維持の兆候ありとしています。詳細は今後の会合で詰めるとしましょう」
5時間半に及ぶ全国人民代表大会の特別会議が閉幕すると、北京は一見すると平静を取り戻した。国営メディアは「安定と発展を堅持」「平和的統一への揺るがぬ決意」といった表現で総括し、三月中旬を視野に入れた台湾統一方針には直接触れなかった。だが、水面下では歯車が一斉に回り始めていた。
中央軍事委員会は東部戦区に対し、作戦準備の最終段階移行を通達。演習名目での艦艇集結、弾薬・燃料の前倒し補給、予備役の限定動員が進む。サイバー部隊には「戦略的威嚇」の枠内で侵入経路の固定化と潜伏の強化が命じられ、電子戦部隊は衛星妨害訓練を増やした。いずれも表向きは定例活動だが、時期と規模が例年を上回っている。
外交面では、三月初旬の日中首脳会談の打診が正式化された。議題は経済安定、サプライチェーン、人的往来の正常化。だが核心は台湾問題への不干渉確認である。北京は文言を「内政問題への相互尊重」と曖昧に整え、共同声明に盛り込む構想を描く。同時に、ASEAN各国にはエネルギー供給と投資拡大を提示し、欧州には市場安定への協力を呼びかける。制裁の芽を事前に削ぐ布石だった。
北京冬季五輪は「盾」と位置付けられた。二月上旬までの間、軍事的緊張を表に出さず、国際世論を穏健化させる。世界が北京に視線を向ける時間を、準備完了までの猶予に変える戦略である。国内では愛国宣伝が強まり、経済面では外貨準備の再配分、資源備蓄の積み増し、決済網の多角化が進む。ロシアとの資源・通貨協力も加速し、対外ショックへの耐性を高める。
一方で、台湾海峡の空気は確実に変わった。台湾側は予備役訓練を拡充し、重要インフラの分散化を急ぐ。海峡周辺では艦艇と哨戒機の接触回数が増え、誤認のリスクが高まる。さらに、在日米軍の動向は依然として最大の不確定要素だ。アメリカ本土を失っても戦力は残存し、抑止の“影”として存在し続ける。北京は情報収集を強化し、日本の出方を注視する。
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