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♦︎伝説の槍は、僕を殺せない♦︎  作者: Blueberry
『第六章』伝わらない思い
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《第二十節》久しぶりの平穏(2)

 少年たちと別れてからもたくさんの人と話をして、ようやく一段落ついた頃、一行は先ほど話していたロイドさんの店へと向かっていた。

 中央通りとも呼ばれる大通りを真っ直ぐ進むと、Serendipityセレンディピティと書かれた看板が見えてきた。

 センスの良いおしゃれな看板は、まるで彼の性格を表しているよう。

 店構えも素敵で、とても明るい雰囲気だ。


 ゼロはしばらく外観を見つめていたが、やがて我に返ったように扉を叩く。

 すると、中から「はーい」と元気な声が聞こえてきた。

 じっと外で待っていると、扉がゆっくりと開かれる。


「あらあら、可愛らしいお客様ね」


 出てきた人物は、ロイドではなかった。

 綺麗に巻かれた薄桃色の長髪に、ゆったりとした緑色のドレスを着た、背の高い優しそうな貴婦人。

 ゼロの顔を一目見て目を細め、それから丁寧に頭を下げた。


「お初にお目にかかります、殿下。私、ロイドの妻〝セシリア〟と申します」


 その言葉に、ゼロは目を見開いた。

 ゼロはロイドに出会ってからまだ一度も、彼女の姿を見ていなかったのだ。


「セシリアさん…お会いできて光栄です。初めまして、ゼロ・ジョーカーと申します」


 ゼロも軽く頭を下げると、セシリアは頰に手を当てて黄色い声を上げた。

「何度かお見かけしたことはありましたが、まあなんて可愛いのかしら! もう少し近くで見てもいいですか?」 

「え、えーっと…」

 あまりの勢いに圧倒されていると、セシリアははっと思い出したように口を塞ぐ。

「いけない。あまりの可愛さに、つい興奮してしまいました。さあさ、どうぞ中へお入りください」


 彼女に促されて中へ入ると、看板と同じように、とてもおしゃれな空間が目に飛び込んできた。

 白色の壁にはいくつもの観葉植物が飾られ、机の上には色とりどりの花が咲き誇り、赤と白のチェック柄のテーブルクロスが敷かれている。

 カウンターには可愛らしい手書きのメニューや、小さなボトルに入った調味料、さらにキッチンの戸棚には瓶に入れられた数種類の茶葉が並べられている。

 案内された席に座ると、店の奥から青髪の男が顔を出した。


「やあ、ゼロくんじゃないか。来てくれたんだね」


 知的で落ち着いた雰囲気の男性。この人物こそが〝ロイド〟だ。

 ゼロはロイドの方へ顔を向けると、立ち上がって頭を下げる。


「お久しぶりです、ロイドさん」

「見ないうちにまた一段と大人っぽくなったね。今日はサンくんも一緒なのかい?」

 ロイドは斜め後ろに立つサンを見ると、にっこりと微笑んだ。


「ええ。今日は私の護衛をしてくれています」

「そうか、来てくれて嬉しいよ。好きなだけゆっくりしていってくれ」

「「ありがとうございます」」


 話が終わると、セシリアがメニューを手に近づいてくる。

 渡されたメニューを見てみると、様々な種類の茶や、ケーキの名前がイラスト付きで書かれていた。

 ありすぎて迷ってしまいそうだが、ゼロはその中にふと気になるものを見つけた。


 〝ラ・グリーンティー〟


 花の名前かもしれないと思ったが、そんな名前は聞いたことがない。

「あの…こちらの紅茶は、どのようなものなのでしょうか?」

 セシリアに問いかけると、彼女はメニューを覗き込んで「ああ!」と手を叩いた。


「〝ラ・グリーンティー〟は、ラ・グリーンという種類の〝梨〟を使った紅茶ですよ」

「ラ・グリーン…聞いたことがないですね」


 ゼロは梨が大好物であるため、梨のことには比較的詳しい。

 ラ・グリーンは、そんなゼロでも聞いたことのない種類だった。


「主人が南部で見つけたのですが、どうやら市場には出回っていないようで、仮の名前をつけたんです。おそらく、ここでしか味わえない貴重な梨ですよ」

 セシリアが誇らしげに胸を張ると、ゼロは興味津々といった様子で目を輝かせた。


「それでは、それをいただけますか?」

「かしこまりました。他の皆様はお決まりになられましたか?」

 ゼロに続いてサンやルイたちも注文すると、セシリアはカウンターへと戻っていった。


(ラ・グリーンティー…。一体、どんな味なんだろう?)

 初めて味わう梨にワクワクしながら、ゼロは手帳に新しい知識を書き込んだ。


♢♢♢


「お待たせいたしました。ラ・グリーンティーでございます」


 机の上にカップが置かれると、ほんのり甘い匂いが漂う。

 ティーカップには、桜のような白色の花が、緑の葉と一緒に描かれていた。

 早速取っ手を持ち、縁を口につけて傾ける。


「!」


 口に含んだ瞬間、上品かつ華やかな香りが口の中いっぱいに広がった。

 濃厚な甘みとすっきりとした酸味が、同時に感じられる。


 あまりの美味しさに、僕は思わず頬を緩ませた。

 これほど美味しい紅茶は、飲んだことがない。

 何より、ラ・グリーンという梨の味が、今まで食べてきた梨とはまったく違う。

 こんなにも甘くて美味しい梨があることを、どうして今まで知らなかったのだろうか。


「お口に合いましたでしょうか?」

「ええ、とっても美味しいです。心が安らぎますね」

「まあ、本当ですか? どうぞごゆっくりお寛ぎください」


 僕の他にも、サンはダージリンティー、ルイはアップルティーを堪能していた。

 ラグや他の団員たちも、それぞれ様々な紅茶の香りを楽しんでいる。

 中には季節のスイーツを注文している者もいて、何人かで分け合って食べていた。


 なんだか、とても平和な時間だ。

 ついこの間までは色々あったせいで、こうしてゆっくりできる時間はあまりなかった。

 だからこそ、こういう時間がいつも以上に貴重に感じられる。

 みんなにはたくさん助けてもらっているから、たまにはこんな風に息抜きもしてほしい。

 そう思いながら、少しずつ紅茶を口に入れる。


 梨の花言葉は、愛情。梨の木の花言葉としては、癒しや慰めなどがある。

 この紅茶はその言葉通り、一口飲むだけで、心の奥がじんわりと温まっていくような気がした。


(やっぱり、僕には贅沢すぎるな…)


 愛情も癒しも慰めも、僕にはまったく無関係なものだ。

 それらをいただけるだけの価値は、残念ながらどこにもない。

 けれど、もし許されるのであれば、今だけはこの美味しい紅茶を味わっていたい。


「…ここの紅茶は美味しいですね」


 ふいに聞こえた声に顔を上げると、サンが穏やかな笑みを浮かべていた。

 サンがこんな表情をするとは、よほど美味しいのだろう。

 機会があれば、ダージリンティーも飲んでみようかな。


「そうだね。リヴたちにも飲ませてあげたい」


 リヴは分からないが、紅茶好きのフィンならとても喜んでくれそうだ。

 気に入って通い詰めるようになるかもしれない。


「それじゃあ、今度はみんなで来ましょうか」

「うん。楽しみにしてるね」

 僕たちはその後もゆっくり紅茶を堪能し、空が茜色に染まる頃に店を出た。


♢♢♢


「いやあ、美味しかったね〜!」

「格別でしたよね。あんなに美味しい紅茶は初めて飲みました」

「おお…舌が肥えたサンくんにそこまで言わせるとは!」


 街の明かりが少しずつ灯り始めてきた頃、ゼロたち一行は王宮へと戻り始めていた。

 歩きながら出てくるのは「美味しかった」という言葉ばかりで、皆非常に満足した表情をしている。


「別に肥えてはいませんよ。ゼロ…殿下によく連れ回されていますから」

「あー…殿下の外出の多さは、もはや伝説だもんね」

「ええ。一週間に一回は誘われます…」


 一部の者たちのみが知る、すでに決まっている時期国王の話。

 ゼロは国王にはなれない。

 正確には、国王になる前に病で亡くなったことにされてしまう。

 そのため、君主教育などで忙しいリヴとは違い、ゼロには多くの時間があった。


 そしてゼロは、その時間のほとんどを、王都などへの視察に充てていた。

 少しでも国民の力になりたいと、自ら悩みなどを聞いて回っているのだ。

 しかし、王族ともあろう者が、護衛もつけずに外へ出ることは許されない。

 だからゼロは、専属の騎士であり、かつ最も信頼できる家族でもあるサンを誘うのだ。


「あははっ、サンくんも大変だねぇ」

「まったくです…」


 サンとルイは色々と話しながらも、目だけはしっかりとゼロの方へ向けられていた。

 目を逸らした隙に、何が起こるか分からない。

 王宮から近い王都での視察とはいえ、やはり不安は絶えない。

 しかし、ルイだけはたまに後ろを振り返り、あたりをキョロキョロと見回していた。

 サンが疑問に思っていると、彼はついにその場で立ち止まる。


「先輩?」

「…後ろから、何か感じない?」

「後ろ? ……はっ!」


 サンは何かに気がつくと、ルイと共に後ろを振り返った。

 誰かを探すかのように、視線を巡らせる。

 そして数秒後、サンの目がとある一点へと集中した。


「……⁈ ゼロ、避けろ!」


 サンが大声で叫んだその時、鋭い矢が目の前にいるゼロの頬を掠めた。

 当たったところから、僅かに血が流れ出る。

 ゼロは地面に落ちた矢を拾うと、後ろを振り向き、矢が飛んできた方向へ目を遣った。


「殿下! 大丈夫ですか⁈」

「怪我してないっすか⁈」

 サンたちが慌てて駆けつけると、ゼロは少し驚いたような顔で頷く。

「うん、サンが咄嗟に叫んでくれたおかげでなんとか…」


 しばらく目を凝らして見たものの、矢を飛ばした犯人は見当たらず、ゼロは矢をパキリと折った。

 団員たちがホッとする中、ルイだけは頬の傷に気がつき声を上げる。


「良かった…って、ほっぺた切れてるじゃないっすか!」

「ああ、うん。でも大した怪我ではないから、気にしなくて大丈夫だよ」

「ダメっすよ! ちゃんと手当しないと…」


 ルイがラグに手当をお願いしようとすると、ゼロはそれを優しく制し、徐に傷口に手を当てた。

「Reproductionリプロダクション

 頬から手が離されると、傷は綺麗に塞がり、流れていた血も消えていた。

 ゼロはルイの顔を見上げ、得意げにウインクをする。


「ほらね、すぐに治るから」

「殿下…」

「はぁ…街中ではあまり使わないでくださいよ」

「うん。でも、バレなければ問題はないでしょう?」

「………」


 ゼロは折れた矢に目を落とし、それをじっと見つめた。

 少し見ただけでは分からないが、よく見ると先端部分に透明の何かが塗られている。

 傷口を治してしまったため、毒だったのかどうかは分からない。

 けれど、それがあまり良いものでないことは明らかだ。


(後で〝リヴ〟に聞いてみるか…)


「この矢は僕が持って帰るよ。万が一、毒が塗られていたら危ないからね」

「な、なんかセリフが逆な気がするんすけど…」

「仕方がないですね。そういうことならよろしくお願いします」 

 折れた矢は瘴気によって綺麗に消され、一行は再び王宮へと歩みを進めた。

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