《第十五節》開かない瞼
第十四節の方に一部続きを追加しています。編集前の第十四節を読んでくださっている方は、追加した部分をお読みになってから、第十五節に進んでいただけたら話が繋がると思います。お手数ですが、一度戻っていただけますと幸いです。
どこまでも澄み渡った青空。
光り輝く太陽に負けない、煌びやかな王宮。
リヴたちは無事に、オスカルを連れて王宮へと帰還した。
王都から王宮へ繋がる門を潜り抜ける間、サンは眠り姫ならぬ〝眠り彦〟を起こそうと奮闘していた。
「リヴ、リ〜ヴ、そろそろ起きろ」
ずっと世間話をしていたサンたちとは違い、リヴは馬車に乗り込んでから一度も起きずに眠り続けていた。
それだけ疲れが溜まっていたのだろう。
眉間に皺を寄せ、たまに苦しそうな呻き声をあげていた。
「駄目だ…。全く起きそうにない…」
「うーん、どうしましょう」
サンとフィンが唸っていると、オスカルが思いついたように声を上げた。
「こういう時は、殿下に任せるのが一番良いのでは?」
「確かにそうですが、あの子は…」
フィンは窓の外に目をやり、小さくため息をついた。
道案内を終えてから、ゼロの声はぱたりと消えてしまった。
それ以降、ほんの少しの瘴気すら見ていない。
それが何を意味するか理解していたフィンは、困ったように眉を下げた。
「おそらく、今はここへ来れないと思います。別の方法を考えた方が良いでしょう」
「そうですか…」
しかし、声をかけて起こす以外に、良い方法は思いつかない。
あれこれ考えてはみたものの、結局サンがリヴを背負って連れて行くことになった。
馬車から降りて、王宮の中央にある最も大きな建物へと歩いていく。
手入れの行き届いた庭園が、サンたちの無事の帰りを祝福してくれていた。
建物へ辿り着くと、サンを先頭に、フィン、オスカルの順で建物へと入っていく。
最初に向かったのは、アポロ騎士団のルイとサイラスが待つ空き部屋だった。
扉の前に立ち、ドアを数回ノックする。
すると、ゆっくりと扉が開かれ、副団長のルイがひょこっと顔を出した。
「わあ、サンくん! おかえり〜! フィン様もお疲れさまっす!」
ルイはいつも通りの明るい笑顔で迎えてくれたが、サンに背負われながら眠るリヴを見て、少しだけ眉をひそめる。
「リヴ殿下はどうされたの?」
「過酷な任務で随分とお疲れのようです。何度声をかけても起きないので、そのまま連れてきました」
「そっかあ…。サンくんもお疲れさま。ゆっくり休んでね〜」
一礼をしてサンが部屋の中へ入ると、丸テーブルの向こうにサイラスが座っていた。
こちらを見た瞬間、勢いよく立ち上がる。
「サン…‼︎ 良かった…っ、無事だったんだな!」
サイラスは目にいっぱいの涙を溜めていた。
いつも冷静な彼からは、想像のできない表情を浮かべている。
「あはは…サイラスさん、昼からずっとこんな感じなんだよ〜」
「ご心配をおかけしました。力不足で申し訳ございません」
「いやいや、サンくんほどできる子はいないでしょ。まあ、これには事情があって…」
ルイはサイラスの代わりに、ゼロが部屋で休んでいる旨を伝えた。
瘴気の使いすぎで、意識を失ってしまったことも。
「そうですか…。では、俺はベイカー嬢と二人で殿下の様子を見てきます。可能であれば報告もしておきたいので。先輩方はリヴ殿下と…オスカルさんを頼みます」
「「オスカルさん?」」
ルイとサイラスが首を傾げると、部屋の外からオスカルが顔を出した。
丁寧に頭を下げ、挨拶をする。
「お久しぶりです。元ミネルヴァ騎士団所属の、オスカル・マーフィーと申します」
オスカルの自己紹介に、ルイは遠い記憶を辿るように目を細めた。
オスカルが騎士団の団員として働いていたのは、今から約八年前のことであるから無理もない。
しばらくしてようやく思い出したらしいルイは、納得したような表情ではなく、どこか冷めた目つきでオスカルを見上げた。
「ああ、あのオスカルね…。お前のことはよく覚えているよ。よくも俺の前に顔を出せたな?」
「いやあ…私もできれば貴方とは会いたくなかったのですが、今回ばかりは仕方がないのですよ。ね、サン?」
「………」
ルイは怒りを隠そうともしなかったが、サンが何も言わなかったため、渋々了承したようだった。
リヴは全身泥だらけのため、眠ったまま専属の従者に預けられ、オスカルはルイと対面の席に座り、再び錬金術を始めてしまった。
ひとまず、ここは大丈夫だろう。
そう思い、サンはフィンを連れて部屋を後にした。
♢♢♢
空き部屋を出たサンとフィンは、大きな中央階段を上がり、長い廊下を進んでゼロの部屋の前で立ち止まった。
コンコンコン…と軽く扉を叩くも、返事はない。
ルイから寝ていると聞いていたため、サンとフィンはそっと扉を開けて、部屋の中へと足を踏み入れた。
(静かだな…)
室内はとても広く煌びやかだが、どこか温かみを帯びていた。
大きな窓には、濃い青色に金糸の刺繍が施されたカーテン。
机の上にはきちんと並べられた分厚い本と羽ペンに、小さな花瓶に生けられた白色のダリア。
透明感のある花弁が、ゼロの優しさを表しているようだった。
しばらく入り口付近で立ち止まっていたサンは、フィンに促されて部屋の奥へと歩みを進める。
大きなベッドはレースのカーテンで閉ざされており、中から微かに寝息が聞こえてきた。
二人はそっとカーテンを開けて、枕の方へと近づいてみる。
「良かった…息はあるみたいね」
ゼロは柔らかい布団の中で、静かに眠っていた。
フィンの言う通り息はあるが、眉間に皺を寄せてひどく苦しそうな顔をしている。
普段は頼れる存在であるはずなのに、こうして目を閉じていると、見た目通り十歳の少年にしか見えないのだから不思議なものだ。
(…馬鹿だなあ、お前は)
声に出すことはできなかった。
ただ、苦しそうに寝息を立てるその姿が、見ていて辛く、心が痛む。
隣でフィンが椅子を引き寄せ、静かにゼロの手を取った。
フィンの目から、微かに雫がこぼれ落ちる。
「俺が、もっとしっかりしていれば…」
サンはぽつりと呟いた。
自分がもっと周りに気を配れていれば、リヴはさらわれなかったかもしれない。
リヴがさらわれていなければ、ゼロが瘴気を使う必要も、謹慎中に任務に参加することもなかった。
そもそも、自分にこんな才能がなければ、マーフィー家から孤立することも、ジョーカー家に迷惑をかけることもなかった。
「全部、俺のせいだ…。俺のせいでみんな…」
サンは顔を伏せ、かすれた声で呟いた。
その直後、フィンが勢いよく顔を上げる。
「何を言っているの、サンの〝おかげ〟でしょう? あなたがいなければ、こんなに早くは帰って来られなかったわ。みんなが無事だったのも、すべてサンのおかげよ」
「でも…」
優しく諭してもなお、悔しげに言葉を続けようとするサンに、フィンは静かに首を振った。
再びゼロの手を握りしめ、ゆっくりと窓の外を見やる。
遥か遠くに見える山の上で、太陽がゆっくりと沈み始めていた。
「……う…」
弱々しい声が、静まり返った部屋にかすかに響く。
サンとフィンはそれと同時に思わず息を呑んだ。
フィンが身を乗り出すと、ゼロの眉毛がわずかに動き、ゆっくりと瞼が開かれる。
「……リヴ……無事……」
朦朧とした意識のままそう呟くと、ゼロは再び深い眠りへと落ちていった。
突然の出来事に、サンとフィンは顔を見合わせる。
しかし、次の瞬間には、お互いに吹き出していた。
「ふふっ、こんなになってもリヴが一番なのね」
「ははっ、本当にお前は弟思いだなあ…」
二人はしばらくの間笑い合ったが、その笑みも次第に消え去っていった。
静かに眠るゼロの顔は、安らかであると同時にどこか危うさを秘めている。
ゼロは〝どうせ死なないから〟と、いつも平然と無茶を重ねる。
このまま無茶を続けていたら、いつか本当に取り返しのつかないことになるのではないか。
漠然とした不安が頭をよぎり、二人は真剣な顔でゼロを見つめた。




