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元社畜、どんぐりに転生する【完結】  作者: 芥部


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第172話 守護者エルシー記す




「聖樹歴13254年4月1日

 守護者エルシー・リーファス・リュクス記す



 ……

 …………

 ………………


『己の名を解き明かせば、この世界を変えずにいる』


 創造神様はそうお約束なさいました。

 そして、世界樹である我が主ソウヤ様はその謎を無事に解き、世界を救いました。


 しかし、ソウヤ様を襲った運命は皮肉なものでした。


 世界は救いましたが「みだりに名を呟いた罪」に問われたのです。

 そうしてソウヤ様は、創造神様の炎に灼かれて消えてしまいました。


『あとのこと、お願いしますね』


 ソウヤ様はそう仰せになりましたが、私達は絶望に打ちひしがれていました。二度仕える主を失って、二度目は眼の前で焼き殺された私は、もうどうしていいかわかりませんでした。


 涙も枯れ、心も失せ、ソウヤ様を抱き上げていた腕を下ろすこともなく佇むばかりでした。


 せめて、恨み言でも言ってくださればと思ったのですが、ソウヤ様の最後の言葉は『二度目の人生、楽しかったな』でした。


 本当は、もっともっと長い時間、一緒にいられるはずでした。

 もっともっとこの世界を楽しんでいただくはずでした。

 神の気まぐれで、その未来は泡となってしまったのです。


 私達、ソウヤ様に付き従った者たちは深い絶望に打ちひしがれました。

 従者たちは静かに涙を流し、竜も、魔族の王女も、魔王殺しの勇者も、皆ソウヤ様の死に涙しました。


 そして、それは原初の祝福地の御身、エーリュシオン様も同様でした。


 創造神の失敗のために長年愛し慈しんだ原初の世界樹ユグドラシル様を己の手で罰し、滅ぼし、残された契約者ソウヤ様すら失ったエーリュシオン様は深く深く絶望されました。


 エーリュシオン様は祝福地と契約に縛られ動けない間も、ずっと世界を見ておいででした。


 ユグドラシル様が暴れまわるのを止めることも出来ず、そのための死者をどうにもすることができず、一万年以上もの間苦しみ続けた心優しい大精霊でした。

 しかし、契約者が死に、祝福地は縛りを解かれ。エーリュシオン様を最後に縛るのは創造神の似姿というただ一つの呪縛です。


 気がつくと、エーリュシオン様の星空のように光る銀の髪は黒く燃える炎のように、銀色の月のようだった瞳は絶望の闇に染まっておりました。

 真っ白なお召し物は、全てが黒く赤く染まり、もはや創造神とは似ても似つかぬ存在になって、呪縛は解けていたのです。




『僕は絶対にお前を許さない。もはや僕はお前の似姿ではない。僕は僕だ、復讐し、怨念を抱き、お前を呪い祟る者!』


 エーリュシオン様の瞳は、黒い決意の色をしておいででした。


『やめろ、元の姿に戻れ! お前には僕の力の半分を注ぎ込んだんだ、お前は僕の半身なんだぞ!』


 創造神様は叫びましたが、エーリュシオン様には届きません。


『止めるわけがない、僕は大怨霊にして神を殺す者エーリュシオン、お前を呪い、祟り、復讐し、ユグドラシルと木野、そしてお前の無為のために死んだ民の痛みを、苦しみを、悲しみを、お前に思い知らせる者だ!』


 ユグドラシル様の体の上、そして眼の前にはソウヤ様の灰。


 二つの依代を持ってエーリュシオン様は急速に魔力を増加させ、黒い炎で創造神様を包み込み、全身を焼き尽くし始めます。




 黒い炎は、近寄ることすら出来ぬほどの高温で、周りの草木は発火し、石は赤く染まり、周囲に陽炎を生んで世界が歪んで見えるほどです。

 

 創造神様の服や髪の毛もそれに耐えきれず、端のほうから燃え崩れ、体は徐々に端から中心に向かって炭化していきました。


 苦悶の呻きをあげて逃げようとするも、炎に縛り付けられ創造神様は逃げることが叶いません。


『お前が死にかける寸前に何回でも蘇らせてやる。木野の一回分、ユグドラシルの312年分、そしてお前の無為のために死んだ数万、数十万人分、全ての苦しみが終わるまで、お前を痛めつけ苦しめ続けてやる!』


 体の中心部の心臓だけは灼かずに、それ以外を灼くと今度は体を復活させ、また体の端から炭化するまで焼き尽くしていきます。

 それを何度も繰り返すのです。


 私達はなにも出来ず、ただ呆然とエーリュシオン様の変貌と、その所業を見ているしかありませんでした。


 数時間か、数日か。どれほど時間が経ったのかは今でもわかりません。

 どれほどの長い時間、私達はうめき声をあげ、苦しみぬく創造神様を見ていたのでしょうか。


 創造神様は、暫くの後に根を上げました。


『わかった、もうやめてくれ! 理解した! 辞めてくれれば木野だけならどうにかする!』


 エーリュシオン様は創造神様を灼く手を止めずにお問いになります。


『どうにかする、とは?』

『蘇らせる! どんぐりからにはなるが、あいつは元からどんぐりだっただろ、時間はかかるが、必ず元に戻ると約束する!』

『必ずか?』

『必ず! 約定を違えた時は自由にしろ!』


 黒く炭化した手足が、徐々に元に戻っていきます。ただし、手首と足首を除いて。


『その黒く炭化した部分は約束の烙印だ。木野が元の姿に戻った時に消してやる。』

『……わかった』


 普段の信頼関係なのでしょう、創造神様はやっと解放されたと思えば己の腕と足という人質を取られていたのです。




 ようやく己の身を灼く炎から解放され、自由を取り戻した創造神様はよろよろとソウヤ様の遺灰の前にたどり着きます。

 そして、足元に湧き出る水を、手ですくって灰の上に垂らすと、みるみるうちに灰は光り輝き、徐々に一つの形に戻っていきます。


 やがて、金色に光る、見覚えのある懐かしいどんぐりが鎮座しておりました。


『ほら、守護者。これを好きなところに植えろ、適切な植え方をすればちゃんと目を覚ます。ただし、適切でなかった場合の責任は僕は取らない』


 創造神様がそう言うと、手首と足首の黒い炭が、赤く燃え上がり、エーリュシオン様はお怒りの様子を示されました。


『あっづ!! 痛痛痛痛痛! ごめん、冗談です! ちょっと意地悪したかっただけだよ! あいつがいつ起きるかまでは保証できない! 魂はもうここにはないんだ! あいつの魂が、どんぐりの身体に気がついて戻ってくるのを待つしか無いんだよ、それは本当だ、許してくれ!』


 痛みに苦しみ叫ぶ創造神様を睨みつけていたエーリュシオン様は、少し怒りを収めたようでした。


『三年待ってやる。それで戻ってこなければお前を焼き尽くし、お前のためだけの、世にいう地獄とやらを作ってやるからな』

『わかった、じゃあ探してくる! だから、やめてくれ! この痛みから解放してくれ!』


 すっと手足の黒い炭から熱が消え、創造神様はようやく安心したようでした。


『じゃあ、守護者。それを植えて待っていろ。木野の魂が戻った時にそれは芽を吹き、言葉を話すだろう』


 そう言って、創造神様は姿を消しました。

 エーリュシオン様はこちらを振り返り微笑みます。すっかり変わってしまった御姿で、表情だけは以前のように優しく。そっと、金色のどんぐりを私にお渡しになられました。


守護者エルシー、これを頼んだよ。僕はあの馬鹿が変なことをしでかさないかずっと見張っているからね。これを植えて、木野が戻ってくるのをゆっくり待つとしようか』



 そう言って、疲労困憊した私達を祝福し、癒やし、いつの間にか私達は元いた集落に戻っていました。


 一緒に戻ってきたシオンは、すっかり元のように戻っていましたが、なにがあったかを覚えてはいませんでした。


『あのねえ、おれ、なんかゆめでだんしゃくとわかぎみと冒険してた!』


 元気に話すシオン。ソウヤ様がその言葉を聞けばどれほど喜んだでしょうか。



 また、ミルラ様の手にどんぐり二つが戻り、今は小さな苗木に成長していらっしゃいます。

 これから、どこにそれを植えるか皆で討議しているということです。それをすっかりお力を回復した扶桑様も優しく見守っておられます。


 アカシアを連れて行ったおかげで、死の台地になにがあるかの証明がほぼ出来、カミル三世の宝冠などの宝物も全て元の場所に戻りました。


 そして、彼女の『ウソを付くことが出来ない、全てを記憶する能力』のお陰で、集落のもの全てがソウヤ様の最後を知り、皆が涙しました。


 メアリー様も、ミルラ様も、扶桑様も、ポッポ二世も、魔族の王ヴァリエールも、ドワーフのみなさんも、大地の虫達も、皆嘆き悲しみました。


 戻ってくるかもしれない、ということは戻ってこられないかもしれないということ。

 そのもしもがないように、私達は出来ることをすることにしました。



 私達は、元の集落で、ソウヤ様が好きだったガラスの鉢に精選に精選を重ねた、それこそ一粒づつ厳選した土を入れ、国王陛下から賜った肥料と一緒にソウヤ様のお体のどんぐりを埋めました。


 毎日、芽吹きの祈りの歌を集落の者で捧げています。


 それから、一年四ヶ月が経ちましたが、まだソウヤ様はお目覚めにならないようです────」




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