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生贄の烙印  作者: 樹(いつき)
第三章
14/16

協力

 マナは、とうとうルガを見つけることなく、ファルやユリクスの面々を迎えることとなった。ルガだけが知る抜け道があったのかもしれないと考え、とにかく見つからないところに逃げ隠れられたのならそれでもいいか、と前向きにとらえることにした。

 ハムシたちが到着して、しばらくしてファルがついたのだが、予想通り、大きな荷馬車を引いていた。その荷台には大量の木製の樽が積んであり、その中身は爆薬と、適当な金属の欠片が詰められている。名を樽爆弾と言い、殺傷力の高い兵器だ。無差別に広い範囲で無関係な人間も巻き添えにする兵器であるため、戦争では使わないように帝国では定められている。オグニも似たような事情で使わなかったために、マナも実物を見るのは初めてだった。

 ファルは帝国に支配されて使えなくなったこれを買い集め、ユカナを吹き飛ばすために持ってきたのだろう。

 ユリクスの屈強な若者たちの手によって、泉のある広間に、樽爆弾は次々に運び込まれていく。外周に沿って並べられた樽は、使われる瞬間を待っているかのように、黙って風に吹かれている。

 マナは少し離れたところでその様子をじっと見ていた。ファルが先についていたマナへの挨拶もそこそこに、リーヴァとしきりに耳打ちし合っているところを見ると、もはや自分は不要と判断されたのだろう。

 その態度は自分だけでなく、ハムシにも見て取れた。ガンドルトが手中に収まれば、今ある力は必要がなくなる。それどころか、人間の意思は邪魔になる。


(でもせめて隠しなさいよね。こんな態度してたら、いつ後ろから刺されるかわからないわよ)


 何やら将来の展望を語っているのであろう、上機嫌なファルたちの目を盗み、マナはハムシを上の階に呼び出した。ここからは本腰を入れて動かなければならない。

 ハムシは呼び出されたことに対して不満を持ってはおらず、むしろこちらの話に興味を持ってくれている様子であった。


「何の用だ? これが終わったら帰るんだろ?」


 ハムシはトガルを始末し終え、結界の解けたユカナを爆破したら終わりだと思っているのだろう。


「いえ、まだ、これからよ」


 マナが怪しく笑うと、ハムシは少し身を乗り出した。


「何をするつもりだ?」

「あんたは、この先もファルについていくつもり?」


 単刀直入にそう聞く。ハムシのような男に、遠回しな言い方は不要だ。


「面白いことを聞くな。お前はどうなんだ?」


 不敵な笑みを浮かべながら、ハムシは言った。


「ハムシ、ラゴウの集落を手に収めたいとは思わない?」


 マナの言おうとしたことを察したのか、ハムシはあごを指でいじりながら、階段の方を見る。


「勝算は?」


 細かいことを聞かず、ハムシはそう言った。


「今のままだと八分。確実にするためにはルガの持ってる情報がいる」

「どういう情報だ?」

「ガンドルトをどうやって封印したか」

「知らなかったら?」

「自分の命に関わることなのよ。そういう知識は一通り教えられていないとおかしいわ」

「たしかに、それもそうだ。そのルガはどこにいるか心当たりはあるのか?」

「この塔のどこかにいるはずなんだけど、見つからなかった。足跡はなかったから、外に出たはずはない」

「わかった。捕まえたら教える」


 ハムシは短くそう言うと、踵を返して階段を降りて行った。

 マナはその後ろ姿を見送って、大きく息を吐いた。離反するに違いないと確信はあったにしても、もし、彼がファルに忠誠を誓っていたら、ここで終わっていた。

 ルガの捜索はハムシが上手くやってくれるだろう。ユリクスはファルではなく、ハムシに信頼を寄せている。あの集団から裏切り者が出ることはないと言い切れる。

 マナが知りたいのは、北の大地に被害をもたらしたガンドルトをどうやってテイクルシアに送ったのか、ということである。送れたということは、こちらに引っ張り出せるかもしれない、と考えたのだ。ガンドルトを倒してしまえたら、ファルのような人間がこの先出てくることを防ぐことができる。

 引っ張り出せないのであれば、塔が壊される前にファルごと結界で閉じ込めてしまえばいい。マナはそういうふうに考えていた。ファルが仮にガンドルトの力を手に入れたとしても、結界の中では何もできないだろう。

 どう転んでも、自分だけは勝てるように、マナは動いていた。もしここで死んでしまっても、子供たちのことはセルとダライに任せてある。もはや何の心配もいらず、覚悟を持って前に進めることができる。

 マナは広間に降りて、ファルたちの様子を伺った。


(笑っていられるのも今のうちよ)


 この場所において、ファルの派閥は彼自身とリーヴァだけだ。談笑するふたりを、マナは静かに睨んでいた。






 ルガを探すよう頼まれたハムシは、すぐに手の空いた者を地下に集めた。マナは信用できる人間だ。理由や理屈を聞くよりも、手を回すことを優先したのは、あまり時間がないことを理解しているからだ。

 ハムシもファルにガンドルトの爪を与えることをあまり快く思っていなかった。それどころか、そのようなものは必要ないとすら思っている。ユリクスの面々がいれば、帝国に一泡吹かせることくらい可能だ、と信じているのだ。

 ユカナの地下には、マナの準備した灯りが点々と続いており、薄暗いが物は見えるくらいの明るさがある。

 マナが見つけられないくらいなら、ただ探しても見つからない場所に隠れているのだろう。ハムシはユリクスたちに隠し部屋の捜索をさせた。とにかく、壁や床を叩き、空洞を探すよう命令した。

 棺が眠る広間は、誰も気味悪がって調べなかったため、ハムシは自分で探すことにした。棺はハムシがどれだけ力を入れても開かず、動かすこともできない。

「この下に入り口でもあると、厄介だな」

 そう呟きながら、棺ひとつひとつを調べ、動くものがないか探す。しかし、全て床にしっかりと固定されている。全て調べ終えても、結果は変わらなかった。

 少し離れて広間全体を眺めているうちに、ハムシにはある疑問が浮かんだ。


(こいつらの中は本当に死体が入っているのか?)


 そもそも、ここが何の部屋なのか、ハムシにはわからなかった。棺が並んでいるからには死体が収められているのだろうが、腐臭のないことが気になっていた。いかに密閉されていたとしても、まったく臭わないことなど、ありえるだろうか。


「開けてみるか」


 もうすぐ壊される塔なのだから、何も問題はないはずだ。


「おい、誰か来てくれ」


 ハムシが声をかけると、近くにいた青年が駆けつけた。彼はハムシから事情を聞いて腰にさした剣を渡す。

 青年から剣を借りると、ハムシは左手に握り、力いっぱい木の棺を殴りつけた。あまり硬くない素材だったのか、軽快な音と共に割れ、赤い花びらがふわっと溢れ出す。


「やっぱり空だったか」


 木片を取り除き、灯りで照らす。中は花びらでいっぱいになっており、骨すら残っていない。これが何百年も前の棺だとしても、骨がないのはおかしい。

 ハムシは端から順に、棺を壊し始めた。このどれかにルガが入っているかもしれないため、壊す前に棺の表面を二回だけ剣の背で叩く。そのあと、中心に思い切り剣を突き刺す。恐ろしいほどに大きな音が鳴るため、どんなに肝の座ったルガであっても隠れ続けることはできないだろう。

 その目論見通り、四つ目の棺を叩いた時、中から物音がして、棺が開いた。中から現れたのは怯えた目をした少女で、ハムシは少し面を食らった。


「お前がルガか」

「……はい」


 彼女はまだ逃げる機会を伺っているのか、ハムシと後ろに控えて灯りを持つ青年を交互に見ている。ただ怯えているだけでなく、それなりに度胸はあるようだ。


「おい、お前マナを呼んでこい。おれはこいつを連れて下に行く」


 青年は頷いて、マナを呼びに行く。ハムシは屈んでルガと目線を合わせた。


「今はまだ危害を加える気はない。お前が大人しく従っているうちはな。もし逃げ出したら足を折る。そのつもりでいろ」


 軽い脅しだが、逃げ出せば本当にやる。ハムシはそれを分からせるために、ルガの顔を覗きこんだ。彼女は否定も肯定もしなかったが、逃げ出す素振りは見せずに、大人しくハムシの前を歩いた。

 ユカナの地下二階は、様々な細い管がまるで生き物の内部のように張り巡らされている。通路はその管の下を通るようにして続いているが、先まで行っても何もないのはすでに調査済みであった。

 ふと、ルガなら知っているのではないかと思い、ハムシは口を開いた。


「おい、この管はなんだ? どこに繋がっている?」

「……テイクルシアです」

「テイクルシア? 馬鹿言うなよ。これはここにあるじゃないか」


 ハムシは拳で管を叩いた。これは確かにここにある。もうひとつの世界ではなく、この世界にあるのだ。


「これは管ではなく、針なんです。世界と世界を繋ぎ合わせるための……」

「じゃあ、これが壊れたらどうなるんだ?」

「何も起こりません。針の残りはテイクルシアに刺さったままですから」

「やけに素直に教えたからどういうことかと思ったが、そういうことか。お前はおれたちよりここに詳しいらしいな。マナにも教えてやれ」


 ルガは表情を変えなかったが、ハムシはそれを肯定ととった。

 しばらくすると、マナが階段を降りてきた。ルガを見て、大きなため息をついた。


「あんた、どこにいたの?」


 マナが聞いても、ルガは何も答えない。敵視とは違うが、警戒の色が強いのだ。


「まあ、いいわ。結界が消えて、あとはファルがやりたいことをやりたいようにやるだけなんでしょうけど、私はそれも気に食わなくてね」

「……いったい、何を企んでいるんですか?」

「……ガンドルトって、元々はこっちの世界の生き物なんじゃないの?」


 マナの言葉に、ルガは目を見開いた。


「向こうの世界とこっちの世界を行き来するには、広間のあの花がいるんでしょう? ガンドルトがどうやってこっちの世界に影響を及ぼしているのかわからないけど、とにかく送ることが可能だったということは、こっちの世界にまた戻すこともできるんじゃないの?」

「なんで、花のことを知ってるんですか?」

「さあ、なんででしょうね。そんなことより、私の質問に答えて。向こうの世界から、こっちの世界に引っ張り出すことはできる?」


 ルガはしばらく考えるような仕草を見せて、答えた。


「できる、かもしれません。でもどうするんですか? まさか、こっちに来させて、無茶苦茶にしようなんて考えていませんよね?」

「ガンドルトを永久に誰の手にも渡らないようにするのよ。今封印したところで、また五十年後に同じような騒ぎが起きたら嫌でしょ?」


 当然のように言うマナに、ルガは言葉を失ったのか、何か言おうとしてやめるような動きをしている。


「あなたたちにとっては定期的にやってる行事のひとつなのかもしれないけど、付き合わされるこっちは二度とごめんなの。それとも、ガンドルトに危害を加えるのには反対?」

「……いえ、でも、倒すなんて考えたこともありませんでした」


 何も考えず、決まりだからと生贄になることを受け入れていたのだろう。ハムシの一番嫌いな考え方だ。生贄となることを自分の意志で決め、命を捧げることを選んだのではなく、ただ今までそうやっていたからと盲目的に従っている。

 ハムシは違う。自分の意志でファルの命令を受け、ユリクスを結成した。いいように使われているかもしれなかったが、部下の信頼は本物だ。それこそ、ハムシの意志の強さについてきてくれたのかもしれない。

 目的もなく暴れていた自分でも、これほど人に慕われることがあるのか、と今ではひとつの隊をまとめる長として、以前との意識の違いを感じている。ファルへ従うことよりも、部下たちの喜ぶ顔が見たいと思うようになっていた。そのためには、実権を握ってばかりで魅力のないファルの元から離れなければならない。

 ハムシがマナのことを信用しているのは、彼女が支配しようとしていないからだ。国という大きな集団を見てきたからだろうか、上に立つことにあまり興味がないようであった。


「さて、具体的な方法を考えましょう。何か案はある?」

「ガンドルトは爪をこちらに出して、人の命を連れて帰ります。その時に捕まえて引っ張り出すことはできると思います。でも、ラルバの死んだ今では、その方法も使えません……」


 ルガは目を伏せて、悲し気に言う。


「あら、ラルバは生きてるわよ」

「……え?」


 ルガはマナに視線を動かす。


「生きてるって言ってるの。うまくいってればね」

「おれも聞いていないが、何をした?」


 ハムシもマナにラルバの話をした覚えはない。


「協力者に救援を頼んである。どうせ守りながらじゃそのうちやられるだろうと思ってね。ひとにらみで相手を殺すガンドルトの爪があるなら、ラルバを殺す方法はそれほど多くないわ。凍死を狙うのが一番簡単だと思うけど、まあ、今はそんなことどうでもいいわね」

「なんで、死んでないって、わかるんですか?」

「のろしってわかるかしら? 煙で情報を伝える方法があってね。雪の弱まった時にあげてもらったのよ」


 ルガはわなわな震えていた。その目の端に涙がたまっている様子がわかる。しかし、その涙は流れることなく、外套の袖で拭いた。


(ほう、安心して気を抜くかと思ったが、逆に覚悟を決めたようだな。こいつ、見どころがある)


 ハムシは感心してルガを見ていた。気持ちの切り替えも早く、次に何をすべきか考えている表情だ。あと十年もすれば、いい女になるだろう。

 マナも同じような気持ちになったのか、子供扱いはやめて、対等に話そうとしているようだ。


「だからね、私に恩返しなさい。山狗のハクジオオカミを使えば、ガンドルトを引っ張り出せるでしょう?」

「それは、私にトガルさんを説得しろと?」

「ええ、できるわよね? 頼んだわよ。助けられた時間から考えて、もうじきここに来るはずだし」

「……いいですよ。やります。でも、具体的な作戦はマナさんが考えてください」


 ルガがそう言うと、マナは胸を張った。


「任せなさい。私とハムシはリーヴァのオオカミをどうにかしましょう。あのオオカミをどうにか排除できれば、あとはユリクスの力で抑えられるでしょう?」

「オオカミがいてもかまわないぞ。おれたちは少なからずあいつに腹を立てている。襲えと言われればすぐに襲うくらいのことはできる」

「それじゃダメ。私は後味の悪い戦って嫌いなの」


 力強くそう言うマナに、ハムシは肩をすくめた。


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