県立図書館 参
図書館内に響く音が止んだ瞬間、フィスは力を失ったように崩れた。
「フィスっ!」
慌てて差し出した翼の腕にフィスの体が落ちる。
とても軽かった。翼の背中にいた時よりも随分と。単なる勘違いではないと思える程に。
「大丈夫か!?」
「ツバサ、わたし、ちから、なれた……?」
「バカがっ! むちゃするんじゃない! 俺の見せどころを奪いやがってっ!」
「ごめん……」
「いや、あやまるのは俺の方だ。格好つけたくせに結局、フィスに力を借りている。くっそっ情けねぇっ!」
翼がもっと有能だったなら、フィスも無理をしなかったに違いない。足を引っ張っているだけの自分に苛立ちしか生まれない。
「おと、あっち。ツバサ、わたし、いっしょに……」
「あ、ああ、分かった。一緒に行ってみよう」
本来なら連れて行くべきではない。だがフィスの言葉で図書館に変化があったのは間違いない。折角、道を切り開けそうなのに、今の翼ではまた無駄に終わる可能性は高い。無能な翼でも流石に理解出来る。まだ自分では足りないと。何よりも弱っているはずの、フィスの瞳の奥から感じる光が拒否する事を許してくれそうになかった。
だから翼はフィスを抱き上げると音のした方へと歩き出したのだった。
発生源は直ぐに見つかった。その場所は需要文化財産コーナー。戦国時代の資料や刀が展示された場所だった。そこに本来あるはずのない地下へと続く階段が現れていたのだ。まるで俺達を待っていたかのように、中を照らす照明まで点灯させて。
「なんなんだ、これは」
明らかに翼の知らない設備と場所だ。ここが端末が示す場所なのだろうか。
もちろんここまで来たら戻るなんて選択肢はない。だが現代から来た図書館に何故こんな設備があり、明らかにフィスが発した、こちらの世界の言葉に反応したのだろうかと翼を躊躇させる。当然、この県立図書館が神隠しにあったのは偶然などではないという疑惑が生まれる。
「つばさ、いこう……」
「だな、入るしかないよな」
憔悴しきったフィスの後押しで階段を下りていく。その階段通路は、かなりゆったりと作られていた。フィスを抱いたままの翼でも狭さを感じないくらいである。その階段が途切れた先に、ちょっとしたオフィスほどの部屋が広がっていた。そしてここも図書館の一部だと証明するかのように整然と本が棚に並べられていた。数は100冊ほど。端末の検索通りである。後は中央に図書館には似つかわしくない石板が台座に置かれてるくらいだ。ただそれ自体は問題がない。問題があるとすれば――
「おいおい、ここの本と石板に書かれている文字は、こっちの世界の文字じゃないのか?」
「……」
翼の問いに期待した返答はなかった。
腕の中のフィスは今まで意識があったと思ったのに、また眠った様に瞳を閉じていた。
「……間隔が短くなっている?」
明らかに意識のある時間が減っている。これが良い兆候ではない事は翼にでも分かる。もはや、ノンビリとしていられる時間はないのではないだろうか。現在流れる時間は翼にとって宝石よりも貴重である。
部屋の隅にフィスを寝かせるとやるべき事を行う為に本を見渡す。しかし予想通りながら、書いてある文字が読めない。本来はその役目をフィスが担ってくれることを期待していたのだから当たり前である。ただ今となってはそれすらも難しい。もちろん、フィスとて力になる為に翼と一緒にここへ来る事を選んだはずなのだ。だが無理を言ったはずのフィスが再度眠りに入ったという事は限界が近い。ここで無理に起こして、これ以上の無理を強いる事など出来るわけがなかった。
「何か手掛かりは……」
どこの世界の文字で、そこに何を書かれていようと、この部屋にある物も翼の生きていた世界から一緒に来たものである事は間違いない。そこに繋がりを求める。しかし――
「くそっ! やっぱり読めねぇよっ! 無理なのか、俺には無理なのか」
フィスを助けられる可能性が目の前に広がっているのに、自分には何も出来ない。異世界の言葉で書かれ、そして「零の魔術師」と端末で表示された目の前の本達。どう考えたって、とても匂う。それなのに、ここまで来ても再度言葉に跳ね返される状況に大きな壁を感じる。しかしこのまま指を咥えて見てるだけでは前に進まない。
それでもとりあえずと翼は適当に一冊を手に取ってみる。だが……
「な、なんだっ! うごかねえぇー!」
まるでコンクリートに本の絵を描いてあるだけのトリックアートのようだった。もちろん絵ではない。確かに存在するのにピクリとも動かない。これでどうやって本を閲覧しろというのだろうか。図書館としては強烈な機能不全である。もっともこんなところに隠された、これらの本を閲覧させようなどというつもりなど、最初からなかった可能性もある。だがそれなら最初からこれらの本も、この部屋も必要ないという矛盾も発生する。
どうしたものかと途方に暮れる翼の目に中央の石板が映った。
「何故、ここに石板が必要なんだ?」
今更だった。ただ翼の興味は知識だけだった為、石板に重要性を感じなかったというのはある。意識は完全に本達に向けられていたのだから。しかし冷静になってみると「あまりにも不自然」という疑問が湧きあがる。その疑問が右手で石板に触れるという、無警戒な行動へを引き起こす結果に繋がった。
次の瞬間
――鍵を開けし者よ。そなたの求める力は何なのだ。
どこからか突然聞こえてきた無機質な声に驚き、辺りを見渡す。
しかし、誰も居ない。
ではどこから聞えてきたというのだろうか。
――そなたの求める力は何なのだ。
もう一度声が聞こえた。いや、違う。音じゃない。直接心に語り掛けてくるように体の中で反響するような声だ。恐らく、声の発生源は翼が触れている右手の先。
――求める力は何なのだ。
間違いない。目の前の石板が声の主だ。もしかするとこの部屋の鍵はこの石板が担っているのかもしれない。だとすれば、こいつが翼の求めるものに応えてくれるかもしれない。
「俺が求めるのは回復と復活の力だっ!」
――認識した。そなたの求める力を示そう。
その返答と共に多数の本の中から1冊の本だけが鈍く赤い光を放ち始めた。それが翼の求めるものに対する答えだと言わんばかりに。本来ならもっと警戒すべきかもしれない。だがそんな事をしている時間はもう残されていない。
不安を抑え込みながらも翼は示された、その本へと腕を伸ばした。そして取り出そうと本を掴んだ瞬間、視界が赤い光に包まれ、世界は暗転した――
「ここはどこだ?」
視界が戻り、見渡した風景は翼の知らない場所だった。そしてとても熱い。一言でこの場所を言い表すならば、獄炎の地。辺りはまさに炎に満たされている。異世界の次は地獄に飛ばされたのだと説明されても納得しそうな場所である。
「貴方が私の力を求めた人間ですか」
石板の時とは違う声が、また翼の耳に入ってきた。石板が無機質な声だとすれば、こちらは神々しさすら感じる管楽器のような声だ。しかし今回も声の主が見当たらない。
「どこだっ!」
「どこを見ているのです。上ですよ」
そして声の示す方向に、それは居た。
「火の鳥……?」
言葉の通りだ。孔雀のような鳥が羽根の代わりに炎を生やし、その羽根を広げて空に浮いていた。飛んでいるのでなくである。あまりの光景に自分が夢でも見ているのではないかと疑いたくなる状況だった。
「鳥如きと一緒にされるとは無礼な。そんな人間が私の宿主になるとは」
「宿主だと? 俺は回復と復活の力を求めているだけだぞ?」
「同じです。私を宿せば力は手に入ります」
「俺は力が欲しいだけだ。別にあんたをペットにしたいわけじゃない」
「もはや選択は成されました。貴方は受け入れる義務があります」
「待ってくれ。そもそも受け入れるってどういう事なんだ?」
状況がさっぱりつかめない。異世界の言葉で書かれた本と石板のはずなのに、その石板から聞えた声も目の前の火の鳥も翼にも理解出来る言葉で対話している。完全にあべこべな状況である。
「精霊契約に必要な事です。そして貴方の求めた力が私なのです」
「精霊契約……?」
精霊と聞くとフィスの事もあり、嫌な予感しかしない。しかもそこに契約まで付いてくると悪徳セールスの様に感じてしまう。しかも義務が既に発生しているとは詐欺にでもあった気分だ。
「私からも質問をしましょう。貴方の名を教えて頂きたい」
応えるべきなのか一瞬戸惑う。
ここで名を名乗る事で全ての主導権が相手に奪われる気がしてならない。ただ同時にもはや翼に選択肢はなく、流れに身を任せるしかない状況である事も間違いない。それでフィスを助けられる力を得られるのなら多少のリスクなど目をつぶる時なのだろう。
「ツバサ。斎藤 翼だ……本当に力を貸してくれるんだろうな?」
「ツバサ。貴方が求めた力を私は有している。その力をどう使うかはツバサ次第です」
「ああ、分かった分かった! なら精霊契約でも何でもいいから早くしてくれ! こっちは時間がないんだっ!」
「いいでしょう。私の名はポイニクス。この破壊と復活を司る力を、主であるツバサに託します」
ポイニクスの不穏な言葉に翼は顔を歪めた。そう、確かに目の前の精霊は”破壊と復活”と言った。それは翼が望む力なのだろうか。
「ちょ、ちょっとまったっ!」
その抵抗の言葉が虚しく響く中、ポイニクスが翼の胸へと飛び込んでくる。
そして翼の体は紅蓮の炎に包まれたのだった。




