↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
図書館といっしょ!  作者: 雪ノ音
PR
23/54

心の向こう側

 扉を開けた向こうの風景は昨晩とほとんど変わりがなかった。

 唯一変わっているのは外の太陽の位置くらいで、まだ日の高い時間だけあって光の加減のせいなのか少々広くなったようにも感じられるが、いくら異世界とはいえ、そんな事が出来るのは22世紀からやって来ると言うたぬき型ロボットくらいである。つまり間違いなく気のせいだ。


 その部屋へと歩みを進めるとフィスと向き合う。

 別に成人女性だからと分かったからと恋物語を始めようとしているわけではない。彼女の意志を言葉で再確認するためにも正面を向いて話し合う必要があると判断したから。あの笑顔の意味をはっきりさせたい。何しろ彼女を意志を確認もせずに翼は勝手に物事を進めていたわけである。とても簡単であったはずなのに確認すら忘れていた翼としては、どうしても本人の口から本音を聞き出す必要があるように思えた。でなければ彼女に対する不安や負い目は取り去る事が出来そうにない。そこに先ほど向けられた笑顔が調合されてる事で、翼は異世界での本当のスタートを切る事が出来る様な気がする。


「フィス、俺は君の気持ちも考えずに引きずり回してしまった。今の状況は君が望んでいないと勝手に思い込み、結果的には己の利益のために引き取ってしまったと言われても仕方がない結末を作り上げてしまった。すまない。だから君の本音を聞いておきたい。俺は……いや、君はこれでよかったのか?」


 今日の行動を見ていれば、こんな事を聞かなくても今後も彼女は何も言わずに力になってくれるだろうとは思っている。ただそれがフィスの心の思いと同じ道筋を歩いているなどという保証にはならない。いったん落ちてしまった人間は流されてしまいやすいだからだ。


 極端な例え話をするならば、いきなり”殺人者”などという人間が生まれる事はない。何かの拍子に穴に落ちて崩れていき、辿り着いた未来が殺人者と言うだけの話である。これは奴隷という穴に落ちた彼女も例外ではない。無自覚に落ちた穴から這い出る事に蓋をしてしまっている可能性は十分にある。


人は一度俯いてしまった視線を空へと向ける行為が愚かしいほどに難しい事を歴史により刷り込まれている。もちろん異世界が元の世界と同じだと断定はできないが、人身売買という行為が普通に行われている世界なら奴隷たちに視線を上げさせない様に教育もしているはずだ。その証拠にフィスの背中にはそれらしき傷が残っていた。


 つまりはここで彼女は本音を言わない限り奴隷の呪縛から心は解放されない。互いに重荷を下ろす為には包み隠さずに話し合う必要がある。だから俺はフィスのオーバーラップブルーの瞳を見つめる。彼女の口が嘘を言おうとも瞳に隠れる嘘を見逃さないために。


 フィスは一瞬だけ不思議そうな表情を浮かべたが、俺の真剣なまなざしを受けると口を真一文字に結んだ後、しばらくするとゆっくりと口元を溶かし言葉を紡ぐ。


「わたし、ここ、むりやり、つれてこられた。むら、もえた。かぞく、しんでるかも。わたし、あきらめた。でも、ツバサ、やさしく、してくれた。ここきて、ほか、やさしいひと、いない。つばさだけ、つばさだけ。つばさだけ、あつかい、どれい、じゃない。ツバサ、わたし、ひと、あつかい。だから、わたし、たすける! ツバサ! たすける! ツバサ! いっしょ、いく!」

「あ……」


 とんだ勘違いである。

 俺は彼女の意志に反して、その身を引き受けたかもしれない事に負い目を感じていたが、そんなものは彼女にとっては随分と昔に解決していた問題だったのだ。それがどの瞬間だったのかは分からないが、きっと俺が悩み始めるもっと前から、視線の方向すらズレていたのに違いない。交渉が終わった後の微笑みは「これでツバサの力になれる」という希望を込めた笑み。背中に残された強制の呪縛などに縛られてはいない。彼女は強い。自らの不運に対して俯いてすらいなかったのかもしれない。決して、マシな主人に変わった事による奴隷気分で浮かべた表情ではなかったのだ。


 余りの方向性の違いに、こちらから向けていた視線のはずなのに、俺の方がオーバーラップブルーの瞳から逃げてしまう。まるで聖水を掛けられた悪魔の気分だ。


「ツバサ……?」


 突然、空に瞳を泳がせた俺を心配するようにフィスが不思議そうに名を呼ぶ。


「あれだ、その……なんだ」

「あれ? なんだ?」


 上手く言葉が出てこない自分が恨めしい。立場が逆転したようにすら思えるのは俺だけだろうか。そうである、奴隷だったから視線の先は1つだと決めつけていた。自分は立場が上だから助けてやるなどと、またもや勘違いをしていたわけである。どこまで愚かなのだろうか、俺という人間は。


「つまり……俺はちょっと勘違いをしていたようだ。すまない。俺は何の力もなく、運だけで今の状況の上に立っているくせに調子に乗ってしまっていた。たぶんこれからも色々間違えると思う。そんな俺でも大丈夫だろうか……?」


 だからこのような、あまりに情けなく格好の悪い言葉が出てしまった。少々、頬に熱を感じながら。


 そんな俺へ真っすぐな視線を向けてくるフィスは、その言葉を全て理解したわけではなさそうだが、こちらの液状化現象を起こしてしまった心の動きを見抜いたかのように、自身の見た目を最大限利用したかのように、とても子供っぽく意地が悪そうに口元を歪めると


「よろしく、ごしゅじんさまっ!」


 と、可愛さを隠し切れない口元からこの言葉を漏らしたのだった。

 突然の攻撃(えがお)に、何故か大きく波打つ左胸に「俺はロリコンじゃない!」と新たに湧きあがった不安から逃れるようにフィスに背を向ける。


 そんな後ろでクスクスと堪えきれない笑いを漏らすフィスの声と、窓から入り込む光が部屋を満すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。