第一話 大根は友情・努力・収穫がお好き
第一話 大根は友情・努力・収穫がお好き
薫が死んだ理由は実にくだらなかった、実家の八百屋の店先で特売セールをしていたところ突然空から巨大なカボチャが降ってきて、そのカボチャを見た近所のおばあちゃんが腰を抜かし、そのおばあちゃんを助けようとした薫が転倒し、その拍子に積み上がった白菜タワーが雪崩のように崩れ落ち、最後に飛んできた一本の長ネギが奇跡的な角度で額に直撃したのである。
「俺の人生の最期、地味すぎない?」
その言葉を最後に意識が遠のき、気が付けば薫は草原の真ん中に立っていた。
青い空、白い雲、緑の大地、そしてなぜか空中に浮かぶ巨大なキャベツ。
「異世界だな」
誰がどう見ても異世界だった。
巨大キャベツは回転しながら空を飛んでいるし、遠くの山はブロッコリーの形をしているし、近くの川には人参型の魚が泳いでいるし、どう考えても日本ではない。
すると突然空から紙吹雪が降り始め、どこからともなくラッパの音が鳴り響き、ナレーターのような声が聞こえた。
「おめでとう! あなたは勇者に選ばれました!」
「軽っ!」
「ベジランド王国を救ってください!」
「説明も軽っ!」
「以上です!」
「短っ!」
その瞬間ラッパ隊が解散し始めた。
「帰るな!」
薫が叫んだと同時にラッパ隊が草原の向こうへ走り去り、最後尾の一人が転んでトランペットを置いていった。
異世界に来て五分も経っていないのに不安しかなかった。
だがそんな薫の前で、突然地面が盛り上がった。
ボゴォッ!
土が弾け飛び、何かが飛び出してきた。
それは大根だった。
どう見ても大根だった。
青白い肌、葉っぱの髪、ふてぶてしい顔、誰が見ても大根だった。
しかしその大根は偉そうな腕組みをしていた。
「待っていたぞ勇者よ」
「喋った!」
「我が名はマンドゴラ」
「大根じゃん」
「マンドゴラだ」
「大根じゃん」
「マンドゴラだ」
「いや百歩譲って人語を話す大根なのは認めるけどマンドゴラじゃないだろ」
「なぜだ」
「俺の知ってるマンドラゴラって叫ぶ植物なんだけど」
「我は叫ぶぞ」
「やってみろ」
「わー」
「小学生か!」
大根は咳払いすると偉そうに胸を張った。
「ともかく我は伝説のマンドゴラ」
「大根」
「伝説」
「大根」
「勇者の相棒」
「大根」
「いい加減にしろ!」
「俺の台詞だよ!」
そんな漫才を五分ほど続けていると遠くから馬車がやって来た。
豪華な装飾が施された真っ白な馬車であり、その存在感はまるで人気作品の巻頭カラーのようだった。
扉が開く。
中から金髪縦ロールの少女が降りてきた。
美少女だった。
完璧な美少女だった。
高級そうなドレスを身にまとい、気品と威厳を漂わせている。
だが次の瞬間その少女の顔が青ざめた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
少女は絶叫した。
薫ではない。
大根を見てである。
「野菜ですわぁぁぁぁぁぁっ!」
「そっち!?」
少女はその場で腰を抜かした。
「近寄らないでくださいまし! 悪魔! 魔王! 世界の終わり!」
「ただの大根なんだけど」
「大根が喋っていますわよ!?」
「俺もそう思う」
マンドゴラは胸を張った。
「我はマンドゴラ」
「大根ですわよね?」
「ほら!」
「なぜだ!」
少女は震えながら立ち上がった。
「わたくしは侯爵令嬢エマ・ローゼンクロイツ、このベジランド王国の貴族ですわ」
「勇者の薫です」
「大根だ」
「だから大根なんですのね」
「くっ……!」
マンドゴラが敗北感に包まれていた。
エマは咳払いすると真面目な顔になる。
「勇者様、この国は危険ですわ」
「野菜が?」
「野菜が」
「野菜が?」
「野菜が」
薫は理解できなかった。
するとエマは真面目な顔のまま説明を始めた。
「この国では昔から野菜は悪魔の食べ物とされていますの」
「なんで」
「ブロッコリーは森に擬態した魔物」
「してない」
「ナスは呪いの杖」
「違う」
「トマトは爆発する」
「潰したら飛び散るだけ」
「ピーマンは人類への挑戦状」
「それはちょっと分かる」
「分かるんですの!?」
会話しているうちにエマはだんだんツッコミ役になっていた。
薫は深いため息を吐いた。
「いや待てよ、この国って誰も野菜食べないのか?」
「もちろんですわ」
「栄養どうしてるんだ」
「気合いですわ」
「週刊連載の主人公か!」
「友情と根性で補っていますの」
「それで生きてるの!?」
すると遠くから鐘の音が響いた。
ゴォォォォォン。
ゴォォォォォン。
エマの顔から血の気が引いた。
「まずいですわ」
「どうした」
「野菜警報ですわ!」
「そんなものあるの!?」
地平線の向こうから砂煙が迫ってくる。
よく見ると巨大なブロッコリーだった。
二メートル以上ある筋肉質なブロッコリーが走ってくる。
「ブロッコリーだぁぁぁぁぁぁ!」
「どっから来たんだよ!」
「野菜魔獣ですわ!」
「ブロッコリーだからだろ!」
ブロッコリーは突然マイクを握った。
「オレは今週の人気投票で一位になる男だぁぁぁ!」
「メタ発言やめろ!」
「打ち切りを回避するためなら何でもするぜぇぇ!」
「もっとやめろ!」
ブロッコリーは猛烈な勢いで突進してくる。
エマは涙目になった。
「勇者様!」
「任せろ!」
薫は近くの畑から人参を引き抜いた。
ドゴォォォン!
人参が突然三メートルに巨大化した。
「なぜ!?」
「勇者スキルだろ多分!」
薫は巨大人参を振り回した。
「必殺! 人参ホームラン!」
ブロッコリーが空の彼方へ吹き飛んでいく。
キラーン。
星になった。
「倒した……」
エマが呆然としている。
薫は人参を肩に担いだ。
「野菜って便利だな」
「便利以前の問題ですわ!」
マンドゴラも偉そうに頷いた。
「やはり野菜は最強」
「お前はまず自分が大根である現実を認めろ」
「断る」
「即答ですのね」
その時だった。
空から巨大な紙が落ちてきた。
王国全土に響く声が聞こえる。
「勇者薫よ! 国王がお前を指名手配した!」
「早くない!?」
「野菜を使った罪で極刑である!」
「意味分からない!」
エマは顔を覆った。
「終わりましたわね」
「何も始まってないぞ」
「王国中が敵になりますわ」
「理不尽すぎる」
マンドゴラはニヤリと笑った。
「面白くなってきたな」
「お前が言うと腹立つな」
こうして勇者薫、自称マンドゴラの大根、そして野菜を見ると悲鳴を上げる侯爵令嬢エマの旅が始まったのだった、なお旅立ちから十分しか経っていなかった。




