↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

雛鳥

 夢とは、歩き続けること。


 強さとは、積み上げること。


 頬を伝う汗が充足感を満たす。掌の痛みが自信を形作ってゆく。

 素振り三百本、突き三百本、構えの型練習五十本。草木が生い茂る森の奧で、刃が空を切る音が延々と繰り返される。


「……っし! 今日の稽古終ーわりっ」


 日課のメニューをやり切り、銀色の瞳の少女は大きく息を吐いた。

 槍の先端を地面に突き立て、大きく伸びをする。紅い髪が風になびき、爽快感が頬を撫でた。


 対人稽古と違って基礎練習はとても地味だ。端から見れば独りで槍をブンブン振り回しているだけなのだから。

 いや、素振りや型錬《かたれん》はまだいい方だ。その前に行う筋力トレーニングはもっと地味。腕立て、腹筋、プランク、スクワット、そして走り込み。

 やみくもに回数をこなせばいいというワケじゃない。大事なのは毎日続けること。正直、めんどくさくって一日くらいサボってもいいかなと思う日もあるが、そこでがんばるからこそ意味があることを彼女は知っていた。


「あー、今日はちょっと気合入れてがんばった分、明日はのんびりしてもいいかなー」


 あれっ? 言ってるそばから信念グラグラ。

 無理もない。ヒナはまだ十三歳なのだ。大人に憧れを抱く時期ではあるが、まだまだ子供に変わりはない。羽の手入れを覚えても、泥にまみれて遊びたい気持ちは拭えない。


「まっ、んなこと言いつつ頑張るけどね。一回サボったら味しめちゃうし、なにより夢への一歩は一日一歩! 足止めくうヒマなんかないんだから!」


 誰が聞いてるわけでもないのに、ヒナは拳を握りしめて言った。自分に言い聞かせ、やる気を鼓舞しているのだろう。

 昨日より今日、今日より明日。“あの日”よりも今……日々の鍛錬が、積み重ねた自身が、彼女――ヒナを夢へと押し上げてゆく。


「まぁた地味なトレーニングしてんのか。んなもん、いくらやったって意味ねえってのによ」


 草木の奧からの声。ヒナには聞き覚えのあるものだった。


「そのムカつく声にムカつく物言い……ムカつく性格のムカつくヤツ、ウォルターだな」


 わざとらしく言いながら、わざとらしく大振りに振り向くヒナ。


「なんだよそのテンション」


「いや、今日のノルマ終わったからちょっと解放感で……」


 やや照れくさそうに頭を掻くヒナ。情緒が不安定な年頃なのだ。


「っていうかよ、そんなにしんどくてやりたくないんならよ、トレーニングなんてやめちまえばいいだろうよ。お前みたいなチビがどれだけがんばったって、上《・》にいけるワケねえんだから。叶いもしねえ夢ばっか見てねえで身の丈にあった努力すりゃいいだろう。飯作りとか、家掃除とかよ。女は女らしく、俺達戦士の身の回りのお世話だけしてりゃあよ」


 ウォルターが顎を上げて言った。彼の体格はヒナよりずっと大きく、威圧的に見下ろす形である。しかし、ヒナは微塵も臆することはなかった。


「うへっ、言動がしょーもないヤツってのは考え方もしょーもないもんだね。わたしよりちょっと年上で、わたしよりちょっと背が高いからってだけで、いつも上から目線で絡んできてさ。わたしが肉食べてたら「太るぞ」とか、鼻歌歌ってたら「オンチ」とか言ってきて、そんなにわたしに構ってほしいの?」


「アホが。言ってろよ」


 ウォルターは腕を組んでそっぽを向いた。彼の言動は、女子からすればクソウゼー男子そのものって感じだ。

 そんなクソウゼーヤツの言動に一々構っているほど、ヒナの脳はヒマじゃない。


「へんっ、アンタの魂胆はわかってんだよ。そうやってやる気をなくそうとするのも、わたしがどんどん強くなってくのが怖いからでしょ」


 ヒナの言にウォルターの顔色が変わる。図星だ。


「置いていかれないようにそーやって他人の足を引っ張って、弱いままの自分を安心させたいんだろうけど、おあいにくさま。わたしはアンタなんか置き去りにして、このままサイキョームテキの成り上がロードを駆けあがる!」


 力強く握りしめた拳に痛みが走った。槍ダコ(・・)が痛い。これも強さへの階段を駆け上がってる証拠であり、なにより“痛み”は生きている証だ。


「成り上がロードってなんだよ。初めて聞いたぞそんな道。絶対舗装されてないだろよそれ」


「あったり前じゃん。それにめっちゃ長くて、一日一歩しか進めない。それがいいんだよ! ゴールは遠いほどやる気になるってもんだ!」


 十三年前、ヒナは一度、死に触れた。


 故郷の村が襲われ、親も親戚も隣人も、一族まとめて皆殺しにされた。唯一、彼女だけを残して。

 生まれたばかりの赤子《ガキ》なんて殺す価値もないと見逃されたのか、放っておいてもすぐに息絶えると判断されたのか、理由はわからない。

 だが、ヒナは生き延びた――いや、救われた。死んだも同然の状況から、死にゆく運命から。


 焼け焦げた瓦礫の中で泣き叫ぶ幼子を、彼《・》が拾い上げた。そして、我が子のように目いっぱいの愛情と目いっぱいの夢を与えて育てた。


 十三歳となった少女《ヒナ》は、いつしか彼に憧れ、彼のようになりたいと――彼の隣に並び立ちたいと思うようになった。


「今に見てなよ。いつか、剛力の巨人よりも災禍のドラゴンよりも強くなって、彼に――ヴィルに認めてもらうんだから! わたしを……ヒナ・ヴァンホーテンを救ってよかった(・・・・・・・)って!」


 彼は強い。この森に住む誰よりも。この大陸の誰よりも。

 その力は天を動かし、地を砕き、海を割る。

 今はまだ、遠く遠く及ばない。彼女《ヒナ》にとって、彼は星よりも遠い存在。

 だからこそ甲斐《・・》がある。憧れがあるから、夢があるから頑張れる。


「ウォルター、アンタがどんだけウダウダ言っても、わたしを止めることなんかできないかんね。今からでもワビ入れるってんなら、将来わたしの部下として用意してやらんこともないけど。キャンキャンよく吠えるから番犬にはちょーどいいし」


「なっ……ふざけんなよ! 誰がお前みてぇなにんげ――」


「ヒナ」


 ウォルターの言葉が遮られた。ヒナにとって聞き慣れた声に。親しみのある声に。渋くてカッコイイ声に。


「ただいま」


 振り返ったヒナの瞳に、強くてワイルドでカッコいい彼《・》の姿が写った。


 途端にヒナの頬が緩む。彼の顔を見るだけで今日一日のイヤなことが全部吹っ飛ぶ。彼の声を聞くだけで明日を生きる活力になる。


「おかえり! ヴィル!」


 ヒナは彼――ヴィルに思いっきり抱き着いた。

 ちょっと力試しの意味も込めて、全力全開のタックル。自ら地面に激突したような感覚がヒナの全身に走る。

 正直ちょっとは押し退《の》けられると思ってた。半歩くらいは下がってくれるだろうと。でも、手応えはまるでなかった。


「ふんぬっ!」


 なんか悔しいからもう一押しするヒナ。腰を落として、脚からの力を全身に伝わらせる。それでも、ヴィルの牙城はそよ風が吹いた程度のもの。


「力をつけたな、ヒナ」


 ヴィルが言った。天と地ほどの力の差があっても、お世辞だとわかっていても、ヒナの頬が緩む。 


「でぇへへへ」


 ヒナから見たヴィルという男は憧れの存在だった。

 優しくて、賢くて、物静かで、いつでもドッシリ構えてて、そして……強い。


 カッコいいのは中身だけじゃない。外見だってすこぶるイケメンだ。


 種《・》が異なるヒナとはなにからなにまで違う。共通点があるとすれば、二本の腕と二本の足くらいのもの。

 ヴィルには口もなければ鼻もない。耳だってないし、代わりと言わんばかりに金色に輝く瞳が三つあった。ヒナと同じ位置に二つと、額に一つ。

 身長はヒナの二、五倍くらい大きく、肩幅はヒナ三人分程。そのくせウェストは細く、脚が長くスラっとしている。言いようによってはモデル体型。

 深淵の底のような暗黒色の身体は、彫刻のように美しい筋肉を纏っている。

 頭には雄々しく生えた二本の角が屹立しており、肩と肘に生えた太い角と合わせて禍々しくも恐ろしく、そして力強い雰囲気を醸し出していた。


 その姿を、人は“悪魔”と呼ぶだろう。


 ――ヴィルは“魔物”だ。


 人間《ヒュム》であるヒナとは、生き物として根本的に異なる存在。


 “魔族の王”直下の、絶大なる力を持つ魔物――魔星卿《マスターロード》が一体。

 東の大陸の魔族を統治する、最強の魔物――ヴィルアーク・フォン・ヴァールデーモン。


 ヒナの育ての親で、ヒナの命の恩人で、ヒナの憧れ。


 ヒナの夢は、いつかヴィルアークのような立派な魔物になること(・・・・・・・)。


 強くなって、強くなって強くなって、いつか五体目の魔星卿《マスターロード》として彼の隣に並び立つ。


 それが、自身が人間であることを知らない少女の描く夢だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。