貴族街と神殿
王家の馬車はさすがというべきか、広くて揺れも少なく、快適な乗り心地だ。
私は馬車のカーテンの隙間から、そっと外を覗いた。
王家の馬車とぞろぞろと引き連れた護衛は目立つらしく、通行人の視線が集中している。
貴族街は、ほとんどの貴族が馬車で移動するからか、道を歩く人はまばらだ。
品のよさそうな店が表通りにずらりと並んでいる。
ドレスを着て着飾った婦人が、侍女や護衛らしき人を連れてそのうちの一つに入って行くのが見えた。
「この辺りの店は何を売っているんですか?」
「そうですねぇ、宝石店や紳士服を売っている店から、家具や骨董品を扱っている店、レストランまで様々ですが、貴族向けなので値段も格式も高い店がほとんどですね」
「平民は買わないんですか?」
「富豪が買いに来たりしますが、ほとんどの平民はとても手が出せる金額ではないので、滅多に買いません」
なるほど。購買層がはっきり別れているのか。
見た限りでは、貴族街は街も整備されていて治安もいいようだが、下町はどうだろうか。
「オルクス先生、下町は通りますか?」
「神殿はちょうど貴族街と下町との間に位置していまして、我々は貴族街の方から来たので下町は通らないのですよ」
えー、下町は見られないのか。楽しみにしていたんだけどな……。
いや、頼めばもしかしたら見せてくれるかもしれない。
「少しだけ下町を見てはだめですか?王族は幼いうちはほとんど外出できないので、この機を逃せば何年後になるか……」
上目遣いに小首を傾げ、渾身の可愛いポーズをする。
前世の私ならいざ知らず、今の傾国の美少年ならばオルクス先生にも効くはず……!
「いや、しかし……うーん……」
お、これは押せばいけるかも。
「お願いします。見るだけですし、大人しくしていますから」
「……わかりました。国民の生活の様子を見ておくことも必要でしょう。ただし、神殿に行った後で、馬車の中から絶対に出ないと約束できるのならば、少しだけですが」
「約束します!」
やったぁ!これで下町の様子が見られる!
そうと決まれば、とっとと神殿で形式上のステータス魔法を授かって、女神に文句を言って用事を済ませてしまおう。
それから暫く馬車に揺られていると、なにやら白い大きな建物が見えてきた。
「あれが神殿ですよ」
その建物の外観は全て真っ白で、見るからに荘厳な雰囲気が漂っていた。
「おぉ...」
「城で見慣れているとはいえ、やはり最初は圧倒されますよね」
馬車を降り、神殿の神官の案内で中に入ると、思ったよりも質素だった。
品のいい調度品が並び、みすぼらしさは感じさせないが、外観から勝手にもっと豪華絢爛なのを想像してたので、少し拍子抜けだ。
いや、神殿らしくなくゴテゴテと飾るよりよっぽどいいのだが。
「神殿は、ステータス魔法の授与以外にも、炊き出しや孤児院の運営、光魔法の得意な職員による怪我の治癒なども行っております」
そう神官が説明してくれた。
「光魔法...?」
この世界の魔法は、向き不向きこそあれど、全ての人が全ての属性を持っていて、基本的には練習すればどの属性でも使えるはずだ。
それに、光魔法が神聖なものという認識はなかったはずだが...。
「神殿は、神を祀り、人々に癒しを与える場所です。人々の心の拠り所となり、神の教えを伝え、導くこと。そして、疲れた心と体を癒すこと。それこそが神殿の目的です。光魔法が司るのは浄化と回復。神殿の目的と一致します」
「では、光魔法だけを特別視している訳ではないと?」
「ええ、光魔法を使っているからといって、闇魔法を敵視している訳でもありません」
「そうですか。なるほど、教会の考えは分かりました」
「ご理解いただけたようで何よりです」
光魔法はあくまで手段の一つである、と。
かつて、この大陸では闇魔法が排斥されていた歴史がある。
誰しもが闇魔法を使えるはずなのに、見た目や雰囲気から邪悪なものとして考えられていた。
使うことを禁じられ、優れた闇魔法の使い手達は迫害されてきた。
今は迫害や差別はほとんどなくなったが、それでも一部その考えが根付いている者もいる。
神殿もその一部に入っているのではと思ったが、そうではないらしい。
その後も雑談をしながら神官についていくと、一つの部屋に通された。
「ここから先は申し訳ありませんが、付き添いの方はご遠慮下さい。この儀式は生涯で一度きりの大切なもの。女神の声に集中するため、担当する神官以外は立ち会いできません。私もここまでとなります」
私は問題ないが、王族が護衛を付けずに神官と二人になって大丈夫だろうか。
確認のためにオルクス先生に視線を送ると、了承が返ってきた。
「大丈夫です。ステータス魔法の授与はそういうものですから。陛下も把握しておられます」
「では、ここから先は一人でお進み下さい。中で担当の者が待っておりますので、詳細はそこでお聞き下さい」
私は一度深呼吸をすると、神官が待っているという部屋へ一歩踏み出した。
さあ、私を男として生まれさせた女神に文句を言うとしようか!




