バランスゲーム
門に行くと、確かに美鈴が待っていた。
「おや、来ましたか。と言うことは……。」
「はい、やります。」
僕がそう答えると、幾らか緊迫した空気が流れた……というのを予想していたのだが、帰ってきた答えは
「あ、そうですか。じゃ始めますか。」
とかなりあっさりしたものだった。
「軽い、ですね。」
「自分でいうのもなんですが、これでも結構楽観的な性格してますからね。というより、小難しいことには頭が回らないんですよ。」
それは単に思考を放棄しているだけでは……。
「取り敢えず、移動しましょうか。ここだと少し危ないので。」
「はい。」
危険なのはどこも同じように感じられたが、ここはプロの言う事に従った。
安全なところといってもこの辺りには無さそうなので、恐らく数十分は歩くだろう。
そう思って歩き始めた数分後。
「着きましたよ。」
美鈴が立ち止まったのは霧の湖の前だった。
「ここですか?」
「はい、ここです。落ちた場所が湖なら生存率も上がりますからね。」
「でも、溺れたりしませんか?」
「大丈夫です、落ちても変に体を動かさなかったらある程度は浮いていられます。」
「そう、ですか。」
今更だが、不安を覚えてしまった。
自分で決めたことだというのに、何とも責任感の小さい奴だ。
「じゃあ、お願いします。」
美鈴は軽く頷くと湖の上空へと飛んで行き、僕もその後に続いた。
美鈴は湖の岸から十メートルくらいのところで止まった。
湖の真ん中でやるのはいくら何でも危険すぎるのであろう。
「先ずは一番簡単なのを撃つので、避けてください。」
「簡単なのですか。」
「空中戦は地上戦とは全く違いますからね。避け方もガラリと変わりますよ。」
そう言うと、美鈴は早速最初の弾幕を発動した。
一番簡単なものなので隙間も大きく簡単に避けることができたのだが、同時に美鈴の言葉の意味が良く分かった。
空中に来ると縦方向の移動も可能になり、R-typeなどの2Dシューティングからスターフォックスなどの3Dシューティングに移行した時のような感動すら覚えた。
しかし、移動方向が増えるということは判断に時間がかかる可能性も無視できない。
また、より高度な空間把握能力も必要となり、慣れないうちはピチュりやすい、と思われる。
「本当に全然違いますね。」
「そうでしょう。まぁ、そのうち慣れますよ。」
「そうなんですか?」
「多分、ですけどね。」
僕は微苦笑するしかなかった。
その後も低難易度の弾幕が飛び交い、なんとかノーミスで避けきることができた。
初めてにしては上々であろう。
「もうそろそろ慣れてきましたか?」
「はい。」
「じゃあ、少し難しいのを撃ちますね。」
美鈴からより密度が濃く、速度の速い弾幕が飛び出す。
地上ではこれも難なく交わしていたのだが、今回は何度も髪や服をチリチリいわせながら避けることになった。
その後の弾幕も弾足がだんだん速くなって回避にもそれなりのスピードが要求されるようになり、少しづつ制御が効かなくなってきた。
移動速度が上がり複雑な動きをするようになるとバランスがとりにくいのである。
そして十数個目の弾幕で遂にバランスを完全に崩し、飛んできた弾幕に自らぶつかってしまった。
身体中に電流のような衝撃が走り、直ぐに力が抜けていくのが分かった。
僕は無理やり両腕を動かし、頭をカバーして着水に備えた。
と、車がぶつかって来たのかと思えるほどの衝撃と痛みが襲い掛かり、全身が冷たさに包まれた。
鼻から勢いよく冷たい水が入り込み、ツンとした痛みを感じる。
本能的に藻掻きそうになったがそれを理性で抑え込み、ゆっくりと浮上した。
「あ、大丈夫ですか?」
水上では既に美鈴が待機していた。
「あ、はい。」
できるだけ体を動かさずに返事をする。
「動けますか?」
「いえ、まだちょっと。」
「分かりました。」
そう言うと美鈴は僕を湖から引っ張り出し、肩に腕を回してそのまま岸まで運んで行った。
そしていつかの様に僕を木陰に寝かした。
「どうですか、五メートルほどの高さから落ちた感想は。」
「凄く……痛いです……。」
もっと他にも言う事があったかもしれないが、この時はこれくらいしか言う事ができなかった。
「でしょうね。」
予想通り、それ以上でもそれ以下でもない答えが返ってきた。
「あ、そうだ。」
「どうしました?」
「もう一つ、今回の落下で分かったことがあります。」
「何ですか?」
「冷たい水で体をうんと冷やせば風邪になる。」
そう言うと僕は大きなくしゃみを二、三回し、だらしなくも大量の鼻水を垂らした。
美鈴はというと、微苦笑していた。
遂に消費税十パーセントが始まりましたね。
個人的に増税にはポジティブなんですが、軽減税率が何ともややこしくて……。
早く終わらないかな、軽減。
次回も空中戦です。
もうそろそろ特訓編も終わりにしといたほうが良いのかな……。




