第98節 いつかふく風
新しい風が、吹き始めていた。
精霊達が絶え間なく踊り続ける丘。実り溢れる森。森の動物達に恵みを与える泉。若い魚が澄む川。人の住む町。
豊潤な風の香りの中をたゆたいながら、少女は、傍らを飛ぶ父親に素朴な質問をする。
「ねぇ、お父さんは、どうして翼が無いのに、あたしみたいに飛べるの?」
傍らの父親は、精悍さの刻まれた端整な顔立ちに静かな微笑を浮かべて、少女に答える。
「君のお母さんが、父さんに力をくれたからだよ。新しい世界を切り拓く力を、お母さんだけじゃない。僕を支えてくれたみんなが、僕とお母さんを応援してくれた。そうして、君が生まれたんだよ。この新しい世界で、素敵な翼を広げてくれるようにって、君のお母さんは、ずっと、祈っていたんだ」
少女は、父親の顔を見上げる。太陽が傘になって、その表情は読み取れない。
今は居ないお母さん。顔も覚えていないお母さん。母親がいないことに不満を訴えたことはないが、それでも一度だけ、少女は父親に聞いたことがあった。
「寂しくないの?」
父親は、その時、とても懐かしそうに、少女に聞かせたものだ。
「時々ね、でも、その度に思い出すんだ。お母さんと見た。花火を、いつか、君にも見せてあげるから、お母さんが見た花火を――」
一陣の風は強く暖かく、なにかを思い起こさせ、それがなんであるか思い出す、その瞬間に吹き去っていった。
でも彼は、それがなにか、とうの昔に知っていて、誰にでもなく優しく笑いかける。
これにてルルとジオにまつわる物語は一巻の終わりとなります。
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