第10話:世界の理を書き換える家族(第3章完結編)
ついに世界規模の『魔王討伐連合軍』が魔の森へと迫ります。最新鋭の兵器を揃えた数万の軍勢を前に、ゼノンが放つのは、手加減なしの一指での完全消滅魔法でした。そして、王国の崩壊によって路頭に迷う難民たち、さらには千年前の魔王軍の残党までもが集結する中、天使の娘エルナの「ある一言」が、世界の歴史を永遠に塗り替える奇跡の建国劇を引き起こします!
クリスタルの湖の畔は、本来であれば、鏡のように澄み切った水面が美しい大自然のオアシスであるはずだった。
しかし今、その静謐な水辺を取り囲むように、人間の王国と隣国の軍事帝国『バルザーク』が誇る、総勢数万に及ぶ『魔王討伐連合軍』が、ぎらぎらとした殺意を放つ鉄の包囲網を敷き詰めていた。
空を埋め尽くす巨躯の飛竜と、最新鋭の魔導アーマーが放つ禍々しい駆動音。
その中心、湖の特等席に敷かれた色鮮やかなレジャーシートの上に、ゼノン、リーゼロッテ、そして小さなエルナの三人は、およそ戦場には不釣り合いなほど優雅な佇まいで座っていた。
「——見つけたぞ、邪悪なる魔王ゼノン! そして国を裏切った元聖女リーゼロッテ!」
大軍勢の先頭で、王国の重鎮たちが、己の保身のための大義名分を声高に叫ぶ。彼らの背後には、最新の魔導砲がすべてゼノン一家に向けて照準を合わせていた。
「パパ、お外がとってもむしむしして、かっこ悪い鉄のワンワンがいっぱいいるの……」
エルナが不安そうに、ゼノンの夜会服の袖を引く。ゼノンは腕の中の娘を、これ以上ないほど優しい父親の顔で見つめ、その小さな耳を左手でそっと塞いだ。
「大丈夫だよ、エルナ。少しだけ目を閉じておいで。パパが今から、我が家のピクニックの邪魔をする『大きな粗大ゴミ』を、綺麗にお掃除してくるからね」
ゼノンはエルナをリーゼロッテの腕へと預けると、静かに立ち上がった。
認識阻害のマントを脱ぎ去り、漆黒の夜会服が風にたなびく。その瞳の奥で、千年前の神魔戦争を文字通り数秒で終わらせた【破壊の魔王】の、絶対的な虚無の炎が静かにパチリと爆ぜた。
「我が最愛の妻と娘が楽しみにしていた、冷製スープの時間を汚した罪。……世界ごと、灰に変わって贖うがいい」
ゼノンは空に向けて、右手のひらを優しく掲げた。
彼が放ったのは、手加減という概念を完全に排除した、文字通りの神速のざまぁ——超位消滅魔術《深淵の抱擁》。
パチン、と。
ただ一度、ゼノンが指先を鳴らした、その瞬間。
辺境の空を支配していた爆音も、飛竜の咆哮も、魔導兵器の駆動音も、すべてが置き去りにされる『完全な静寂』が世界を包み込んだ。
ゼノンの手のひらから放たれた極黒の波動が、波紋のように空間を駆け抜けた次の瞬間——数万の連合軍、最新鋭の魔導アーマー、空を埋め尽くしていた竜騎士団、そして彼らを率いていた王国の身勝手な重鎮たちにいたるまで、その魔力に触れたすべての存在が、悲鳴を上げる猶予すら与えられないまま、一瞬にして一人の例外もなく完璧な『塵』へと還元され、風にさらわれて消え去った。
肉体も、武器も、彼らが抱いていた醜悪な野望も、すべてが世界の理から力技で削除されたのだ。
さらに、その余波によって、彼らを裏で操っていた王国の王宮、そして帝国の帝都の権力者たちの座す玉座だけが、数キロの距離を無視してピンポイントで消滅し、両国は一瞬にして完全に機能停止(崩壊)へと追い込まれた。
光の残滓が天へと消え去り、後に残されたのは、不自然なほど静かで、どこまでも澄み切ったクリスタルの湖の美しい景観だけだった。
「わあ……! パパ、お空がピカピカになって、とっても綺麗!」
耳を離されたエルナが、パチパチと小さな手で拍手をする。
「そうだよ、エルナ。これで邪魔なお荷物はすべて片付いた。リーゼロッテ、美味しい冷製スープをいただこうか」
「ええ、喜んで、あなた」
リーゼロッテは優しく微笑み、特製のガラスの器に美しいスープを注いだ。世界規模の脅威を「ピクニックのついでのお掃除」として秒殺した最強の夫の横顔は、今やただのデレデレのマイホームパパのそれに戻っていた。
しかし、世界が震撼したのは、このお掃除の直後のことであった。
ゼノンが放った消滅魔法の直後、リーゼロッテとエルナのお願い通り、王国の崩壊と帝国の自滅によって行き場を失い、路頭に迷っていた数万の無辜の民衆や難民たちが、ゼノンの空間転移魔法によって、この魔の森の最深部へと一斉に保護された。
さらに、その膨大な人間の民衆たちが集まった楽園の地へと、地鳴りのような足音を立てて、次々と「異形の影」が姿を現した。
「——ガハハハハ! 我が主ゼノン様! 千年の眠りを経て、このバロール、かつての同胞たちを連れ戻してまいりましたぞ!」
四本の腕を持つ内政官バロールが先頭に立ち、その後ろから続々と現れたのは、千年前の魔王軍の残党たちだった。
地中から現れた岩石の巨神、空を駆ける漆黒の妖精、そして、かつてはゼノンをして「やぶ蚊のようにしつこい、趣味の悪い植物の盆栽師」と言わしめた、植物系の魔族四天王までもが、その強力な魔圧を放ちながら集結してきたのだ。
「ゼノン様! 我が君主よ! 再びあなたのために、この世界を恐怖で支配する軍勢を興しましょう!」
魔族の猛者たちが一斉に地面に跪き、再び人間を恐怖に陥れようと気炎を上げる。数万の人間たちの難民は、突如現れた本物の魔王軍の軍勢に、今度こそ食い殺されると絶望し、身を寄せ合って涙を流した。
……だが、その魔族たちの邪悪な盛り上がりを、一瞬でぶち壊す小さな声が響いた。
「ダメだよ! おっきいワンワンたち、めっ、なの!」
魔族たちの前にトコトコと歩み出てきたのは、小さなぬいぐるみを抱え、お気に入りのピンクのパジャマを着たエルナだった。
エルナは小さな腰に手を当て、千年の猛者である魔族四天王たちを見上げて、ぷくーっと頬を膨らませた。
「パパとママとお外で泣いてる子たちを、いっしょに遊ぼうねってお約束したの! だから、みんな仲良くしなきゃ、エルナ、おこるからね!」
小さな幼子の、あまりにも純粋無垢な『命令』。
しかし、その幼子の背後には、世界をいつでも滅ぼせる元魔王がデレデレの顔で佇んでおり、その隣には、あらゆる神罰を無効化する絶対結界を持った元聖女が上品に微笑んでいる。
魔族の四天王たちは、エルナの背後に立つゼノンの「私の娘の言うことは、世界の理よりも絶対だ。一ミリでも逆らえば、魂ごと菜園の肥料にするぞ」という無言の超極大魔圧を全身に浴び、一瞬にして冷や汗を流して直立不動になった。
「は、ハイッッ! エルナお嬢様のお仰せのままに! 我ら魔王軍、これより人間の方々と全力で『仲良く』させていただきます!」
伝説の猛者たちが、まるで幼稚園児のようにお行儀よくペコリと頭を下げる。
この瞬間、エルナの一言によって、千年にわたる種族の仇怨は一瞬にして完全に無力化され、世界の常識は完全に書き換えられた。
それから、数年の時が流れた。
かつては人類未踏の絶望の地とされた【魔の森】の最深部には、未だかつて世界が目撃したことのない、奇跡のような【共存の都】が築き上げられていた。
そこでは、人間の子供たちと小さな魔族の子供たちが、バロールの作ったピカピカの公園で仲良く駆け回り、リーゼロッテの家庭菜園で採れた、一口で病気を治す『神聖野菜』を、エプロン姿の凶悪なオーガの料理人たちが美味しく調理して平民たちに振る舞っていた。
元魔王の圧倒的な武力と、元聖女の絶対的な防衛力。
そして、それらを完全に支配する天使のような娘の笑顔。
理不尽な国を捨て、ただ「家族三人で誰にも邪魔されずに美味しいご飯を食べるため」だけに始まったスローライフは、いつしかすべての種族が手を取り合って笑い合う、世界で最も豊かで幸福な理想郷——【新生魔王国】へと拡大していった。
後に、世界の歴史書は、この奇跡の国をこう語り継ぐことになる。
『——かつて、世界を恐怖した人間の王たちが、最強の魔王と最高の聖女を理不尽に追放した。しかし、それこそが真の救済の始まりであった。
魔王が最愛の家族のために創りし、その美しき楽園の国は、あらゆる種族が和合し、戦いも飢えもないまま千年続いた、人類史上最も偉大なる平和国家であると。』
(魔王婚活転生2 〜第三章・完結〜)
『魔王婚活転生』第3章を最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました……!
皆様の多大なる熱い応援のおかげで、ゼノン一家は理不尽な世界そのものをあっさりとねじ伏せ、エルナちゃんの「みんな仲良く!」の命令一つで、すべての種族が和合して千年続く『新生魔王国』を建国するという、これ以上ない最高のハッピーエンドを迎えることができました!
5歳のエルナちゃんの可愛すぎる天下統一、リーゼロッテの深い慈愛、そしてゼノンのブレない親バカ消滅無双を、大満足の超大ボリュームでお届けしました。
本作の物語はこれにて一区切りとなりますが、最強家族の賑やかで美味しいスローライフは、この新天地でこれからも永遠に、千年以上続いていきます。
もし「この家族の最高の結末を見届けられて本当によかった!」「エルナちゃん、最後まで最高に可愛かった!」と思って頂けましたら、ぜひ画面下の【ブックマークの継続】と、【☆☆☆☆☆】を最大の【★★★★★】にして、最後に作者へ最大の感想と評価での応援をいただけますと、これ以上の幸福はありません!
いったんここで区切りとさせていただきます。
皆様と笑顔でまたお会いできることを心より楽しみにしております。
本当に、本当にありがとうございました!




