第二十六話 おっさん、大司教と互角に渡り合う
翌日。
宣言どおり、大司教に会いに行く。
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そろそろ見慣れてきた大聖堂。
フリージアとオルマールをお供に連れて、俺は堂々と奥へと進む。
昨日のワイバーン戦を経たおかげで、俺に意見するヤツはひとりもいない。通り過ぎる司祭や修道士たちは、好奇と畏怖が入り混じった目でこちらを見る。
何しろ序列三位と序列九位の精霊騎士が、俺の後ろに付き従っているのだ。他の序列の精霊騎士は外遊に出かけているそうだから、この大聖堂において俺にかみつく無謀なヤツは誰もいない、ということになる。
ただひとり、精霊教会のトップであるドゥーロン大司教を除いては。
†
「――貴公がモチヅキ・ハンゾーか」
大聖堂、謁見の間。
列席する司教たちに見守られながら、俺はドゥーロン大司教との対面を果たした。
(ほほう。これはこれは)
威風堂々たる老人だ。
いや、老人と呼ぶのは失礼に当たるかもしれない。頭髪も、長い口ひげも、真っ白に染まってはいるが。その眼光は今まさに戦陣に立つ将軍のように、鋭すぎる光を放っている。
背すじはピンと伸びて、筋骨隆々。
オーク族と見まがうほどの体格。身長は二メートル近い。
一段高い場所の、豪奢な金細工の椅子に腰掛けて。揺るがぬ視線で見下ろしてくる。
(やるじゃないかご老人)
うれしくなってきた。
この大司教、確かに大した逸物だ。
こちらの世界で出会った相手の中では、間違いなく最強の部類だろう。
忍者たるもの、常に冷静と沈着を求められるが……こんな豪傑に出会ってしまうと、さすがに辛抱たまらなくなってしまう。
うれしいついでに、あいさつ代わりの殺気を放ってみた。
大司教にだけピンポイントに向けた、細い錐のような殺気だ。
少し『できる』ヤツなら、何かしら反応があるはずだが。
「遠路はるばるご苦労である。大司教の名において、貴公の来訪を歓迎しよう」
……また嬉しくなってくる。
平然としてるじゃないか。フリージアあたりでも、この殺気に晒されれば裸足で逃げ出すだろうに。
「……だがそれはそれとして、だ」
厳かに大司教は告げる。
「ハンゾーよ。貴公はいささかやりすぎたようだな?」
「そうかねえ」
頭をかいて俺は反論する。
「売られたケンカを買っただけで、やりすぎとか言われてもな。むしろ感謝されてもいいくらいだと思うぜ? 血の一滴も流さず、石壁ひとつ壊すことなく、穏便に済ませてやったんだから。なあオルマール?」
「は、はい」
「昨日のワイバーン戦。俺とやってみて何か言いたいことはあるか?」
「何もありません! 命があっただけ儲けものです!」
「……だ、そうだぞ? 大司教猊下?」
「……神聖なる大聖堂において、フリージアに狼藉を働いたそうだが?」
「自分の女に手を出して何が悪い。好きな時、好きな場所で、俺は俺の女と遊ぶ。そもそもそういう契約だったしな――なあフリージア?」
「ば、ばかハンゾー、何もこんなところでそんなこと言わなくても――」
「俺が働いたという狼藉について、お前は何か文句があるか?」
「あるに決まってるでしょう!? でも――ですが、それは受け入れます。確かに契約を結んだことは間違いありませんし――とはいえ、かなり契約を拡大解釈されてる気はしますけど!」
「……だ、そうだぞ? 大司教猊下?」
俺はあらためて確認する。
「何か文句はあるか? ないなら立ち話も何だし、美味い料理で酒でも飲もうじゃないか。この都の名物、マミール貝と鎧エビのうまい店を知っている。一杯おごるぞ?」
「…………」
提案を聞いているのかいないのか。
ドゥーロン大司教は俺を睨み下ろしたまま、沈黙している。
「言いたいことがあるなら、大きな声で言ってくれていいんだぜ?」
俺はさらに言う。
「ただし、こちとら無理やり召喚された身。大した見返りもなくこの場にいるのは、あくまでもボランティア精神ゆえだ、ってことを忘れるなよ?」
ざわ、ざわ。
列席している司祭どもが、顔を見合わせて耳打ちし合っている。
『なんたる無礼な……』
『いかに実力があるとはいえ……』
『ワイバーン戦に勝ったぐらいで、なにをいい気に……』
『大司教猊下だけではない。我らにはまだ、序列二位の精霊騎士、ワーテンロー卿もいる……恐れることは何もない……』
『大司教猊下、どうか不信心者めに神罰を……』
「――おい、お前らもだぞ?」
こそこそ言ってるやつらに、俺は一瞥をくれてやる。
「言いたいことがあるなら大きな声で言え。せっかくの機会だ、面と向かって俺に文句のひとつも言ってみたらどうだ?」
『…………』
『…………』
たちまちひそひそ声が止む。
それどころか、誰も俺と目を合わせようとしない。
まったく。この手の連中が群れないと何もできないのは、どこの世界も同じか。
「恐れながら大司教猊下!」
と、その時だった。
フリージアがひざまずいて進言したのは。
「こちらのモチヅキ・ハンゾーは、とある事情により右も左も分からぬ身! 精霊教会の威光を理解せぬのも無理からぬこと! どうかここは、わたしに免じて穏便に――」
……余計なお節介だぞフリージア?
別に穏便に済ませなくても、こっちは何も困らない。まあお前の俺に対する忠誠心に免じて、やりたいようにさせてやるが。
「大司教猊下! 私めからもお願い申し上げます!」
おっと。
今度はオルマールまでひざまずいたぞ?
「私がワイバーン戦で負けたから、というわけではありませんが――モチヅキ・ハンゾーが真の勇士であることは、誰の目にも明らか! どうかご寛恕あって、彼の者を精霊教会の賓客として遇して頂けますよう!」
おやおや、お前まで余計なことを。
別に俺は、大司教のお慈悲をいただきに来たんじゃないんだがな? むしろ穏便に済ませてやってるのは俺だってことが、いまいち誰にも伝わらなくて困る。
まあフリージアと同じで、心から俺を案じての発言らしいから。今日のところは見逃してやるけれども。
「大司教猊下! 序列三位の精霊騎士たるわたしに免じて、どうか!」
「同じく序列九位の精霊騎士たる私からも、お願い申し上げます!」
「どうか!」
「どうかお慈悲を!」
フリージアとオルマールが交互に懇願する。
『馬鹿な、ありえぬ』
『あれだけの狼藉を働いた男を無罪放免など……』
『雷霆公と呼ばれた大司教猊下のお力、今こそ示す時ですぞ……!』
一方で参列している雑魚どもは、口々に俺を断罪すべしと口にする。
やれやれまったく。
そろそろ帰っていいか? 時間の無駄すぎるんだが。
それとも全員、この場で黙らせてやった方がいいだろうか……?
と、その時。
「静まれぃッ!」
――白昼に雷鳴が轟いたのかと思った。
雷鳴ではない。ドゥーロン大司教が発した一喝だった。
フリージアは膝をついた。
オルマールは腰を抜かした。
列席していた雑魚どもは、たぶん全員が失禁した。
それだけの威力があったのだ、ドゥーロン大司教の一喝には。
(やるじゃないか)
また俺はうれしくなった。
これだけの気を発することができるとは、相当にできる……まあ俺にはそよ風が吹いたぐらいの影響しかなかったが。
「す、すげえ……」
そんな俺を見て、腰を抜かしているオルマールが感嘆を漏らす。
「さすがハンゾーさん……あれだけの霊圧を受けておいて、平然とした顔をしてる……大司教猊下に慣れている俺でもこのザマなのに……」
「それがモチヅキ・ハンゾーという男なのです」
膝をついたまま、フリージアがどこか誇らしげに言う。
「邪竜すら恐れおののいたという一喝を受けて、眉ひとつ動かしてない……もしかしてもしかすると、ハンゾーであれば大司教猊下に比肩しうるのでは……?」
「……モチヅキ・ハンゾーよ」
ドゥーロン大司教が厳かに言う。
「このままでは埒があかぬ。そこで提案があるのだが」
「いいぜ。聞こうじゃないか」
「儂と貴公、二人きりで決着をつけよう」
そう言って、ドゥーロン大司教は立ち上がる。
「『封印の間』に貴公を招待する。そこであれば誰の邪魔も入らぬ。貴公にとっても悪い話ではないと思うが?」
「なんと……まさか『封印の間』を使うのですか……!」
驚愕の声を上げているのはフリージアだ。
「王宮の大図書館と同じく、古代を生きた神人の遺産のひとつです。大聖堂の地下深くに存在する空間で、ここではないどこかに繋がっているされています」
「まずいですよハンゾーさん……!」
オルマールが青い顔で言う。
「『封印の間』に広がっているのは、半永久的に続く広大な空間だ。そこでなら、どれだけ派手な魔法を使っても現実世界には影響を及ぼさない――つまり大司教猊下は本気だってことです。もう何十年も見せてない本気を、今日ばかりは出し切るおつもりだ。マズいですよこれは、いくらなんでもマズすぎる……!」
「いいぜ」
俺は簡潔に言った。
「こちとらケンカをしに来たわけじゃないが、そういうことなら付き合おうじゃないか。案内してくれ大司教」
「――よかろう。ついて参れ、遠方より来たりし客人よ」
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面白くなってきた。
忍者は隠密を尊ぶものだが今回は例外。結果として、たぶんその方が仕事はやりやすくなる。
大陸のあちこちを遍歴し、味方を増やし、見聞を広めるのが差し当たっての目的だからな。
まずは大司教との決着戦。せいぜい楽しませてもらうとしようか……!




