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ラピスラズリの恋  作者: 佐倉硯
変わりゆく未来へ
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最終話

色々とやらかしてはいたものの、彼は間違いなく営業部のエースであり優秀な人材だ。やり方は悪かったものの、それを理由に仕事から離れられるのは惜しい能力である。常務も同様でその肩書きを持っているからには優秀な人なのだ。私情さえ挟まなければ出世街道爆走組なので、今回の件については少し痛手となったとしても、仕事で挽回してもらいたい。彼女も同じ気持ちだったらしいのだが、とりあえず言いたいことは言えているし気が付く人はとっくに気が付いている。


俺が言った事を嫌味ったらしく要約するなら“そういうことにしておいてあげるから、当然身を引くよな? 仕事まで失いたくないだろう?”である。信用は失っているかもしれないが、そこまで回復させてあげるほどお人好しではない。


流石に人前でいつまでもべたべたするのもよくないので、危機は去ったかと彼女の肩から手を離すも、今度は彼女が俺の腕に自分の腕を絡ませた。


「片山君どういうこと?!」


直接かかわった事のない人達は相変わらず興味津々にこちらを見ているが遠巻きにして近づいてくることはない。そんな中で茂住さんが俺に対して声をかけていたけれど、他の人に呼ばれてアワアワと慌ただしい。


「あああっもう聞きたいこと山ほどあるけど、幹事の仕事もあるから行くっ! 今度覚悟しといてよっ!? 根掘り葉掘り聞くからな!?」

「嫌です」

「拒否っ!?」


幹事のお仕事頑張ってください。


「だって茂住さん、口軽いんだもん」

「ごふっ! そ、それを言われたら……」


やべ、心の声と口に出した言葉逆だった。


効果はてきめんだったらしく、半泣きになりながらも別の幹事補佐に引っ張られて行ってしまう。それを見送ると、今度は鍋田さん達が再び近づいてきて。


「片山君……マジで?」

「マジです。すみません、こういう事情で黙っていて」

「俺、人生でこれほど驚いたことないかもしれない……」


まだ実感がわかないのか、俺の隣にいる彼女をチラチラと見る程度で直視はできないようだ。それでも会話の最後には「おめでとう」と言ってくれたので素直に「ありがとうございます」と返す。伊藤さんは複雑な表情でこの場を離れて行ってしまったけれど、気づかないふりをしていると桐島が後ろでポツリと呟いた。


「罪な男だねぇ……」


桐島は意外とこういうところが敏い。俺は苦笑しながらも聞こえないフリをしなければいけない(・・・・・・・・・)のだ。そんな中、用意されていた簡易ステージ上でマイクを持った茂住さんが話し始めた。


『えー! 先ほど、黒澤総帥からのご厚意で、本日の会費は全て黒澤総帥にご馳走いただけることになりました!』


唐突な話に、会場からは「えー!?」と動揺が走り、次に上がったのは喜びの声だ。真織さんが帰り際に部下に指示を出していたのはこれだったのかと理解する。

全員分となると相当な額ではあるが、茂住さんが話した内容は『突然、邪魔して騒がせてしまった事へのお詫びと、娘の結婚祝い』とのことだったので、遠巻きからでも彼女に対し「ありがとうございます!」と言った感謝や「ご結婚おめでとうございます!」と言った祝福の声が届く。酒の席ゆえ、野次みたいな祝いの言葉にどこからか爆笑も漏れてくるが、和やかな雰囲気が保たれているので無礼講の範囲だろう。


『お帰りの際、お渡ししたチケットの半券を受付に出していただければ、徴収した会費を払い戻し致します! すでに帰宅された方がいらっしゃった場合は、半券を捨てないよう知ってる方々で連絡回していただければ幸いです! 黒澤本部長、片山君おめでとう! 乾杯!』


何の脈絡もなく唐突な乾杯の音頭に、会場の至る所からバラバラに「乾杯!」とグラスを掲げる様子がうかがえる。茂住さんも壇上で調子に乗ってジョッキを飲み干し囃し立てられている。


雰囲気がなんだか照れくさくて二人で微笑み合っていると、芝崎さんは「うわぁん」と泣き真似をしながら鍋田さんの隣に立って。


「めっちゃ無理ですぅ! 片山君の事、ちょっといいなって思ってたけど、私じゃ無理でしたっ! おこがましかったっ! おめでとぉおっ」

「あははははっ、ありがとうございます」


こういう事を素直に言ってしまう人なのだ、芝崎さんは。酔った勢いもあるだろうが、彼女が複雑になるだろうかとチラリと横目でみたところ、俺に腕を絡ませながらふふんっと自慢げに笑って。


「うふふっ、私の旦那様なのー。いいでしょ?」

「うがぁっ! 黒澤本部長が見たことない表情で惚気ていらっしゃるっ! いつも冷静な顔も美しいけど、ぐぅ可愛っ! 悔しいけどめっちゃ羨ましいけど、私は片山君以上に黒澤本部長に憧れてるんですよぉっ! だから幸せになってくださいっ! 黒澤本部長、好きです!」

「え? わっ、あ、ありがとう??」


どうも面と向かって憧れていると言われたのが初めてだったらしく、彼女が照れだした。ポッと頬を赤くしたかと思えば、ニンマリとしてからだらしない顔でデヘヘッと笑う。


「ああ……美人だからその表情もいいっ。見てて飽きないっ!」

「……芝崎さんってそんなに縁の事好きだったんだ?」


茂住さんに嵌められて行った合コンで、初めて芝崎さんに会った時にも彼女は現れていたのだが、そんな様子おくびにも出さなかったのに。後から聞いたら「推しが目の前に現れて緊張しないファンはいない」と言われたんだが、芝崎さんは結構なオタク気質だったらしい。


「片山君が黒澤本部長の呼び捨てしてるの最高……尊い……決めた。二人のファンになる。ファンクラブ作る。絶対作る。できれば公式くださいっ!」

「結構グイグイ来るタイプ!」


酔っているにしても芝崎さんの変わりように鍋田さんも驚いているし、彼女自身もビックリしながらも嬉しそうに話をしている。案外、こういう人の方が彼女に合うのかもしれないなぁと思っていると、やっぱりと言うか――。


「――面白いねぇ芝崎さん。友達になりたいなぁ」


ポロっと彼女がそう零すと、芝崎さんははわわわっと唇を震わせて。


「く、黒澤本部長とお友達!? 何とも恐れ多いっ! 結婚を前提によろしくお願いしますっ!」

「マッチング成功しとるがな」

「まさかの間男発言。……この場合は間女ですかね?」

「まてまて俺の妻だぞ」


上から芝崎さん、鍋田さん、流星君、俺である。

興奮する芝崎さんを見た流星君が少しだけ思案した後とんでもないことを言い始めた。


「芝崎さん、片山葉教に入信しませんか? 才能ありますよ」

「何その楽しそうな宗教!」

「流星君、勧誘しないで」


本当に布教活動始めやがった。


あと、入信する才能って何?


「え、私も入りたい」

「ゆ――黒澤本部長は教祖です」

「教祖!」

「縁、喜ばないで」

「教祖とファンクラブ会長がタッグを組むんですね! 最強じゃないですかっ!」

「ファンクラブは別枠!? そしていつの間にか会長に就任してる!」


わちゃわちゃと中身のない会話を続けているため、俺達に色々問いただしたいであろう周囲は相変わらず遠巻きだ。仕事をしている彼女しか見てきていない人達は、こんな気兼ねなく話しているのを初めて見るためか驚いている。それを考えると、鍋田さんと芝崎さんの適応能力の高さは凄い。


――本当に些細なきっかけだったけれど、彼女と関わってからこうやって気兼ねなく話せる相手も増えた。彼女自身もまた変わろうとしているのか、人と関わろうと積極的になっている。


本当に互いが互いの人生を変えられたなとつくづく思う。


芝崎さんのテンションがあまりにも高く、鍋田さんは苦笑しながらも「落ち着こう」と窘めている。流星君も本当に楽しそうにクスクスと笑っているのは珍しい。


一歩引いたところで自分達を囲う友人達を見ていると、彼女は俺を見上げてクスリと笑った。


「私、今、すっごく幸せ」


人と関わることを諦めていた彼女にとって、気兼ねなく話せる相手というのは貴重だ。裏切られる怖さを知っているからこそ臆病になっている。鍋田さんや芝崎さんがそれを意図しているわけでない。だからこそ彼女は素直に楽しいと思えるのだろう。


きっとこんな気持ちは今だけだ。

ふわふわと現実的ではない感覚で、幸せを享受できるのはもしかしたらこの先ないかもしれない。俺の親族にしろ、彼女の立場にしろ色んな憶測が飛び交い、互いに傷つくこともあるだろう。


それでも“今”を幸せだと思えるなら、これからも幸せになろうと頑張れる気さえする。


「うん、俺も」


同意したところで彼女が蕩けるように笑うから、俺もきっと同じ顔をしていたと思う。


たぶん、きっとこれからも――。











2021/05/08 執筆了


無事完走しました。

連載中、たくさんの応援とご感想ありがとうございました。

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