48 side.縁
烏有――という組織はその名の通り“全くないこと。何も存在しないこと”を意味する。
黒澤財閥の暗部の一切を引き受けるが、絶対に表舞台には立たない謎の組織だ。かくいう私もその実態をあまり詳しくは知らないし、どれだけの規模なのかも知らない。
烏有は私の配下ではない。烏有を束ねるのは夢兎叔父様だ。夢兎叔父様は誰の命令でも組織を動かすわけではなく、人と内容をみて精査する。基本的に組織を知るのは成人を迎えた黒澤財閥の直系に近い関係者だけで、血の遠い名前もうろ覚えな親戚はこれを知らない。
彼らは夢兎叔父様指示で私の指示に従ってくれていただけの事なので、事が終われば私の命令権はない。そんな彼らに私が最後に頼んだのは葉クンを丁寧に私の家に運ぶことくらいだ。
後は夢兎伯父様の指示で彼らが動いたのでどうなったかなんて知らない。アレクサンドラと週刊誌の記者二人、あとは葉クンを運んだ部下当たりが対象となるだろうが、与り知らぬところである。
一応、蝶叔父様からの伝言を烏有のリーダーに託せば、リーダーはちゃんと伝えてくれたらしく夢兎叔父様から「注文が多い。俺は狩人か」と直接電話があったのは笑ってしまった。
宮沢賢治の『注文の多い料理店』になぞらえた夢兎叔父様の物言いに、蝶叔父様が山猫なのかと尋ねれば「揉みこむ用の塩をアイツにブチ撒けてやる」と意気込んでいたので直接文句がいくだろう。
兄弟なのだから先に蝶叔父様に連絡してしまえばいいものを、伝言を頼んだのが私だったからか、それとも私の様子が気になったのかこちらに連絡をくれた夢兎叔父様の久々の声に元気が出た。
過去にかなり心配をかけたこともあって、夢兎叔父様は蝶叔父様の次くらいに私に甘い。
まぁ、なんだかんだ言いながら仕事は完璧にこなしてくれる夢兎叔父様なので後は気にしなくても大丈夫だ。
私のマンションに運ばれた葉クンを自分のベッドに寝かせると、烏有は早々に退散した。残りの仕事がある故に引き止めることはなしないし、あの組織は黒澤財閥の暗部である。いつまでも姿を表に晒し続けるのは危険が伴うため、言葉少なくまた行動も最低限。彼らにコードネームはあるらしいが本名も姿もどのようなものなのかは私でさえ知らないし、知らなくていいことだ。
「葉クン」
ベッドの淵に腰かけて顔を覗き込めば、ホテルにいたときより幾分か顔色もよくなり、呼吸も整い始めている。
出会った頃は本当に大柄で多分、他の人から見ても嫌煙されがちの容姿だったのに、今はガタイもよくなり運動もしているという。
美人の私に少しでも釣り合いたいからだ、と言ってくれた時は本当に嬉しくて抱きついた。
出会った頃の彼でも充分魅力的だったし文句はないのに、私のために努力してくれるという気持ちが嬉しいのだ。まぁ、たぶん美味しいものを食べたいという食通的な理由があるのも知っているけれど、葉クンらしいやと微笑ましく思う。
葉クンは、私がこんな風だって知ったら嫌うかな?
黒澤財閥はただ善意の行いだけで成り上がったわけではない――後ろ暗い部分を持つ一族だ。善意の裏で都合の悪い相手を様々な形で追い落として来たため敵も少なくない。懐柔するために敵になりうる相手と婚姻関係を結んだ過去もある。そうやって徐々に勢力と権力を拡大していった。
その暗部で活躍するのが夢兎叔父様率いる“烏有”だが、葉クンにその存在を教えるべきかはまだ判断しかねている。
実際、葉クンには伝えていないが、私が現当主の直系ということもあって自分の周りには常に護衛が居る。リーダー格が一人秘書と連絡役を兼ねており、それ以外は私から距離を取って警護している。葉クンと付き合う事になった時、葉クンにも内緒で一名だけついている。まだ公の関係でないから人数は少ないが、今後情報が開示された後に増える予定だ。
結婚するとなると、私が嫁ぐ形にはなるけれど、私が黒澤財閥の出身であることは死ぬまでついて回る。それは彼の人生を狂わせるかもしれないし、二人の間に生まれた子供もまたその宿命を背負わせることになる。血が薄くなるか関係が遠くなればその限りではないけれど、私は黒澤財閥の直系であり第一子だ。黒澤財閥自体は弟が継ぐことがすでに決定しているが、私も黒澤財閥に一生縛られることも決定事項で。
「巻き込むんじゃ、なかったかなぁ……」
普通に生活をしていれば、こんなことにはならなかった。私にとっても今回みたいなことが頻繁に起こるわけではないし、烏有を動かすのはよほどの事だ。
けれど自分にこんな真っ黒な気持ちが存在しているなんて思わなかった。葉クンが巻き込まれてくれただけでこんなに自制が利かなくなるなんて。今回は自分自身で色々な事を知るきっかけだったのかもしれない。
「できれば……好きでいて欲しいなぁ」
真っ黒な私を見ても、彼に好きでいて欲しいなんて我儘かな。
こんな面倒な家に生まれた私を、彼はずっと好きでいてくれるだろうか。
同情でもいいなんて嘘は言わない。
あの女との事だって、本当は気が狂いそうなほど嫌だった。
でも、彼は私のヒーローで。
私はそんな彼のどんな望みでも叶えてあげたい。
私が幸せじゃなくても、彼が幸せであればそれでいい。
彼の寝顔を眺めてながら、彼と初めて出会った頃に想いを馳せた――。
第七章はここまでです。
第八章も縁サイドから、縁が葉クンを好きになった理由を語る過去編が始まります。
伏線をガンガンに回収し始めます。




