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(旧)闇夜に踊る  作者: 東雲飛鶴
一章 記憶にない少女
22/134

19

【19】


 勝利は遙香に半ば押しつぶされながら訊いた。

「またってどういうこと? 俺がハルカさんに逢ったのは、あの夜が初めてのはずだ」

 彼女は瞳を潤ませながら、頭を左右に振った。

「ちがうよ。二度目、だよ」


(――おかしい。自分が誰かの命を直接救ったことなど、過去一度もない。ないはずだ)


「そんなバカな……。ありえない」

「じゃ、証拠見せるから」

 そう言って遙香は身を起こし、棚の上にならんだ写真立ての中から一つを持ってきた。

「ほら。見覚えがないなんて言わせないから」


(……なんだ、これ。こんなのいつ……)


「――――――――――ない」

「はァ? どっからどう見たってこれキミでしょ? ウソつかないで!」


 彼女が勝利に見せたのは、幼い頃の「彼女」と「彼」のツーショットだった。

 二人とも面影はしっかり残っていて、誰から見ても、見紛うことはなかった。たしかにこの少女は遙香、そして少年は――勝利だった。

 背景になっている場所にも、ハッキリと見覚えがあった。あるはずだ。それは勝利が育った教団の孤児院なのだから。

 唯一見覚えがないのは、「彼女」だけだった。


「……そんな……バカな」写真立てを持つ手が震える。「た、たまたま会っただけだろ? 遊びに来たとか何かで……そんなの、忘れてもおかしくもなんとも――」

 彼女の目がつり上がった。はっきり怒っているのがわかる。

「忘れるなんてあり得ない! だってこの後すぐ、キミは高い木から落ちて大けがしたんだよ! 私をかばって!」


(――かばって? 俺が?)


「……ウソだ。俺にそんな記憶はないし、木から落ちた記憶も、誰かをかばった記憶もない。本当に……ないんだ。ないんだ。ない……ない、はずなんだ」


 勝利は写真立てを床に落とし、頭を抱えた。

 脳がミシミシといっている気がする。記憶をいくら遡っても、ほじくり返しても、遙香の記憶は全くもって見つからない。だが、彼女がウソを言っているとは思えない。

 なら、この記憶の空白は一体何なんだ?

「ホントだよ!! キミは『羽』を折ったんだから!! 思い出してよ!!」

 遙香は大粒の涙を流しながら悲壮な叫びを上げた。教団関係者しか知り得ない言葉を口にしながら。

「どうして……………………ソレを、知ってるんだ」

 何故、この娘は自分が翼を持っていることを知っているのか。

 何故、自分も知らないような事故を知っているのか。

 木の上から落下したことも、翼を骨折したことも、全く記憶にない。それどころか、自分の翼は飛ぶことも出来ない、ただのジャマな気管に過ぎないのだ。


(なんで? なんでだよ? お前一体……誰なんだ? 俺の何なんだ?)


 言いようのない恐怖に襲われ、いてもたってもいられなくなり、

「ご、ごめん!」

 ついに勝利は遙香の家を飛び出した。背後から自分の名を呼ぶ声が何度もしたが、無視して一目散に教会に逃げ帰った。敵を前に退いたことなどない男が。


                  ☆


 遙香の家を飛び出した勝利は、襲ってくる不快感と戦いながら、日暮れの道を急いだ。

 歩けばものの数分の距離が、無限に遠く感じた。


 本当に今日はひどいひどい一日だった。

 いろんな事がありすぎて、心がひどくかき乱されて不快になったってことだけど。

 早く教会に帰って安心したい。

 シスターベロニカの顔を見て安心したい。

 異界獣のツラを見て安心したい。

 闇に紛れて安心したい。

 何も考えずに安心したい。

 ただ言われるままに殺戮に酔っていたい。


 ――だって不安になったら、死ぬしかないじゃないか。

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