発現する力
ここから出たい。
ただ出たい。
私が何をしたというのか。
望まなかったというのに。
諦めたような眼しかしなかったあいつが、何故にそんな感情を吐露している。
無しかなかったその感情の変化が確かに喜ばしいはずなのに。
それ以外の感情が胸を占める。
欲しい。
この存在が欲しい。
この存在を一人占めするのか?
ここに閉じ込めたあいつが幸せになるのか?
許せない。
何故あいつだけが。
『許せないの? 』
許す?
何故許さなくてはならない?
他でもない、あいつこそが諸悪の根源だろうに。
『ここから出ることができても? 』
出る?
そんなことは不可能だ。
この手足に戒められた見えない鎖が私を戒めている限り、ここから離れることは叶わない。
それがあの日、決められた定め。
『強く願って。強く祈って。それが力になるから』
願う?
祈る?
いったい何に。
希望なんて陳腐なものは存在しないだろう?
『出たいのなら、強く』
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喉が痛くて天音はゆっくりと目を開いた。
喉を無意識にさすりながら、ゆっくりと周囲を窺う。どこかかたくて温かいものに抱えあげられている。
「っつ!!!」
すぐに視界に入った青年の姿に声を出そうとしても、言葉が紡がれる前に消えた。音を出すことを拒否するように喉がさらに痛む。その姿に苦痛を得たように苦味きった顔をするラル。とても苦しそうで悲しそうで、知らずに頬が濡れていった。
なぜ泣いているの?なんでそんなに悲しそうなの?
そう言ってあげたいのに、絞められるような痛みが喉からじわりじわりと胸へとのびていく。
「天音・・・」
お願いだとでも言うようにラルから名前を呼ばれても、言葉を返すことも出来ずにただ頬がさらに濡れていくだけだった。胸からお腹、腕先までのびていく痛みは動きを制限してしまい、何も返すことができない。それがただ悲しくて、痛みを凌駕していく。
「天音! 」
腕を広げるラルは苦悶の表情を浮かべる。それでも天音が何も言わないことを見て、腕をゆっくりと下げた。握られた拳は痛いほどに強く、赤く変色していく。
「ふふっこれで私の勝ちね!さぁ、出ていきなさいな。天音ちゃん、私の本宅に行きましょうね」
勝ち誇ったように耳元で笑う声が、聞こえて天音の胸をざらりとした感情が流れていく。さながら紙やすりで削られるような、痛み。
あらがう。
この痛みにあらがう。
『開く? 』
遠くて近いところから声が響いた。
天音はそれに承諾を返す。
途端に視界は消え、白い世界が部屋を蹂躙した。
抱きあげられていた腕はすでに遠くにあった。
ぼんやりとした意識に、指の先まで鋭敏になった感覚を急速に伝える。
手を開いては握り、元の大きさに戻ったそれを無感動に眺めた。吸っては吐く息にすら膨大な力を感じて、あまりに周りが小さくちっぽけに感じて、消しても良いかなと単純に思った。そよりと凪ぐ。
天音を中心として魔力が渦をまいていく。膨れ上がっていく力はそれゆえに周囲にあるものを消滅させていく。はじめからなにも無かったかのように、空間が削れていく。
ラルの叫びは天音には届かない。魔力の奔流は音すらもかき消した。
「これは、まずい」
リーシュシュの額に汗が流れた。
よもやまさか、こんな力を秘めていたとは誰が信じようか。
「リーシュシュ様。どうしますか」
柔和な仮面をいつも被っている側近が苦悶の表情でリーシュシュを見つめる。ここに存在しているだけでも辛いのだろう。ジールが自分とリーシュシュを守るために張った結界はすでに破壊されようとしていた。
「どうするもなにも、どうにかしなきゃいけないでしょう? 私が原因なんだから」
無理に笑うリーシュシュは着ていたドレスを動きやすいように切り裂いた。
「ジールは結界を解いた後、下がれ! 」
それだけを告げ、跳躍した。
ジールは主の命に従い、結界を閉じるとその場を後にした。ここにいれば足手まといにしかならないことを理解したいたからに他ならない。
強行しようとしているラルの頬を拳で殴り、殴り返そうとした拳をくぐり抜ける。本気で殴ったというのに赤みすらないそこをさらりと擽るように撫であげ、にやりと笑って見せた。
「正気に戻れ。あの子を取り戻すのだろう? 」
いつもの口調ではない、ラルと共にいた時の口調で話しかける。
自身がまねいたこととはいえ、リーシュシュ一人の力ではどうすることも出来ないのだ。ラルの、そうこの主の力が必要なのだ。
「リーシュシュ。我は・・・・」
「あとで悪戯したことは心の底から謝ってやる。取り戻すんだろう?考えろ、お前にしかできない」
「取り戻す、天音を。我の唯一を」
暗く濁っていたラルの眼に光が差した。
力に力をぶつけるだけでは天音になにが起こるか分からない。
「リーシュシュ、出来うる限りの結界を我に張れ! 」
「はっ! 」
幾重にも幾重にも結界を薄く濃密に囲う。
少しの綻びも許さず、紡いでいく。
奔流は、リーシュシュとラルを消し去ろうと触手のように蠢いていく。それを避けながら出来うる限り囲う。
リーシュシュと一定の距離を保ちながら、ラルは奔流の中心にいる天音を思う。
「終わったぞ!いけ!!」
リーシュシュの言葉を合図に、触手が周囲を蹂躙するのではなく意志を持って二人に襲いかかった。ラルはその魔力でできた触手を力任せに引きちぎると、その中心へと飛び込んだ。