美丈夫?
目をゆっくり開くと、そこにはまた見知らぬ美丈夫がいた。その美丈夫はラルとは違う柔らかな雰囲気を見に纏った優男だった。髪の色と同色の茶色を基調としたシンプルな服に身を包み、肩を落とし気味にしている。顔を見つめれば垂れた目じりのほくろが、さらに彼を弱弱しくみせている。けれど、天音はこの男に違和感をぬぐえなかった。目を開き見た時は確かに存在感が違ったのだ。首をかしげながら、確かに美しいはずの男の様子を窺う。
「愚かではないようだね。少し待っててくれるかな? 」
天音がうなずくのを確認すると、物音も立てずに部屋を出ていく。声が高すぎもせず低すぎもせず、鼓膜を震わせる。まるで存在をわざと埋没させるために変化させているようだと感じるほどに平凡な聞き覚えのある声で。
けれどその存在感の無さがさらに従わなければ危険だと感じる本能を刺激し、天音にそうさせていた。
男が部屋を出て行くのを確認し、一息つくと自身と周囲を観察する。
宿の時とは違う高級そうな天蓋つきのベットは、シーツまでがなめらかで柔らかい。かけられていた掛布をとると、薄い寝巻だろう白色の薄いスカートが体を包んでいた。手足は変わらず短いままで、頼りない。
「ラ…ル…? 」
名前を呼んでも、あの人は現れない。自嘲気味にそりゃそうだよねと口の中で呟くと太ももを軽くつねった。これが現実、あれは夢と自分に言い聞かせる。
コンコンッ
突然のノックに天音の肩がびくりと跳ね上がる。
コンコンッ
再度、入室の許可を得るように扉がノックされた。
「っつどうぞ」
のどが渇いていたために掠れた小さな声しか出なかったが、扉の向こうの相手には聞こえたようだ。扉がゆっくりと開かれ、現れたのは女神かと疑うほどの美女だった。月光を溶かしこんだような銀色髪は、ゆるやかな曲線を描きながら身を包んでいる白いローブを彩っている。細かな刺繍は華美過ぎずに、その美しさを際立たせるようにされ、水色の瞳は雲ひとつない青空のようで、さも天を閉じ込めたようだった。
その美しさに放心しながらも天音は思う、美形がこんなに頻繁に現れるって、この世界の美形率が怖いと。そんな少しの現実逃避をしながら自分を保とうとする。
「あらあら、飲み物も用意しないなんてあとでお仕置きしておくわね」
と笑顔なはずなのに笑顔ではない女性が放心している間に、どこから持ちこんだのか判らない水差しから用意してくれたお水を、一気に飲み干す。つっこんではいけない、空気を読むんだと口に出してしまっていることに気がつかずに、女性にお水ありがとうございますとコップを返す。
「もうお水は大丈夫かしら」
「はい、もう大丈夫です」
「そう、それならこれからお話しても良いかしら? 」
「はい」
そうねぇと口元を指で触りながら女性は言葉を紡ぐ。
「あなたはね売られたのよ、私に」
いたずらっぽく笑う美女を前に、ああそうなのかと素直に納得する天音。
泣き叫んだりするかと思っていた美女は呆気にとられたかのように口をあんぐりとさせた。
天音の傷一つなく手入れの生き届いた髪を見るに、良いとこのお嬢ちゃんだとふんでいたのだろう『そんなの嘘よ!!』と普通の子供のように泣き叫ぶと思っていたのだ。胸を軽く叩きながら女性は自身を落ち着かせると天音をひたと見つめる。
「動揺すらしないのね」
「動揺ですか? どうして動揺するんですか? 」
「なんでって」
「だって見ず知らずの子供を無償で助けてくれる人なんていないでしょう? 」
女性はもう何も言うことも出来ずにいた。
頭の先から指の先まで天音をまじまじと見つめて溜息をつく。自分の愚かな認識を改めるために。
「これでは浮かばれないわね・・・・」
その整えられた黒色に染められた指先で顎をトントンとさすりながら、笑みを浮かべた。先ほどから浮かべていた笑みではない笑みを。
「まっ良いわ。私には関係ないし、それと売られたは冗談よ。もうすぐ迎えに来るはずだから、甘いものでも食べて待っていましょう」
楽しそうに笑う女性を見つめ、天音は何とも言えない感情を持つがそれをあえて口には出さなかった。迎えにくるということはラルが天音をここに預けたということなのだろうかと思案していると美女の瞳がきらりと光った。
「ジールちゃん!甘いものを持って来てちょうだいな」
パンパンっと手を叩くと、目を覚ました時にいた青年がいた。両手に何かを持って。
「その呼び方は止めて下さい。リーシュシュ様」
「え~可愛いじゃない!なぜ駄目なのかしら」
ジールちゃんと呼ばれた青年は両手に持ったまま、何をどうしたのか白い細やかな彫刻のされたテーブルとイスを出現させるとそこにお茶のセッティングを始めた。
「可愛いのに・・・・そういえば!!あなたのお名前は?私はリーシュシュよ」
「申し遅れました、私の名前は天音です。リースス様」
「可愛いわ!!噛んでるわ!!どうしましょう」
抱き締めようと手をわきわきさせながら近づこうとするリーシュシュは、ジールに叩かれて正気に戻る。天音は引けた腰とともに訳もわからないまま入れてもらった紅茶のようなものを飲みながら、ケーキのようなものを食べさせられた。リーシュシュの膝の上で。
「リーちゃんで良いわ。特別よ」
ケーキのようなものを口に入れて返事の出来ない天音の頭を優しく撫でる。
「それでね、なんでここにいるかって言うとね」
面白そうなクスクス笑いが上から聞こえると、遠くから爆音と叫び声が聞こえた。
「誘拐しちゃった」
少し離れた所でジールが笑いごとではないんですけどねとぼやいた。