観光
冒険者ギルドで教えてもらった場所は、領主館へと向かってのびる道だった。他にもいくつか教えて貰ったのだが、それに一番天音がくい付いたためそこに行くことになった。見たことの無い花々が咲き誇る道は、確かにとても美しい。森の中にあった自然の美しさも、今目の前にある作られた美しさも、確かに同じように美しかった。
はしゃぐ天音の手が離れないように歩いていく。
後ろから、明らかにこちらを窺う気配を感じてラルはそちらにも意識をのばしていった。殺気ではないものの、何らかの熱をはらんだ視線。粘つくような舐めまわすような、気持ちの悪い感情。昔、幾度も感じた落としてやろう踏みにじってやろうというような、負の感情。人通りがあるとはいえ、あまりの不快さに消してやろうかと思った時。
「ひゃん!」
碧が存在を意識から外させる。服の中にいた碧が訴えた方を見ると、天音に似合いそうな可愛らしい肩掛け袋があった。小さな羽根のついた水色の袋を即購入すると、人目のつかない場所で碧をうつしかえてから天音に持たせる。天音はくすくす笑いながら碧が見えるように片手で抱え、再びラルと手を繋いで歩き出した。
「ラルも碧が可愛いのね」
と言いながらも袋をそっと撫でている。それに対して否やは言わないが、碧に対してまだ可愛いという感情しか持っていない天音が可愛らしいとは思う。何か先を察したのか、注視していろと言われたような気がした。
「天音の方が愛らしい」
空いている手で銀髪をすくいそっと口づける。
壁を背にして、光を反射する白銀の壁でできた白のような領主館へと続く道は小山となり道端には色とりどりの花々。天音とラルの二人はまるで一枚の絵画のようで、観光客も周りの景色ではなく二人を見ている。城塞都市とはいえ、幾度となく森からの侵略を阻み、領主一族を筆頭に強大な地の力を持って守られた場所のため、行きと帰りのみ護衛を雇えば、そこまで不安を感じずに済む安全な観光地としても有名であった。森と隣接しているために、最前線とも言えるのだがその危機感は窺えない。
普通の人々であれば、魔獣さえ現れなければ平和で美しい世界なのだろう。城塞都市にさえ住むことができれば、高い税金と引き換えに安全を求められるのだから。城塞都市より外側に住んでいる者達のことなど、遠い出来事で一日一日を生きているのみ。人間より強い力を持っているとはいえ、この世界は不平等にできている。そんな不平等さにラルは皮肉気に笑ってしまう。守りたくても、どれだけ強い力を持っていても、守れるものは少なく失ってきた。
「ラル? 」
「なんでもない。この美しさを楽しもう」
楽しさを天音が与えてくれる。愛しさも、切なさも、ある種の憎しみも。それでも側に、常に傍にいたい。例え刹那の美しさであってもともに、と。
「うん。あっちも行こう」
手を引かれる。となにかを感じ取ったのか天音が壁の方を見つめた。
「なにあ…」
ズガーーーーーン!!
強大な地響きとともに、壁の方から見たこともない大きさの何かが来た。不定形な体を不自然に光らせながら、時たま巨大な光と爆撃を壁にぶち当てている。安全だと信じ切っていた人々が呆然と立ち尽く中、警報が鳴り響いたのを皮切りに逃げまどう。
決して早くはないが遅くも無いスピードで、壁を破壊し侵入すると前線に控えていた隊列の組み終わっていない兵や状況を理解できていない冒険者を飲みこんでいく。正しく、喰っていた。壁も家も人も等しく破壊し、消していく。飛んできた瓦礫が自身を守ることができない種族を飲みこんでいく。
ラルはそれを凝視すると、徐々に消化されて助けを求める者を見た。
それはラルを、いや天音を見た。進行方向が変わる。冒険者ギルドの方向に向かっていたものが、天音を狙って進んでくる。天音の傍にいるものが気に入らなかったのか、壁を破壊して光の焦点がラルへと向けられる。
「防がなければ」
魔法壁を構築するために片手に力を込めたその時、天音と繋いでいた側の手が離れた。
「ラ…」
目と鼻の先で光が放たれる。綺麗に咲いていた花々が蒸発し消えていく。逃げまどう人の波に天音が攫われていく。
否、故意を持って連れ去られていく。
繋がっている気配は天音の無事を伝えているが、掴まれ徐々に遠ざかっていく。碧はこれを察していたのかと、負の感情が腹の中を黒く染めていく。
遠くで碧の鳴声が聞こえた。
まるで、早く倒して迎えに来いとでも言うように。すぐに天音を迎えに行くのはとても簡単だ。けれど、それでは永遠にあれに追いかけられ続けることになる。天音が優しく笑っていられるように。
「傷一つつけぬよう、安全な場所で守っているが良い。碧、任せたぞ」
ラルはそれを…大きさは明らかにおかしい雷刺蟲を睨みつけた。高ランクの冒険者達が攻撃を開始している。大地が隆起し雷刺蟲を足止めしている間に、隊列を組みなおした兵が攻撃を開始した。
「即効で消し去ってくれよう。なぁ?」
ラルの抑えていた力が解放されていく。禍々しい力はラルを包み込みひび割れた箇所を浸食していった。




