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第五話

 私に向かって放たれた炎は動きを遅くする。炎の速度が遅いのは私の認識の中でだけだ。思考が加速し、周りの時間が遅く感じられるのだ。過去に何度も経験したことのある感覚だった。命に危険を感じたときなどは、周りが動きを止めているかのようにすら感じたものであった。今はそれほどの思考の加速は感じられない。その程度の危機と判断したということか。知らず知らず笑みがこぼれる。ならばあっさりと切り抜けて見せよう。


 炎はゆっくりとだが着実に近づいてきていた。この距離速度では避けることは難しい。ならば……斬るか。


 剣を振り上げる。思考が加速した世界では、自分の動きすら鈍りもどかしさを覚える。左足を前に踏み込み、炎に向かいまっすぐ剣を振り下ろす。


 思考の加速が解除される。


 剣により炎は別たれ、私を避けるようにして後ろへと流れていく。熱気が炎の後を追うようにして吹き付け、髪を揺らした。剣を戻す時間すら惜しい。間、髪を容れず剣を振り下ろしたままの体勢から男に向かう。一歩、二歩。男の顔に驚きが見て取れた。三歩、四歩、五歩、六歩。男はなんとか正気を取り戻し剣を構えるようとする。七歩。だがその間は私にとって充分な時間を与えてくれた。八歩。構えきれていない剣を下から切り上げ弾く。剣を諦め、男が魔術を使おうとするのがわかる。返す刀で伸び上がった腕を浅く切り裂く。痛みで集中が途切れただろう。これで魔術の行使は不可能になったはず。勢いはそのままに体を回転させるようにして男の後ろに回りこみ、首の後ろに柄頭を当てる。男がゆっくりと崩れ落ちていく。しっかりと気を失わせることができたようだ。


「イリス」


 男の側に倒れ伏したイリスに駆け寄る。なんとか息はしていたので安心した。髪先は焦げ、上半身の衣服も燃え上がり肌が大きく露出している。火傷はそれほど酷くはない。上着を脱ぎイリスにかけてやる。これは子供の私の目には毒だ。近くで起きた急激な熱が肺を焼いたのだろう。短時間であったためそれほど酷くはないはずだ。王宮の治癒術士ならば治せる。肌もこの程度なら後も残らず綺麗に治るだろう。



 イリスの状態を確認し安堵した私は男に向き直る。男はまだ気絶から立ち直ってはいない。念のため四肢の骨を折り動けないようにする。男の口を開き、毒を隠していないか奥歯を調べていく。なまじ優秀なだけに、捕まり尋問されるなどとは考えていなかったのだろう。毒は見つからなかった。


 顔面を思い切り蹴りつけ、無理やり男を覚醒させる。目を開けた男は何が起こったのかわからないようすだった。


「王子誘拐に関わりがありますね」


 男は状況を把握したのか悔しげな表情を浮かべたが、話し出す気配はなかった。 


「王子誘拐に関わっていますよね」


 折った腕を踏みつける。男の口から大きな声があがった。拷問に耐える訓練なども受けていなさそうだ。これなら簡単だ。さらに腕をきつく踏む。


「そ、そうだ。王子を誘拐した」


 男は簡単に喋り始めた。


「王子に魔術をかけたのは貴方ですか」


 腕に置いた足に体重をかけ、さきほどよりも力を込めて踏みつける。男が喚き叫ぶが気にせず踏み続ける。


「おれだ……俺がやった」


「そうですか」


 男の腕から足を退けてやる。どういった魔術をかけたのかを聞き出すのは騎士達に任せることにしよう。男の叫びを聞きつけたのか遠くから多くの人間がやってくるのがわかったからだ。




 しばらく待っていると騎士が走ってくるのが見えた。


「こちらです。彼を誘拐し魔術をかけた者を捕らえております。その際イリス様が怪我を負われました。至急、治癒術士のもとに運んでいただきたい」


 私の言葉に騎士達は従い、手際よく男とイリスを馬車に乗せていく。騎士達に遅れ騎士団長がやって来るのが目に入った。部下の肩を借りてはいたが、自らの足で歩いてきている。あの傷で動くか。よく鍛えられているようだ。


「ウォルター様……この度はまことに……ありがとうございます…・・・騎士団だけでは逃げられていたところです……」


 とぎれとぎれで聞き取りにくくはあったが騎士団長は感謝を伝えてきた。


「いえ、騎士団の皆様のお陰で私もイリス様も男を見つけることができたのです。こちらこそ感謝したい」


「それで……イリス様は怪我を負われたということですが……」


「ええ。あの男は魔術剣士でした。あれほどの剣技をもっていたのです。私もイリス様も魔術剣士だなどとは思わなかった。そのせいで急な魔術の対処に遅れイリス様は倒れてしまわれました」


 魔術剣士。遠距離では魔術を放ち、接近してからは剣術で戦う者。魔術剣士に憧れるものは多い。なるほどそう聞けば憧れるのも無理はない。便利だろう。だが魔術と剣術、どちらも片手間に鍛えられるような物ではない。魔術師達の間でも剣士達の間でも魔術剣士というものは笑いの対象なのだ。あれほど、どちらに対しても才能を持つ者はごくわずかなのだ。私の長い前世に置いても、あれほどの魔術剣士に出会ったことは一度しかない。その存在の希少さ故に、私もイリスもそんな可能性について考えなかった。まだまだ甘いということだ。


「まさか……魔術剣士だったとは……剣技ですら劣っていたのに……そのうえ魔術ですか」


 騎士団長も思うところがあるようだった。


「とりあえず捕まえられたのです。騎士団長殿、貴方も怪我を負った身です。早く治癒術士にお見せになられたほうがいい」


 私の言葉に騎士団長も頷き馬車に乗り込んでいく。


 さて、これで私にできることは全て終わった。後は騎士と治癒術士に任せ、イリスの側で回復を待つことにしよう。団長に続き馬車に乗り込んだ。

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