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第十五話

 屋敷内に残っているマクレガの身内、私兵を全員牢に捕まえておく。暫定的な措置だ。マクレガの行為に加担していたものは少ないだろうが、今は一人一人尋問している時間はない。どれだけの人間がマクレガの行動に賛同していたか。オラルセンとの密約や奴隷売買などを、マクレガ一人が担っていたわけではないだろう。とりあえずはマクレガの下についていた官吏の尋問か。




 従者が入ってきた。


「ウォルター様。代官がお見えになられていますが、お通ししてよろしいでしょうか」


 ちょうどいい。とりあえず、代官以下上級官吏を全て集めて貰うことにしよう。


「代官に上級官吏を集めるように、全員揃ったところで事情を話すと伝えてください」


「わかりました」


 礼をして出て行く従者を見送る。やることはまだまだある。上級官吏が集まるまでに、マクレガが保管していた書類の整理をする。机に目を落とし書類を捜し始めると、奴隷売買の他に国内では許可されていない危険な薬物の取引記録など、数多くの不正が見つかった。騒ぎを聞きつけて、逃げる準備をしている商人がいるかもしれない。迅速に行動しなければ。


 さっそく従者を呼び、書類に記載のあった商人の捕縛を命じる。多くの厄介ごとを抱え込んだな。私はただ、イリスと孤児院の問題を解決しにきただけのはずなんだが。隣国との戦争など大きな問題に発展していることに頭を悩ませる。




 従者に案内されて来たのは、いかにも文官といった感じの男達だった。


「アンヴェルス様はじめてお目にかかります。代官を申し付けられているリム・アリクスです」


 真面目そうな白髪の初老の男性だ。その代官に続き上級官吏が挨拶をしてくる。その中の一人に目が泳いでいる人物がいた。まだ何も事情を話していないのに、落ち着きなくそわそわとしている。どうやらこの人物はマクレガの行動に関わっていたようだ。従者にそれとなく目で合図をし、逃げられないようにドアの前に立ってもらう。


「それで何があったのですかな」


 代官は、まったく何があったのかわからないといった様子だった。その代官の目の前に書類を差し出す。


「ご覧いただければわかると思います。隣国との奴隷の取引、不法な薬物の取引、マクレガ子爵個人で全て行なっていたとは思えません。他にも関わっていた者がいるはずです」


 官吏達の間に動揺が広がった。その中から急に飛び出し、ドアに向かって走りだした者がいた。さきほどから落ち着きなく体を揺らしていた男だドアの前に立つ従者になんなく男は捕まえられた。


「その男を牢に入れておいてください」


 従者に指示を出した後、官吏達に向き直り一人一人見つめていく。


「これで一人はわかりました。他に関わっておられる方はいらっしゃいませんか」


 官吏達はお互いを見つめ、しきりに首を振っている。関わっているものが他にもいるかもしれないが、ここではまだわからないか。マクレガとさきほどの官吏を尋問すれば明らかになるだろう。


「わかりました。それでは皆様には今までどおり仕事に戻っていただいてかまいません。ただしこの街から出られないようお願いします」


「アンヴェルス家といえど他領に干渉される地位にはおられない筈ですが」


 終わりにしようとしたが代官が口を開いた。


「これは突発的なものです。マクレガ子爵が隣国の指示で私を誘拐しようとされたのです。それで私の従者が子爵の邸宅を制圧しました。その過程でさきほどの資料が出てきたというわけです」


 マクレガがオラルセンと繋がっていたことに官吏達は先ほど以上に驚いた様子だった。


「変わりの領主が決まるまで、ある程度時間がかかると思われます。領地運営に何か支障はありませんか」


 問題ないという言葉を聞きマクレガが領地運営にまったく関わっていなかったことがわかった。本当にただ贅沢をしていただけのようだ。


「これで私からは終わりですが、皆様からは何かありますか」


 尋ねると、再び代官から声が上がった。


「アレキサンダー侯爵に報告はされましたか。ここはマクレガ子爵の治める街ですが、アレキサンダー侯爵の管轄地でもあります」


「わかりました。アレキサンダー侯爵には私から説明させていただきます。それではこれで終わりにします。私はしばらくこの屋敷に滞在しております。なにかあれば訪ねてきてください」


 アレキサンダー侯爵への報告か。後始末は大変だ。




 あれから四日ほどたち、街はそれほどの混乱もなく落ち着きを取り戻した。侯爵への手紙も送り、暇ができたので孤児院を訪ねるというイリスに付いて、マルタと共に孤児院に行くことにした。


 孤児院でイリスは大変な人気ぶりだった。お姉ちゃんお姉ちゃんと多くの子供から懐かれ、遊んでやっている。私とマルタはテーブルに座りその光景を眺めている。


「貴族の方にお出しできるようなお茶ではありませんが」


 優しそうな中年の女性が紅茶を出してくれた。この孤児院を運営する院長だという。


「このたびはアンヴェルス様には大変お世話になりました。なんとお礼を言っていいやら。本当にありがとうございました」


 紅茶を口に含む。確かにそれほど美味いわけではなかったが、紅茶に拘りがあるわけでもないので有難くいただく。


「マクレガ子爵は相当溜め込んでいました。まだどうなるかわからないですが、こちらからマクレガに渡った金銭も返ってくることになると思います。私は特に何もしていません。礼ならイリス様に仰ってください」


 そう言ったが、院長はしきりにこちらに感謝を表すので面映く話を変える。


「イリス様はとても人気があるようですね」


 院長は微笑んだ。


「あの子は孤児院の皆の憧れなんですよ。孤児院をでても、まともに職につける者はほとんどいません。冒険者になったところで、その日その日の生活が精一杯の者ばかりです。その中でイリスは孤児院を支援できるほどお金に余裕があると思っているのでしょうね。実際にはイリスは孤児院の為に必死でお金を貯めてくれて。それほど余裕があるわけでもないのに、そういった部分は子供達にまったく見せないから。でも子供達もわかっているのかもしれませんね。あの子のそういう所」


「イリスちゃんは頑張りやさんですからねえ」


 マルタが紅茶を飲みながらのんびりと感想を述べる。確かに昔から何かあっても隠して頑張っていた。私から見れば悩んでいることなどすぐわかるのだが、必死に何事もなかったように振舞っていた。イリスは何か悩んでいても自分でなんとかしてきた。私は安心していたのかもしれない。だからこそ、いつしかイリスの悩みを聞かなくなってしまったのだろう。


 これからはもう少し話してくれるかもしれない。子供達と遊ぶイリスの悩みなどなさそうな笑顔を見ながらそう思う。私が見ていることに気が付いたのか、子供達を引き連れてイリスがこちらにやってくる。


「ウォルター・ドリース・アンヴェルス様です。この方が孤児院を救ってくださいました。皆でお礼をいいましょうね」


 子供達がイリスの言葉とともに、口々に私に礼を言ってくる。その中に一人こちらを睨みつけてくる生意気そうな男の子がいることに気が付いた。イリスもそれに気が付いたのか、その子に近づいた。


「ほら。ちゃんとお礼を言って」


 それでも頑なに口を結び声を発しようとはしない。


「皆も気にしないでください。もうお礼はイリスに言ったのでしょう。それで充分ですよ」


 そう子供達に声をかけ、その男の子にも声をかけた。


「かまわないよ」


「お前なんかにイリスお姉ちゃんは渡さないからな」


 それだけ言うと走っていってしまった。そんなつもりは無いんだがな。

きょとんとしているイリスと見詰め合う。なんだか可笑しくなってお互い吹き出してしまった。マルタも院長も笑っていた。そんな私達を見て子供達も笑い出した。後始末は大変だったが、この笑顔で帳消しだろう。


 笑っていると、マルタが話しかけて来た。


「お兄ちゃん。お父様がアンヴェルス家に手紙を届けられたようです」


 ずいぶんと早かったな。無理をされたのだろう。


「お疲れ様でしたとお伝えください」


「それで」


 まだ何かあるようだ。


「マクレガ子爵を連れて王都に向かえということです」


 まだまだ後始末は終わらないらしい。

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