第十六話
「何故、王都に」
疑問が素直に口を出た。
「ちょっとまってくださいねえ」
師匠と会話しているらしい。一人で何かに頷いているマルタは、こうして見ると不気味だ。そんなマルタを眺めていると、イリスが近づいてきた。
「何かあったのですか」
「私に王都に向かってもらいたいそうだ。今はマルタが詳しい事情を師匠に聞いている」
イリスもそれを聞き、訝しげな表情をしている。しばらく一人で頷いていたマルタだったが、話を終えたのかこちらを向いた。
「わかりましたあ。お父様の言葉をそのまま伝えますね」
そこでマルタは急に咳払いをした。
「普通ならマクレガ子爵の処分は、アレキサンダー侯爵に全て委ねるらしい。だが今回はオラルセンと内通など一地方貴族の不正では済まされない。その為、尋問は王都で行なう。もうすでに王都に早馬を出した。お前達が王都に付く頃には連絡も届いているだろう。その際、オラルセンが暗殺を企てるかもしれない。マクレガ子爵の身は王都への護送中が一番危ない。その為お前達に護衛をして貰いたい。王都にはドリース様と私も向かう。なるべく早く向かってほしい」
急に声を低くし喋り始めたと思ったが、どうやら師匠の声真似をしていたようだった。はっきり言ってまったく似ていなかった。
「との事らしいですう」
途中マルタの声真似に気を取られかけたが、なるほど。そういうことか。
「了承しましたとお伝えください。イリス、話は聞いていましたね。すぐにでも出発できますか」
「はい。わたしは特に問題ありません」
「マルタも大丈夫ですか」
「大丈夫ですよお」
「ではマクレガの屋敷に戻ります。事情の説明、準備などもありますので、貴方達も準備が終わりしだい屋敷のほうに来てください」
そう言って院長や子供達への挨拶もそこそこに馬車に乗り、マクレガの屋敷へ戻る。やはり面倒なことになったが、最後まで責任を持たなければならないだろう。
屋敷に着くと代官を呼び出し事情を説明する。牢から出すと暴れ出したマクレガ子爵を無理やり馬車に押し込み、一通り王都へ向かう準備が整うころには、イリスもマルタも屋敷に到着していた。少しでも早く王都に着く為に馬車は一台にした。マクレガと同じ馬車に乗ることになるイリスには悪いが、我慢してもらうしかない。
急げば王都まで五日ほどで着くだろう。人数は私、イリス、マルタ、それに御者とマクレガの最低限の五人にした。アンヴェルス家の従者達も着いていくと言い張ったのだが、今回は遠慮してもらった。もし本当にマクレガ子爵の暗殺があるとすれば、送り込まれるのは手練の暗殺者であろう。人数が増えればそれだけ面倒になる。
出発は滞りなく済み、馬車は王都へと進み始めた。途中あまりにマクレガが暴れるので、私達が飲まされた睡眠薬をマクレガにも飲ませた。その後は何事もなく順調に進んでいる、といいたい所だったがそれほど順調ではなかった。道が悪く馬車が思った以上に速度を出せないでいたのだ。
「お兄ちゃん。がたがたごとごと馬車ってこんなにも揺れるものなんですねえ」
マルタに目をやれば、体が不自然に大きく揺れていた。それほどの振動ではないはずだが、何が面白いのか馬車の揺れに合わせて体を揺すっているらしかった。
「このあたりはまだマクレガ子爵の領地だったところだからな」
それからほどなくして検問を抜け、他領に入ったところで馬車は格段に揺れなくなった。これだけのことでここの領主がいい領主であるとはいえないが、マクレガ子爵とは違い仕事をしているということだろう。最初は楽しげにはしゃいでいたマルタも、はしゃぎつかれたのか眠っていた。そんなマルタの頭を膝に乗せイリスは穏やかな表情をしている。
「イリス。マクレガ子爵と同じ馬車ですみません」
「いえ。まったく気にしていないといえば嘘になりますが、もう大丈夫です」
そう答えるイリスの顔に無理はまったく見えなかった。
「そうですか。それならいいんです」
その後、イリスとの間に会話もなく馬車の中にはマルタの規則正しい寝息が聞こえるだけだった。
王都への旅は、盗賊や魔物に襲われることもなく順調に進んだ。もちろんオラルセンの刺客にも。夜間の襲撃を警戒し、夜はなるべく街に泊まるようにしていたのも功を奏したのかもしれない。マクレガ子爵には起きるたびに睡眠薬を飲ませていた。
順調に進んでいたが、明日には王都に着くという中で問題が起きた。野宿をする必要が出てきたのだ。これまでが順調すぎたのだ。しきりに恐縮する御者を宥め、野営の準備をするイリスとマルタを手伝う。イリスもマルタも旅なれた様子で手際よく準備を進めている。
襲撃を警戒するなら、普通であれば開けた場所を選び野営の準備をする。敵に襲われた際に視認性を確保するためだ。だが、私達はあえて草木の覆い茂る場所を選んだ。全員ある程度遠くの気配が分かる為だ。何人で襲撃してくるのかも分からない。人数が多い場合障害物が多いほうが楽に戦える。下手に見通しのいいところで戦えば、囲まれ物量で押される危険性がある。それでも負けるとは思わないが、万が一にでもマクレガを暗殺されては困る。
準備を終え、火を起こし食事を取った。見張りに着くと言う御者には先に眠ってもらった。ここでもしきりに恐縮していたが、四日もの間一人で馬車を走らせてきたのだ。疲れを癒して明日もまだ頑張ってもらわなくてはならない。
三人で火を囲みながら朝を待つ。
「こういうのもいいものですね」
イリスがぽつりとそんな言葉をこぼした。
「そうですねえ。昔はよくお父様とお兄ちゃんと三人でこんなふうに旅をしたんですよお。懐かしいですねえ」
確かに昔はよくこんな旅をしていた。道場を持ってからは旅をしたことなどなかったが、こんな状況でなければ旅をするのもいいものだな。
「うらやましい。わたしもお師匠様とまた一緒に旅をしてみたいですね」
そうだな。十年もすれば私も家からでることになる。そのときはイリスやマルタ、師匠と共に旅をするのも悪くないかもしれない。マルタが私の若い頃の話をイリスに話している。そんな愉快な話はないはずだが、イリスは楽しそうにマルタの話に耳を傾けていた。
こくりと首が前に倒れた。自身の体を過大評価していたようだ。一晩の見張りなどどうということはないと思っていたが、六歳だ。体はまだまだ睡眠を欲しているらしい。
「もうお休みになられてください。後はわたし達だけでも問題ありません」
イリスがそんな私に気付き、話しかけてきた。確かにこんな状況で気配を見逃すような二人ではないだろう。今すぐにでも眠ってしまいそうだ。
「すみません。ではお言葉に甘えて先に寝させていただきます」
そう言って立ち上がろうとしたとき、体が傾いだ。そんな私の体をイリスが支えてくれる。そうしてイリスは私の頭を自身の膝に乗せた。そのまま私の頭を撫で始める。柔らかな心地よさに意識が遠のいていく。
「ああ、イリスちゃんずるい。私もするう」
そんなマルタの大きな声も気にならなかった。
不穏な空気を感じ目を覚ました。目を開けると目の前にマルタの顔があった。イリスに抱えられていたはずだが、いつの間にかマルタが膝枕していてくれたようだった。
「起きましたか」
そう言うマルタも気配を感じ取ったのだろう。真剣な表情だ。気配を探ると、周囲に私達以外に四つの気配が感じられる。
マルタとイリスに礼を言い、剣を取り立ち上がった。剣は急遽用意したショートソードだ。ショートソードは主武器が使えなくなった時の為など、副武器として使われる場合が多い。私の場合、体に合った剣が見つからなかった為に少し短いがショートソードを選ぶしかなかった。すぐに体は大きくなるのに、そのたびに剣を作ったのでは何本要るかわかったものではない。長さや重さが自由自在な魔剣でもあればいいのだろうが、そんなものは伝説の中だけの物だ。しっくりこないショートソードを鞘から抜き襲撃に備える。
イリスもマルタも既に準備を終えている。四つの気配の内三つが徐々に近づいてきている。
「イリス、マルタ。先手を取ります。殺してかまいません」
マクレガや御者の近くで庇いながら戦うよりもいいだろう。
その言葉にイリスとマルタが駆け出した。二人が選ばなかった気配に私も向かう。気配を消すことに慣れていないのか気配が濃い。まだ体のできていない私のために残してくれたか。
私は暗殺者ではないので気配を消すということに慣れていない。どうせ見つかるのだ。最短距離を取って近づく。見えた。弓矢などは持っていないようだ。ごく普通の旅人といった感じの服装だが、間違いなく暗殺者だ。普通の旅人は、こんな澱んだ悪意のある気配を纏っていたりはしない。相手も私に気がついたようで短剣を取り出した。毒を塗っているかもしれない。それには気をつけなければならない。身を低くしたまま駆け寄る。相手は短剣を振り下ろそうとしたがもう遅い。太もも付け根を鋭く切り裂いた。そのまま後部に駆け抜ける。息を吐き出し、振り返るとさきほどの男が倒れているのが見えた。太ももからは大量に血が噴出していた。すぐには死なないだろうが充分だろう。あえて止めを刺しに行く必要もない。
気配を探るとイリスとマルタはまだ戦っているようだった。残った一つの気配はここから遠く離れていくようだった。襲撃の失敗を感じたのだろう。追いたいが遠く離れ、追いつけそうにはない。しかたがないが戻ることにしよう。野営地でイリスとマルタを待つことにする。
今世で初めて人を殺めたが、やはり嫌なものだ。疲れた。人を斬る事に慣れてはいけない。師匠の言葉だ。斬る事に飲まれれば剣を極めるなど到底不可能であろう。斬る事に快楽を覚えたとき、私は剣を捨てるのだろう。
「大丈夫でしたか」
イリスとマルタはほどなくして帰ってきた。
「ええ特に問題ありませんでした。そちらはどうでした」
二人ともに傷は見えなかった。
「こちらも問題なかったです。ただ思った以上に手ごわかったですね」
「そうですねえ。そこそこ強かったです」
やはりオラルセンは手練を送り込んできたようだった。
「そうですか。私は少し休ませていただいたので後は任せて休んでください」
「わかりましたあ。お兄ちゃん今度は私を膝枕してくださいよお」
「マルタ。無理を言うな。ほら休むぞ」
イリスがマルタを引きずっていく。そんな二人を見ていると疲れも飛んでいくようだった。明日には王都だ。




