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第十二話

 私は今マクレガに向かう馬車に揺られている。イリスと師匠、他数人の従者と一緒に、領主の不正を調査する為向かう途中だ。アンヴェルス家が治める地方から馬車で一週間程度の場所だ。


 マクレガは子爵が治める地方都市である。ドリースが調べてくれたところによると、その子爵はあまり良い噂を聞かないという。治める土地はあまり大きいわけではないのに豪勢な生活をしているらしい。隣国と密通しているなどという噂もあったという。


 アンヴェルス、マクレガが仕えるベルグ王国では奴隷制度は廃止されている。マクレガと領土を接するオラルセン王国は未だ奴隷制度があり、マクレガが奴隷を流しているとすればオラルセン王国であろうと見られている。オラルセン王国とは、現在それほど大きな戦には至っていないが、オラルセン王国の侵攻によりマクレガもたびたび小競り合いを起こしていた。ドリースによれば、その戦自体も密通の偽装である可能性があるらしい。


 これによって、私達がすべきことは奴隷取引の証拠を見つけることだけでなく、隣国オラルセンと密通している証拠も見つける必要がでてきたが、奴隷をオラルセンに流しているとすれば、奴隷の証拠と一緒に密通の証拠もでてくるだろうと楽観している。


 問題はどうやって証拠を集めるかということだ。領主の館に忍び込むことも考えているが、まずは下調べをしなければならない。幸い私のマクレガ訪問は正式なもので、マクレガにもアンヴェルス家の長男がラグスの道場を訪れることは通達されている。マクレガにつけば、領主に挨拶しなければならないので領主の館の間取り、警備体制などもある程度把握できるだろう。



「ウォル。そろそろマクレガに着くらしいですよ」


 心地よい馬車の揺れにうとうととしていた私に、イリスが声をかけて来た。


「そうですか。とりあえず先に道場の方に向かって欲しいと伝えてください」


 イリスが孤児院出身であるのは向こう側もわかっているので、領主の館にイリスを連れて行くことはできない。師匠も面倒だと言ってついてきてはくれないらしい。そこで話し合いの結果、私が挨拶に向かっている間イリスと師匠は道場で待つことになった。証拠集めの段階で大事になってしまった場合のことを考え、人数は多いほうがいいと道場にいる師匠の娘であるマルタにも事情を話すことになっている。


 マクレガを横目に見ながら馬車は細い道を進んでいく。


「ここからは馬車が入れないので、歩いてお願いします」


 従者にそう声をかけられ馬車から降りる。ずっと座り続けていたので、体の節々に痛みを感じる。伸びをすると心地よい開放感が溢れた。


「ここからはアト様、イリス様と三人で向かう。お前達は先に街に向かっておいてくれ。明日の朝ここに迎えにきてくれればいい」


 従者達には、今はまだラグス流道場の見学であると伝えていた。明日の領主との挨拶しだいでは事情を話すことになるだろう。去っていく馬車を見送り歩き出す。


 うっそうと木が茂り、私が死ぬ以前よりも道は細くなっているようだった。歩き続け、森の切れ目に道場が見えてきた。変わらないな。それは私の記憶にあるままに存在していた。マルタが世話をしてくれているのだろう。手入れの行き届いた庭を抜け、建物の中にはいる。匂いもそのままだ。落ち着いた木の香りが建物の中にひろがっている。


 ぱたぱたとした足音が近づいてきた。表れたのはマルタだった。師匠より少し落ち着いた赤茶色の髪をした小女だ。実際の年齢は六十をこえていたはずだが、十歳くらいにしか見えない。


「お父様よくおいでくださいましたあ。イリスちゃんも久々ですねえ」


 何故か私達の訪問を知っていた様子で慌てることなく対応している。そしてマルタは私に視線を向けた。


「あらあら。お兄ちゃんちっちゃくなったねえ」


 どこかで聞いたような言葉だ。マルタとは幼い頃からよく遊んでやった。その頃からずっとマルタは私のことをお兄ちゃんと呼んでいたな。師匠が教えたのかと、師匠に目をやると首を横に振っているのが見えた。どうやら師匠が教えたわけではなかったらしい。


「マルタは私のことがわかるのか」


「えっ。お兄ちゃんでしょ」


 マルタは首を傾げていた。私の質問がよくわからなかったらしい。質問の意味は理解できなかったようだが、半分しか精霊族の血を引いていないとはいえ、やはり私がわかるようだった。


「とりあえずあがってください」


 そう言ってマルタは私達を道場に案内してくれた。道場にはさんさんと光が差し込み、磨き上げられた床に反射していた。とりあえず床に座りこれまでの事情をマルタに話す。マルタは私の話を「あらあら」とか「ほおへえ」とかよくわからない相槌を入れながら聞いていた。


「まあ、そういうわけで私がこちらに戻ってきたというわけです」


「そうだったんですねえ。通りで見た目が全然違うと思いましたあ。そういえばお兄ちゃん死んじゃったんですもんねえ」


 分かっているのかわかっていないのかよくわからないが、とりあえず私のことはいいだろう。わざわざマクレガに来た理由を話す。


「イリスちゃんも大変でしたねえ」


 マルタは立ち上がりイリスを抱きしめた。しばらくそうしていたがマルタは何かに気が付いたようだった。


「むっ。イリスちゃんまた成長しましたねえ。私なんか全然育たないのにい」


 そういうとマルタは急にイリスの胸を揉み始めた。


「うりゃあ。このお。揉んで小さくしてやるう」


「ちょっとマルタ。やめてください。ちょっ、お願いします」


 さすがに見かねたのか師匠が止めに入る。


「こら。マルタやめなさい」


 そういわれるとマルタはあっさり止め、イリスの隣に座った。イリスの気持ちをほぐすマルタなりの気遣いだったのかもしれない。ただ単純に気に入らなかったからかもしれないが。


「それじゃあ明日は領主のところにはお兄ちゃんだけで行くんですねえ」


 従者は付くがそのつもりだと答えた。


「心配ですねえ。それじゃあ、私がついて行きます。お父様はイリスちゃんと一緒におられるのでしょう。なら何かあっても大丈夫ですし」


「いや、別に私一人で問題ないですよ」


 断ったのだがマルタは絶対に着いて来ると頑なに言い張った。


「マルタがいたほうがいい。一緒に連れて行ってやってくれ」


 師匠もそういうのでマルタを連れて行く事になった。


 その日は道場で過ごした。久々に食べたマルタの手料理は懐かしく、四人で過ごした時間はまるで前世に戻ったようだった。




「何もないと思うが気をつけてな」


「マルタ。お師匠様をお願いします」


 ただ挨拶に向かうだけだというのに、とても真剣だ。


「はいはあい。お願いされましたあ」


 マルタはもう少し真剣味を持って欲しい。急に不安になってきた。


「では行ってきます」


 道場に残る二人に声をかけ林道を降りる。昨日馬車を降りた所に行くともう馬車が止まっていたが、乗って来たアンヴェルス家の馬車ではなかった。


「ウォルター・ドリース・アンヴェルス様ですね。お迎えに上がりました」


 馬車の隣にいた男が声をかけて来た。


「私の家の者はどこですか」


「アンヴェルス家の方々は長旅でお疲れであろうとお休みいただいております。代わりにマクレガ子爵の使いで参りました」


 そんな申し出をアンヴェルスの従者が受けるはずがない。昨日ここで私を迎えに来ると約束を交わしたのだ。マクレガの者が代わりに迎えに行くから休めといわれようが必ず迎えにきたはずだ。無事ならいいが。


「そうですか。わかりました」


 この男を斬り殺すのは容易いが、マクレガの思惑に乗ってみるのもいいか。そ知らぬ顔で馬車に乗り込んだ。面倒な証拠集めなどしなくてもいいかもしれない。このまま向こうが手を出してくればそれでどうとでもなるだろう。マルタも乗り込み馬車が走り出す。


「まだしばらく時間がかかりますので、これでもお飲みになってお待ちください」


 そう言って男が紅茶を入れてくれた。毒でも入っているのか。口だけつけて飲まないようにしよう。


「おいしいですねえ。お兄ちゃんももっと飲んだらいいのにい」


 マルタを見れば飲み干していた。もう少し危機感をだな。そのとき急に眠気に襲われた。再びマルタに目をやると、つい先ほどまではしゃいでいたのに、気を失ったように眠っていた。口をつけただけで回るほどの強力な睡眠薬か。これほどのものを用意しているとは。眠らせるということはすぐに殺されるようなことはなさそうだが。


 そこまで考えた所で眠気に耐えられなくなった。

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