第十三話
目を覚まし、初めて目に入ってきたのは繊細な刺繍が施された天蓋だった。どうやら睡眠薬で眠らされ、どこかに連れてこられたようだ。手足は縛られベッドに寝かされていた。隣を見れば、マルタも同じように手足を縛られ寝かされている。
「マルタ。マルタ」
声をかけるが一向に目を覚ます気配はない。睡眠薬の入った紅茶を飲みすぎだ。とりあえずマルタを起こすのを諦め、状況をつかむことにしよう。
部屋は豪華だった。天井からは細部に拘った煌びやかなシャンデリアが吊るされ、ベッドもやわらかく金がかかっていることがわかる。調度品なども、細かな装飾が施され一流の職人の手によるもののようだ。マクレガの屋敷か。部屋には私とマルタしかいないが、扉の向こうに二人の人物が立っていることが気配でわかった。見張りのようだ。一人がどこかへ歩いていくのがわかった。二人でも一人でも対して変わらないが今のうちに逃げ出すべきか。
しかしマクレガの思惑がまったくわからない。私を攫ったところでどうしようというのだろうか。アンヴェルスを敵にまわしても勝ち目があるということか。
「んんっ」
マルタが起きたようだった。
「おはようございますう。よく眠れました。ちょっと寝すぎて頭が痛いかも。」
こいつは状況を把握しているのか。
「マルタ。どうやら私達はマクレガに攫われて監禁されているようだ」
「あららあ。それは困りましたねえ。どうします。逃げますかあ」
逃げ出すのは容易いが、向こうが何を考えているのか聞いてからでも遅くはないだろう。
「いつでも逃げられる。今はまだおとなしくしておく」
廊下を歩きこちら側に向かってくる人物もいるようだしな。
「マルタは寝ている振りをしていろ。私が対応する」
扉を開けて入ってきたのは、ぶくぶくと太った五十代に見える男だった。
頭は薄く髪や肌は脂ぎっている。身に着けているものは、仕立ての良い物であったがまったく似合ってはいなかった。
「目覚めたらしいな。こんな早くに目覚めるとは思っていなかった。歓迎するぞアンヴェルスの」
全ての人間が自分を尊ぶのが当然かのような尊大な態度だ。
「あなたは誰ですか」
「私か。私はガンザ・マクレガだ。」
どうやらこいつがマクレガ本人のようだ。
「はじめまして、マクレガ子爵。それで状況を説明願いますか」
「さすがはアンヴェルスの嫡男といったところか。幼いのにまったく取り乱さないとはな。お前はこれからオラルセンに送ることになっている。心配するな。向こうもアンヴェルスの息子を殺すようなことはしないだろう。」
やはりマクレガがオラルセンと繋がっているのは間違いないようだ。だが、私をオラルセンに引き渡してどうするというのだろう。
「なぜ私はオラルセンに引き渡されるのですか」
「そこまでは知らんよ。オラルセンから捕まえて引き渡せといわれただけだ。ただ近々オラルセンが大きな戦争を仕掛ける。そのとき交渉材料にされるんじゃないのか」
なるほど。その戦争の際にアンヴェルスの軍を動かさない、もしくはベルグ王国を裏切らせる、そういったことか。アンヴェルスの軍事力はベルグ王国の中でも大きい。ベルグ王国直轄の王国軍を除けば一番だろう。戦争でアンヴェルスが動かないとなれば、ベルグ王国側は苦しい戦いになることは間違いない。
それにしても甘いな。父やドリースが私を人質に取られているからといって、そのような判断を下すわけがない。そのような交渉をしようものなら父もドリースもオラルセンと徹底的に戦う選択をするだろう。
「マクレガ子爵はオラルセンと繋がっておいでな訳ですね」
「戦争に勝った暁には、このような辺鄙なところではなく広大な領地をよこすと言ってきた。こんな良い話に乗らない馬鹿はおらんだろう」
もしオラルセンが戦争に勝てばマクレガを潰すことなど容易い。ベルグ王国に所属しているからこそ、まだ潰されていないのだということがわからないらしいな。自身の価値を上に見すぎだ。
「そうですか。それでいつ引き渡されるのですか」
「今日の夜には送ることになっておる。危害を加えるつもりはない。それまで大人しくしてるんだな」
それだけ言うと出て行こうとするマクレガに声をかける。
「私の家の者はどうしましたか」
「知らん。オラルセンの者達が全てやったからな」
そういうと今度こそマクレガは部屋を出て行った。いったい何をしにきたのだ。アンヴェルスの子供の命運を握っていると優越感に浸りたかっただけか。図体はでかいが小物臭しかしない男だったな。
ある程度状況は把握できた。とりあえずマクレガはどうとでもなる。オラルセンの密偵を取り逃がさないことを優先すべきか。
「マルタ。状況はわかった。機会を見つけて逃げるぞ」
マクレガが入ってきてから寝ている振りをしていたマルタに声をかける。しかし目を開ける様子はなかった。寝息をたて、本当に寝ていた。
「起きろ」
手足を縛られてどうしようもないので、マルタに体ごとぶつかった。かなりの衝撃を与えたつもりだったが、それでも起きようとはしない。
「おい、マルタ。逃げるぞ」
声をかけながら何度かぶつかっているとやっとマルタが起き出した。
「ええ。さっき寝始めたばっかりなのに。早過ぎませんか」
「夜にはオラルセンに送られるらしい。それまでに抜け出さないといけないんだ」
「大丈夫ですよお。お父様とイリスちゃんを呼んでおきましたからあ。そのうち来ると思います。それじゃあ、お休みなさい」
どういうことだ。再び寝ようとするマルタを無理やり覚醒させる。
「どういう意味だ。どうやって連絡を取った」
「あれえ。お兄ちゃん知りませんでしたっけ。お父様に思考を飛ばしただけですよお。捕まっちゃったみたいなので迎えに来てって」
そういうことか。通りで、昨日も私達の訪問を知っていたわけだ。精霊族特有の共鳴といったものか。この能力があるから師匠も私にマルタをつけたのだろう。
「もういいですよねえ。寝ますよお」
「いや、師匠とイリスが来れば騒ぎが起きるだろう。そのときを見計らって私達も動く。マクレガが証拠を隠すかもしれないしな。マルタ縄を斬ってくれ」
「しょうがないですねえ」
そういうと、マルタは呪文を詠唱し小さな火を生み出すと手足を縛る縄を焼き切った。マルタの魔術だ。マルタは小さな火を生み出すことしかできないが、中にはもっと巨大な炎を操れる魔術師もいると聞く。魔術を使えるものも稀であり、そんな巨大な魔力を持った魔術師と出会うようなことはまずないが。
「よしとりあえず武器になりそうな物を探すか」
壁にかけてあった刃引きされた飾り物の剣をマルタに手渡す。私には重すぎてまともに振ることができなかったのだ。
「すまない、マルタ。ちょっとこいつを切ってくれ」
ベッドの天蓋を支える柱を指し示す。
「はいはあい。ちょっとはなれてくださいねえ」
そういうとマルタはあっさりと支柱を切り落とした。刃引きされている剣ではあったが断面は綺麗だった。マルタはイリスとは違い鍛錬を欠かさず行なっていたようだな。
支柱を握り何度か振ってみる。さすがにしっくりはこないが問題ないだろう。
「それじゃあ師匠達が来るのを待つか」
「来たら起こしてください。お休みなさい。」
マルタはすぐに寝息を立て始めた。
騒ぎが起こるのにそう時間はかからなかった。




