Ep.8
なんだか、妙な気分だった。
僕の方が“リリアナ”として過ごした時間が長いはずなのに、
今こうして目の前に立っている彼女の方が、ずっと“リリアナらしい”気がする。
腕を組んでジト目を向ける彼女は、まるで鏡の中の自分を見ているかのようだ。
「……それにしても、やってくれましたわね」
「はは、まあね。君の人生めちゃくちゃだよ? これから大変だと思うけど」
「ええ、まったくですわ!」
ぷくっと頬を膨らませて、ぷんすか怒ってみせる。
でも、すぐに少しだけ視線を逸らして、小さく呟いた。
「……ですが」
その声音が、ほんの少し震えていた。
「あなたのお陰で、私は命拾いしました」
「……え?」
「それに、あの鼻持ちならないアレクシスを、ブチのめしてくれました」
その言葉に思わず吹き出した。
ツンツンしてるのに、ちゃんと感謝してくれるあたりが、なんとも彼女らしい。
「……もしかして、ずっと見てたのかい?」
「当然ですわ。私は、この身体の本来の持ち主ですもの」
そう言って、ツンとそっぽを向く。
でも、その頬は少し赤かった。
「あなたが必死に足掻いて、戦って、何度も何度も繰り返して……」
「……あなたがいたからこそ、私は救われましたわ」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「……なんだか、自分に褒められてるみたいで、変な気分だよ」
僕がそう言うと、彼女はふん、と鼻を鳴らした。
「まあ、これからは私が、この身体を引き継ぎますわ」
「……そうか」
ああ、やっぱりここでお別れなんだ。
長かったループも、この世界も。
ようやく終わりが来たのだと、心のどこかで理解していた。
「……一人で大丈夫かい?」
思わず、そんな言葉が口からこぼれる。
リリアナは少し驚いたように瞬きをして、ふっと柔らかく笑った。
金色の髪が、光を受けてゆっくり揺れる。
その瞬間――僕は息を呑んだ。
(……やっぱり、綺麗だな)
これまで“僕の身体”だったはずなのに、
こうして対面すると、まるで別の人間のようだった。
不思議で、少し切ない感覚。
そんな僕を見て、リリアナがくすっと笑う。
「本当のあなたは、意外と小さかったんですのね」
「え……?」
視線を落とすと、手が――小さい。
服の袖が長く、足元も妙に軽い。
目線も彼女よりずっと低くなっていた。
(……戻ってる? 中学生の僕の身体に……?)
「ふふ、結構可愛いお顔をしていらっしゃるのね」
「な、なんだよ!」
思わず後ずさると、彼女が一歩踏み出してくる。
紅い瞳が、からかうように細められた。
「もう少し背が高くなったら、そうですわね……うちの使用人くらいにはしてあげますわ」
「……なんでそんな上から目線なんだい?」
「ですから、きっとまた会いに来なさいな」
「……え?」
何を言おうとしたか、その瞬間。
――ちゅっ。
「っ!?!?」
ほっぺたに、柔らかい感触が走った。
驚いて目を見開く僕に、彼女は満足げに微笑んだ。
「ありがとう。さようなら」
その笑みは、少し寂しくて、でも凛として美しかった。
眩い光があたりを満たしていく。
彼女の姿が、光の粒に溶けていく。
――そして僕の意識も、静かに白い闇へと沈んでいった。
(……唇、震えてた……)
最終章完結です。次からエピローグになります




