【第二十話】ふたりの未来が始まる場所。
――あれから、一ヶ月が経った。
昨日、私と蒼さんはベルシアのアポイントの帰りに市役所に寄って籍を入れた。
「…お願いします。」
受け取った市役所の時間外窓口の担当の方は、朗らかな顔で『おめでとうございます。』と言ってくれた。
証人欄には、美波と速水社長に記入して貰った。
打ち合わせが終わった後、広告チームの方が退席した後に記入をお願いしたのだ。
2人ともニヤニヤしながら
「おめでとう。」
と言って喜んで書いてくれた。
「…僕達も、もう少しかな。ね、美波ちゃん。」
速水社長がニッコリ笑って言うと、美波は顔を真っ赤にして頷いていた。
――籍を入れる前に両家にも挨拶に行った。
蒼さんの実家は、都内の少し郊外にある立派なお家だった。
(え、え?蒼さんって、もしかしてお坊ちゃんなの?!)
両親もどうやらメディア関係のお仕事をされているらしい。
「まどかさん、どうか、息子のことを宜しくね。口うるさいところもある子だけど、根はいい子だから。」
そう言って笑ったお義母さんの顔は、蒼さんにそっくりだった。
蒼さんもお母さんの言葉に照れつつも、嬉しそうにしていて、なんだか胸がじんわりと温かくなった。
そして、私の青森の実家に行った時は、両親と弟が大パニックだった。
「あ、あんた!!そんなに痩せてどうしたの?!」
「イケメンっ!母さん、姉ちゃんがイケメン連れてきた!!」
「ま、まどかが東京もんになっちまった…!」
と言って大騒ぎだった。
母はイケメンの蒼さんにすっかりメロメロになって、甲斐甲斐しく世話を焼いていた…。
「うふふ…。まどかやるわね。母さんも若い頃こんなイケメンと付き合いたかったわ。」
と言う母に蒼さんはニコニコとお礼を言っていた。
(お母さん、お父さんの前でその態度はアリなんだろうか…。)
驚きながらも皆が凄く喜んでくれて、夜ご飯はお寿司を取ってみんなで乾杯した。
その後は、私の小さい頃のアルバムを見ながら蒼さんが
『可愛い、かわいい』と大興奮だった。
「えー、そうですか?ただのデブですよ。」
と弟が言い出したので、チョップしておいた。
思い出すと、なんだか口元がにやけてくる。
――そして、今日。
会議で編集部の皆に『JOUR』の独立してグループ会社化することと、新しい人事について、人事部長の口から発表された。
「この度『JOUR』は、時代の波に負けないよう、雑誌だけではなくネット媒体にもさらに力を入れることにした。
これからは一つの大きなメディアとなることを目指していく。
…社長となり、その旗振り役となるのが高峰だ。」
その言葉に蒼さんが立ち上がって、挨拶する。
「改めて、これから新会社の社長となる高峰だ。
これから、クロスメディアとして雑誌や既存のWebページやサービス以外に、新たな分野に挑戦していくことになると思う。
…しかし根本的にやる事は、何も変わらない。
俺達はカスタマーの心に残る記事やサービスを作っていく。ただ、それだけだ。
――新しい場所で、みんなで一緒に未来を作ろう。」
高峰さんのスピーチに、皆から割れんばかりの拍手が起こる。
その光景を満足そうに見た人事部長はさらに続ける。
「また、新しいJOUR編集長は篠原に決まった。篠原、前に出て挨拶を頼む。」
すると、篠原さんがみんなの前でニッコリと微笑んだ。
「新しく編集長になる篠原です。って、みんなもう、私の事は知ってるわよね。」
そう言うと、その場から笑いが起こる。
「これからが私達の作り上げてきたJOURというブランドの正念場です。
今までのブランド力や知名度に胡座をかかず、絶対に今までにないいいものを作り、進化していきましょう。」
その言葉にみんなが歓声を上げて、頷き合った。
すると、蒼さんが一瞬私の目を見つめた後、意を決したように切り出す。
「…それから、皆にもう一つ報告がある。」
すると、皆が一瞬キョトンとして、『え、何?』とザワザワし始めた。
「――俺と餅田は昨日籍を入れた。
俺達は、結婚した。」
その言葉に私は驚いてジワジワと赤面する。
(ちょ、ちょっと待って!?ここで言うなんて聞いてないよー!!)
編集部のみんなは最初ポカーンとしていたものの、やがて大騒ぎになった。
「…やっぱり!!最近の餅田ちゃん、いい顔してたもの。」
と篠原さんが言う。
「はぁ!?高峰さんと餅田さんが?!…まあ、でもいいんじゃない。」
と神崎さんがニヤリと笑った。
「まどかぁあ!絶対幸せになってよね!!」
美波は涙ぐんでいる。
「高峰さーん!!知らなかったっす!!ずるいっすよー!!俺だって可愛い彼女欲しいっすよ!!」
そして、西山君のリアクションでその場の空気が和み、みんなが笑い出した。
驚かれたり冷やかされたりしたものの、最後は皆が拍手と共に祝福してくれた。
「っ…皆さん、ありがとうございますっ!」
温かい空気に、心がホッとした瞬間だった。
そんな私を蒼さんが目を細めて見ていた。
◇◇
そして私は、新会社に移籍してしまう前に、お世話になった『ヒトトナリ社』の方に挨拶したい旨を申し出ると、皆が快くお時間を取ってくれた。
――ということで。
久しぶりに『UMAMI』編集部に顔を出すと、皆が温かく迎えてくれた。
「もちこっ!」
「めっちゃ痩せたねっ!別人じゃん!」
「高峰さんと結婚したんだって?!おめでとう!」
皆がそう言いながら私のことをもみくちゃにした。
すると後ろから、懐かしい声がした。
「餅田。久しぶり。」
その声に、わたしは目を輝かせて振り返る。
「野嶋さんっ!」
「驚いた。ずいぶん変わったね。よし、じゃあカフェテリアにでも行こうか。」
そう言って、野嶋さんは朗らかに笑ってくれた。
「はいっ!」
――私達はカフェテリアに移動して席に着く。
その日のカフェテリアは、簡単な社内打ち合わせをする人や、パソコンで仕事をする人。
そしてディベートする人などでそこそこ混雑していた。
「その後、『JOUR』では楽しく仕事が出来ているかな?」
野嶋さんは目を細めて、尋ねてくる。
「はい、お陰様で!!」
元気に返事をする私に彼は頷く。
「やっぱり、君を『JOUR』に異動させて正解だった。『UMAMI』としては痛かったけどね。
ベルシアの記事、見たよ。とてもいい記事だった。『UMAMI』にいた時よりも、さらに成長したのが見ただけでわかった。」
「…ありがとうございます。…でも。」
少しだけ表情を曇らせる私に、野嶋さんは続きを促す。
「…何だい?」
「いえ。これから『JOUR』はいよいよグループ会社化して、大きな節目を迎える事になります。
…その山を登り切ることが出来るか。少し不安ではあります。」
すると、野嶋さんは少し考えたあと穏やかに笑った。
「…登らなくても、いいんじゃないか?」
その言葉に私は目を見開く。
「…え。」
「ほら。あまりにも大きな山ってさ。大きすぎて見ただけで嫌になってしまうだろ?
だからさ。川下りのように目の前の自分の仕事を一生懸命こなしていく。
――そしたら、きっと道は拓ける。
大抵のことはそれで気づけば乗り越えられるんだ。
…だからそれでいいんじゃないかな。」
その言葉に、ジワジワと私の目頭は熱くなっていく。
「君は随分と変わったけれど、仕事への情熱はそのままだ。
大丈夫、きっと君は、新しい場所でも結果を残す事が出来る。
――頑張れよ。僕達は違う会社になってしまっても、ずっと仲間だ。」
微笑む野嶋さんに私の涙腺は決壊しそうになる。
「――っはい。ありがとうございます。」
すると、後ろから声がした。
「…餅田。終わったか?」
振り向くと穏やかな顔の蒼さんが立っていた。
「…高峰さんっ!」
すると、野嶋さんがニヤッとする。
「おやおや、旦那さんが迎えに来たから僕はそろそろ退散しようかな。
――高峰君。どうか、餅田のことを宜しく頼む。」
そう言って野嶋さんはなんと、高峰さんに頭を下げてくれたのだった。
蒼さんは驚いて目を見開いたあと真剣な目で頷く。
「はい。餅田のことも、『JOUR』のことも。――僕が必ず守ります。」
すると、野嶋さんは満足そうに頷いて、
「…ああ。頼んだよ。」
と言ったあと、カフェテリアを後にした。
「…納得いくまで話す事が出来たか?」
蒼さんの言葉に私は頷く。
「はいっ!!」
すると、蒼さんが朗らかに笑った。
「よし、じゃあ行こうか。」
――こうして私達は『ヒトトナリ社』から、新しい社屋に引っ越しすることとなったのだった。
段ボールを抱えて最後にエントランスを出る時、ふと振り返る。
沢山の記事を作り、笑い合い、泣いたこの場所。
これから、一つの部署でしかなかった自分の居場所が、一つの会社という大きなステージへと変わっていく事になる。
「…ありがとう。」
誰に聞かせるわけでもなく、胸の内でそっと呟いた。
そして新しい社屋の自動ドアをくぐると、真新しい匂いと、眩しいガラス越しの光が広がっていた。
「さあ、ここからだな。」
隣で蒼さんが小さく囁き、私の手を取った。
――未来へ進む扉が、音を立てて開いた気がした。
◇◇
「この机、めっちゃ新品の匂いする!」
「コピー機最新じゃん。やったー。これ絶対、壊れにくいやつだよっ。」
「ちょっと!誰か段ボールに私の美顔器勝手に詰めてないー?!」
新しいフロアに荷物を運び込みながら、あちこちで笑い声が弾ける。
オフィスの入り口には、ヒトトナリ社をはじめ、様々なクライアントから贈られた祝福の花が飾られている。
その中にはベルシアの速水社長の他に、なんと『UMAMI』時代にお世話になった、頑固なラーメン屋の店主からのものまであった。
(わ、後でお礼を言いに行かなくちゃ!!)
そんな中、蒼さんが手を叩き、皆に声をかける。
「よし、今日の仕事はここまでだ!
軽く乾杯しよう。ピザ取ったぞ!」
その言葉に歓声が上がる。
「社長、さすがっす!僕、どこまでもついていくっす!」
西山君が叫ぶと、みんなが爆笑した。
笑い合う仲間達に囲まれながら、私は胸がいっぱいになる。
(…この人達と一緒なら、きっと大丈夫。)
私は期待に胸をワクワクさせるのだった。
◇◇
――今日は私と蒼さんの結婚式だ。
チャペルの扉が開いた瞬間、目に飛び込んできたのは、真っ白な花に包まれた会場。
…そして、集まった大切な仲間たちの笑顔だった。
「まどかーー!めっちゃ綺麗っ!!」
最前列で、美波が大きく手を振っている。
隣で速水社長がニヤリと笑い、篠原さんや西山君、神崎さんも盛大に拍手を送ってくれた。
バージンロードを歩くたびに、これまでの出来事が胸に浮かぶ。
『UMAMI』の頃の自分。
『JOUR』に異動してからの日々。
たくさん泣いて笑って、そして――今、ここに辿り着いた。
誓いの言葉を交わし、指輪を交換すると、会場いっぱいに拍手が響いた。
(ああ、夢じゃないんだ…。)
披露宴では、仲間達が代わる代わる祝辞をくれた。
「高峰さん!餅田さんを泣かせたら僕、許しませんよっ!」
西山君の言葉に会場がドッと笑いに包まれる。
そして、いよいよラストイベントのブーケトスになった。
「さあ、次の幸せは誰の手に渡るのでしょうか?」
司会の方の声がする。
私は息を整え、大きく振りかぶった。
ブーケは宙を舞い、くるくると回転しながら――
「キャーッ!」
歓声と笑い声が弾ける中、ブーケは見事、美波の腕の中に収まった。
「わ、わたしっ?!」
顔を真っ赤にして立ち尽くす美波の隣で、速水社長がにっこりと笑った。
――こうして私達の新しい人生の扉は、祝福の笑い声と共に開かれたのだった。
【第一部•完 新社屋編に続く。】
ここまで読んでくださった皆さんに、心から感謝します。ありがとうございました(*´ω`*)
2025.8.25ブー横丁。




