EP9:金色の道程:??年前
ほんとうにそれは、ただ一筋の道だった。 世界が崩れても、涙が乾いても、その道だけは消えなかった。
金色の光が差す。 けしてまばゆいばかりではない。どこか懐かしい、木漏れ日のような、肌にすっとなじむ光。
けれど、確かにそれは、かつて神話に謳われた「月の女神」の矢が放った一筋の光だった。 幾千の夜を見下ろしてきた銀の女神が、最も愛した子らにだけ手渡す、救いの道。
少女リセは、その光を、継いだ。
理由など知らなかった。ただ、あの夜、声が呼んだ。 ――お聞きなさい。あなたに導きの光をさづけます。
誰にも見えぬその光は、リセの内に宿り、彼女の中で息づき始めた。 かつて月の女神が世界に放った“矢”は、もはや物理のそれではなかった。 精神の深淵を穿つ意志の光。届くのは、心。刺すのは、魂。
そしてそれを受け継げたのは、 奪うことを知らず、ただ「差し出す」ことだけを知っていた、 ――たった一人の、あの少女だった。
リセは歩く。何度も光を見失いかけながら、それでも歩き続けた。 足元に積もるのは灰。かつて街だったもの。人々の名残。時間の名残。――そして、獣の痕。
「……カアレ」
名を呼ぶたびに、心の奥がひりついた。
焚き火を前に、髪を撫でてくれた彼。 バラを差し出し、虫をよけてくれた彼。 そっと背中を支えてくれた手の温もり。
どうして、彼が獣にならねばならなかったのか。
それでも、リセは歩く。 たとえ自分の記憶がまちがっていたとしても。 たとえ、もう彼が自分を忘れていたとしても。
「……わたしは、迎えに行くよ」
彼が見失ったものを、わたしが覚えている。 彼が届かないと思った場所に、わたしはまだ、矢を放てる。
光はまだ、ある。 かつて授かった“矢”が、もし彼の中にわずかでも残っているなら―― それはきっと、届くということ。
丘を越え、森を抜け、黒い痕跡を踏みながら。
リセの影は長く伸び、やがて金色の草の上に重なった。 風にそよぐ草が、かすかに歌うように揺れていた。
遠く、かすかな震動が地を這った。 黒く、赤く、うごめくもの。 ――その中心に、まだ、あの瞳を持つ者がいるのだと、リセは信じていた。
だから今日も、矢をつがえる。
それは「撃つ」ためではない。 もう、誰かを裁くためでもない。
矢は、「届かせる」ためにある。 リセに与えられた“矢”は、傷つけるためではなく―― “思いを貫く”ためのものだった。
「カアレ。……そこに、いるんだよね?」
風が鳴いた。 それはまるで、返事のようだった。




