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優しい姉と意地悪な妹  作者: ならせ
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優しい姉と意地悪な妹 ②

 そんな日々が過ぎて行き、婚礼の日。


 婚礼衣装に身を包んだ私は父様と緊張しながらドアの前で始まるのを待っていた。姉様が着た婚礼衣装より装飾が少ない、控え目な衣装だ。


 チーズケーキの一件以来、姉様はお菓子作りに目覚めてしまい、毎日何かしらお菓子を作っては私に勧めて来る。その分、王宮での教育はダンスを多めにして欲しいとお願いし、汗を流した。

 その成果もあって、無事婚礼衣装を着る事が出来てホッとしていた。


 ドアの向こうには初めて顔を見る王太子が待っている。どんな姿の人だろう。

 彼もきっと周囲からの噂から私がどんな人なのか耳にして、嫌な気分かもしれないけれど、ほんの少しで良いから歩み寄ってくれるだろうか。

 色々考えているうちにドアは開けられ、ヴェールを被ったまま父様と前へ進む。


 私が最初に感じたのは、周りの動揺したような戸惑いの空気だった。向こうで立っている人が王太子マルクス殿下なのは確かだけれど、ヴェールのせいではっきり見えない。


「そんな、馬鹿な……」


 隣を歩く父様が小さく呟いたのを聞き逃さなかった。どういう意味だろうと思っているうちに、私は王太子殿下に引き渡された。


「正面を向いて」


 言われた通り正面を向く。耳に心地いい落ち着いた声だ。ヴェール越しに見えた顔はたぶん悪くない。

 粛々と式は進むにつれ、段々怖くなってきた。嫌われていたら、このヴェールを上げられたらきっと分かってしまう。怖い、でも後戻りはできない。

 王太子殿下がヴェールに手をかけた瞬間、緊張は一気に高まった。


「ええと、口閉じて?」


 小さな声で注意され、慌てて口を閉じた。

 軽く触れる程度の口づけが落とされて式は終わり、いつの間にか王宮に戻っていた。部屋は私が今日から使う事になっている、王太子妃の部屋。王妃様が選別した侍女達が慌ただしく化粧や髪形を直したり、軽食や飲み物を置いていく。


 びっくりしすぎて、意識が飛んでいた。

 それよりも、あの噂を流した人は誰だ。人前に出られない程の容姿? ある意味人前に出たら大変な容姿だけれど。

 想像していたのと違う。私が想像していたのはもっと冴えない容姿だった。両陛下の美貌を引き継がなかったのだとばかり。


 金の髪に、緑色の目、日に当たっていないのか色白で、物語に出てくるエルフとか言われたら信じてしまいそうだ。初めて会ったというのに間抜けな顔を晒してしまった。

 今すぐどこかに消えてしまいたい。あの人が夫なのかと思ったら顔から火が出そうだ。


 だいぶ心が落ち着いた頃に王太子殿下が迎えに来た。慌てて立ち上がって礼をする。


「王太子殿下、先程は失礼いたしました。式の最中だというのに、呆けてしまって……」

「え? 別に構わないよ。あと、夫婦になったんだから王太子殿下じゃなくて、マルクスって呼んでくれないかな。僕も名前で呼ばせてもらうつもりだし。まだ一仕事あるんだから楽にしてていいよ」

「えっ、はい。ありがとうございます」

「噂で聞いて、想像していたのと違って驚いたんだろう?」

「ええ。まぁ、そうですね。そのお姿でしたら婚約者に名乗り出る令嬢は多かったかと」

「僕もそう思うよ。でもそれって面倒なんだよね。気を遣って断るのは疲れるし、国を一緒に背負う覚悟も無いのに、目の前でくだらない争いを見させられるのは苦痛だしさ」


 あれ? 意外と毒舌……?

 笑みを浮かべて機嫌が良さそうに見える辺り、私は嫌われてはいないと思いたい。



 披露パーティーで使われている王宮の大広間には、私達を祝いに来た貴族達が集まった。この大勢の前でファーストダンスを披露しなければならない。

 不安で足が竦みそうだ。マルクスが繋いでいた手を力強く握ってくれて、何とか最初のステップを踏めた。ダンスの授業の時間を多めにとった甲斐もあり、後はスムーズに踊れる。

 1つのミスも無く踊りきって拍手を貰い、マルクスにエスコートされながら挨拶回りだ。


 バルヒェット夫人から祝福の言葉を貰い、互いに涙ぐむ。厳しかったけれど、頑張った日々を思い出してしまうと、つい。

 他にも宰相などの重臣達に挨拶する。私が思っているより印象が悪く取られていない感触を得て、内心首を傾げた。意地の悪い女は相応しくないみたいな対応をされると思っていたのだけれど、意外と好意的だった。

 彼等は大人の対応をしているだけで、違うのかもしれないけれど、悪い感情は読み取れなかった。


 両親と姉夫婦の元へ行く。4人で談笑していた彼等はマルクスと私が近付いて来たのに気づいて深く礼をした。


「ご成婚おめでとうございます」

「うむ」


 父様の言葉にマルクスが短い返事を返す。


「ガブリエラ、式もダンスも素敵だったわ!」

「ありがとう」


 クリーム色のドレスを着た姉様が目をキラキラさせて褒めてくれた。

 私の手にワイングラスは無い。姉様のドレスはワインのシミが目立つ色だけれど、汚す心配は無いのだ。だから大丈夫だと自分に言い聞かせる。


「不安でしょう? 1人でやっていける?」

「マルクス殿下と一緒ですもの、大丈夫よ」


 ……たぶん。

 少しだけマルクスの顔を見ると彼はニコリと微笑んで頷いた。


「でも家族と離れて不安じゃないはず無いわ……そうだわ! わたしがガブリエラの侍女になったら良いのよ」


 両手を合わせ、姉様はニコニコしながら、とんでもない事を言いだした。

 絶句して何を返せば良いのか分からなくなる。マルクスも少し驚いたような顔をしていた。


「それは良い考えだ。ガブリエラも不安だろう。ユリアーナは本当に優しいなぁ」

「ええ、本当に。ユリアーナは出来た子だわ」


 父様が同意の言葉を言うと母様やフェリクスまで納得してしまう。

 王宮で私に仕えてくれる侍女は王妃様によって選定済みで、姉様が入り込む余地は無い。こんな事、勝手に決められない。

 それ以前に姉様は次期ヘルトリング夫人なのだ。最初の子は流れてしまって、フェリクスとの間にはまだ子が居ない状態なのに。


「ちょ……ちょっと待って。姉様にはやらなければならない役目があるでしょう? 跡取りとなる子をもうけなければいけないのに」

「それはガブリエラが嫉妬して、ユリアーナに危害を加えるからだろ。恨むなら俺だけを恨めって言っているのに、何度も嫌がらせをするから。それなのに、ガブリエラを助けたいという気持ちを無下にするのか」


 はぁ?

 何を言っているのだ、この男は。


 ゾゾゾと寒気が背中を走った。


「ガブリエラが寂しくなくなるまでの間だもの。ほんの少しの間だけよ。フェリクスだってそれくらい待てるわ。もしかして迷惑?」


 ウルウルさせて姉様が問う。こうなると私では止められそうにない。

 姉様は全て正しくて、私の考えが間違っているのだと非難される。


 ――姉は優しく、妹は意地悪だから。


 暗い気持ちが頭をもたげてきて、自然と私も俯き始めた。


「迷惑だ。バルヒェット夫人の教育をたった1日で拒絶し、あまつさえ僕の噂を真に受けて、婚約者の座から逃げた君に王宮の侍女なんて勤まらないよ。あと、そこのお前。フェリクスだったか。2人の女性に好かれているって妄想、気持ち悪いぞ。婚約者の姉に手をだして、好かれるはずないだろ。嫉妬だなんて馬鹿馬鹿しい事を言うな」

「なっ!」


 ぐっと肩を抱き寄せられ、マルクスが代わりに断ってくれた。見上げた彼の顔は薄っすら笑みを浮かべているけれど、姉様達に向ける視線は冷たい。


「侍女の失敗は主の失態になるんだ。遊び気分で侍女になってもらっては困る」

「遊びだなんて酷い……わたしはただ、ガブリエラが不安だろうから支えてあげたいだけなのに」

「ガブリエラは断っているよね。君にはやるべき役目があるからって。どうして聞き入れないのか不思議なんだけど。もしかして君達は耳が悪いのか?」


 彼の問いかけに両親や姉様、フェリクスの顔が赤くなった。


「いくらなんでも失礼です! ユリアーナはガブリエラの事を思って提案しているのに」

「そう? 不敬なのは君達じゃないか。王太子妃の言葉を無視しているんだから。君さ、いつも夜会でやらかしているよね。ガブリエラにわざと当たって転んだり、ワインで汚されたように見せているんだろう? そうして、そこの男にガブリエラを責めさせて悪者扱い……いや、悲劇の主人公気取りか? そういう者がまともに侍女なんて出来ると思えない。王宮内でガブリエラの立場を無くさせるつもりかと、僕は感じるんだよ」


 周囲がザワリとし始める。声を落として会話する事を失念していた。

 なによりマルクスの声が大きくて、皆が聞き耳を立てている。姉様もそれに気づいたようで、顔色が悪くなった。


「わたしはそんなつもりじゃ……!」

「じゃあどういうつもり? 跡を継ぐ子をもうけずに王宮の侍女になるって。粗相ばかりしている君は、ガブリエラの役に立てる? ああ、もしかして僕の愛妾を狙っているのか? 妹の結婚相手に手を出すなんて趣味悪いよ」


 今度は姉様が絶句してしまった。


 もう分かってしまった。

 マルクスの愛妾になって、私より上に立ちたいんだって。

 捨てたのは姉様なのに。私が欲しいと思っていた両親の愛情すら、姉様のものなのに。


「マルクス殿下」

「うん?」

「もういいです。話を聞いてくれない人に、何を言っても無駄です。もうこの人達は私の家族ではありませんから」

「何を言い出すんだ、ガブリエラ!」


 マルクスの胸を軽く叩いて止める。彼は眉を少し上げただけで視線はこちらに向かなかったけれど、私の代わりに言いたかった事を言ってくれた。

 父様は顔が赤黒くなって怒っているけれど、怖くない。


 意地の悪い女だって、この人達に思われてもいいや。私の印象をそういうふうに、植え付けてきたんだから、そうするのが彼等にとって理想なんでしょう。


「話を聞いてくれない貴方方は、もう家族じゃないと言っているんです。今日から私の家族はマルクス殿下と、あちらにいらっしゃる両陛下です。今後一切馴れ馴れしくしないでください」

「あっはっは! そっか。ガブリエラの答えに異論は無いよ。だって夫婦(かぞく)になったんだしね。そういう事だから侍女の件は諦めてくれ」


 マルクスと私が彼等から離れると、何も無かったかのように周囲は振舞う。しっかり聞いていた人達はサッとどこかへ行ってしまった。

 大体は挨拶を済ませたので、両陛下に挨拶をして広間を下がらせてもらった。



 それから数ヵ月、今までの事が嘘のように心は穏やかだ。

 マルクスが隠しているのか、家族だった人達の事は風の噂で耳に入る程度。


 家族だった人達の仲が悪いらしい。あんなに仲良しだったのがギスギスしているとか。

 姉だった人はどこかの令嬢だったか夫人にぶつかって、ワインでドレスを汚したが、浴びる程ワインがお好きなのよねと言われ、何も返せなかったらしい。


 それを聞いて、特に何も感じなかった。

 血は繋がっていても、あの人達にとって私は、優しい姉に嫌がらせをする意地悪な妹でしかない。手を差し伸べただけでどうなるか、考えなくてもわかる。あの人達はあの人達だけで幸せになっていればいい。


 ヘルトリング家を切り捨てた私を冷たい、意地の悪い女だという人もいるけれど、外側だけしか知らない人に何を言われても平気。だって私には大切にしてくれる家族がいるから。

 それに私に対してそう言ってくる人は、大抵自分の娘を王宮に入れたい人だ。

 マルクスの見た目が思っていた以上に魅力的だったから、私と挿げ替えたいと考えている。逆に彼から贅沢しか考えていない娘を養うのは王家の損失だと切り捨てられていた。それでも諦めないとバルヒェット夫人の教育を受けさせられ、数日で逃げてしまった。


 侍女を付けず中庭を歩き、一番花が多く咲いている生垣の傍でしゃがむ。

 習慣づいてしまい、何かしらここで生垣に話しかけている。話しかけなくなった途端、枯れたら何だか悲しい。私にとって大切な相棒みたいなものだから。


「昨日陛下達と夕食会だったのに、デザートの前に退室させられたのよ。酷いと思わない? そりゃあ2人きりになれて嬉しいけど。今思ったけど、絵姿すら無かったのって徹底して隠していたんじゃなくて、絵で表現できないとか言われたんじゃないかしら。そんな感じがするのよね。でもでも、あんな素敵な人が伴侶とか信じられる? 今でも信じられないんだけど! 本当は夢だったなんて事ないのかしら。ああ、夢でもいい。……好きなんだ……も……の」


 ガサッと生垣の花が揺れ、上を見上げる。マルクスが生垣を挟んだ反対側で私を見下ろしていた。とても気まずい空気が流れる。


「……いつからそこに?」

「ガブリエラが来る前からかな。時々ここで昼寝しているんだよ。執務室に居たら捕まるし」

「……も、もしかして、私がこれまでここで話していた事も全部?」

「うん。全部聞いてた。でも先に居たのは僕だし、後から来たガブリエラが独り言を言っていたんだ」

「あ……あああ……」

「バルヒェット夫人に散々やられているだろうに、その割に元気だし面白いなぁって。噂で聞いていた人物像と違うし、噂はあてにならないね」


 生垣から出てきたマルクスが私を抱き上げてニコリと笑みを向ける。

 これまでずっと生垣に向かって独り言を言っていた事やその内容を知られ、羞恥のあまり全身から火が出そうになった。


 その後、家族なんだから仲良くしなきゃね! というマルクスの言葉通り仲良くして沢山の子供に恵まれ、両陛下を大喜びさせたのでした。

ヘルトリング家その後

・両親:外戚として政治に口出しさせてもらえなくてアワアワしてる。夫婦仲は悪くなった。

・ユリアーナ:外聞が悪くなって妊娠を期にひきこもり。いつか返り咲いてやると思っていたけれど、ひきこもっている間にガブリエラの評判が高くなってしまい、キーッてなってる。

・フェリクス:真実の愛(笑)とか陰で言われて、どこへ行っても肩身が狭い思いをしている。披露パーティー以降、自分を見つめ直しユリアーナを注意して見ていたりする。


ガブリエラたち

・王妃:1人目の孫(男児)が生まれた日に議会中に飛び込んできて「王子が生まれたのー!」って大喜び。その後あちこちに同じことを言って回ってた。2人目以降も同じくやって、民衆にも温かく見守られるように。

・王様:王妃が大喜びして孫が生まれた事を聞き、よし儂も! って立ち上がったら宰相に止められてシュンってなった。

・マルクス:母上はアグレッシブなんだよねーって笑ってる。

・ガブリエラ:宣伝して回られてたことを知らず、超お祝い状態にアワワワワってなった。

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