明日に向かって
最終話です。
『ねえ。ラーシャ。僕の家に来ないかい?』
急にそう言われた時、驚きで声が出なかった。
どういう意味なんだろう。
『僕もずっとここに、グラート侯爵家にいるわけにはいかなくて。そろそろ帰らないといけないと思っていたんだけれど。・・・君も、来てくれないだろうか。』
『はい。ご迷惑にならないでしょうか。』
やっとの思いで、返事をする。
タリスが困ったような顔をしている。
私は、何か、間違えただろうか。
『・・・。ごめん。僕の言い方が悪かった。やり直す。』
『はい?』
『ラーシャ、僕と結婚してくれませんか?』
驚きで、声が出ない。
『返事は、難しいのかな。ごめん。』
そう言うタリスの顔は少し悲しそうで。
でも、言葉につまってしまって。
いつも、自然の影響を受けて魔力のコントロールが悪くなって体調を崩したり、夢を見て泣いてしまう私を抱きしめてくれたその腕に手を伸ばす。
『ラーシャ?』
その声はいつも通り優しくて。
この人は、本当は私にはもったいないような人なのに。私でいいのだろうかと思う。
『おねがい、します。』
そう言った私の声は震えていて。みっともなくって。
やっぱり涙が溢れてきて。
『泣かないでよ。ラーシャ。笑って。』
そう言われて、私はこの世界で初めて嬉し泣きという体験をしたのだった。
どうやら、タリスは色々と下調べをし、友人であるロイメールの宰相閣下と話をし、一のお兄様とも連絡を取りあっていたらしい。
久しぶりに、魔石を通して聞くお兄様と妻であるアリル義姉様に祝福されて、私とタリスの結婚が周囲に認められた。
私は、宰相閣下の取り計らいで、平民の戸籍を用意してもらい、無事にタリスの妻となった。
実は、あのプロポーズ、相当勇気を出して言ったんだと後から言われて嬉しかった。
私よりずっと大人で、余裕があるように見えていたから。
ただの平民の結婚式にやたら貴族の大物が集まって、教会が驚いていたのは後々になっても笑い話になった。
本当は、貴族籍を用意しようと言われていたのだ。だが、極力他人と接触を避けている私が社交に出るのを危惧して、タリスは平民として生きていく事を選択した。
魔道具研究所を辞し、王都の一角に魔道具の専門店を開いた。
と、いっても、店番を雇って表に出る事は無く、宰相閣下からの特別な注文や騎士団・魔術師団からの特注を2階で請け負っている。
階下で売っている普通の魔道具も質が良いと人気になり、お店は繁盛している。
兄達や姉とも再会を果たした。
タリスと話し合い、魂結びの術を、一のお兄様にかけてもらった。
クランガルドの伝承を伝えることでタリスの力も安定し、最近は始祖精霊様も使役できるようになったらしい。
今でも、時折、夢を見る。
どうしてだか、タリスと一緒にいるようになって、夢を見るのは随分減った。
国に異変があるような夢は、タリスを通して、宰相閣下やお兄様に伝達してもらっている。
相変わらず、私の引きこもり具合は筋金入りで変わらない。
宰相閣下の奥様のレイローズ様とは、文通友達になった。申し訳ないが、直接会うには、彼女は沢山の人と触れ合うので多くの情報を感じ取ってしまう。直接会ったら、私は多くの夢を見る。翌日、疲れて寝込んでしまう事もあったからだ。彼女に理解してもらい、とてもありがたい。
私はもうすぐ母となる。先に結婚していたレイローズ様は、まだ19歳で。
宰相閣下が心配性らしく、母体保護の為に、20歳にならないと子は産ませないと言われているとかで。時折来る手紙に赤ちゃんが羨ましい、早く欲しいと書いてきて、生まれてくる赤ちゃんの為の洋服だとか、玩具だとか・・・まだ早くない?っていう物まで贈ってくれる。
お礼をしたいのだけれど、夢見の力で宰相閣下の力になっているから不要だと言われる。
まあ、確かに、平民なので、お礼といっても大したことが出来ないから、それでいいのかもしれない。
宰相閣下によると、光精霊のリノが居ないと全く目が見えない私を気遣って、タリスは前より片付けをするようになったらしい。
が。
書籍と紙が雑多に山積みにされた室内を見て、ため息をつく。
「もう、いい加減に片づけてくださいませ。」
部屋の隅に座って、無心に何かを書き連ねていた私の愛する人が顔をあげ、その優しい青い瞳がふわりと微笑んだ。




