魔術師達の葛藤
時は数刻遡る。
サクヤは、グラート家のソファで横になっていた。
魔力の安定が図れないのは、随分よくなっていた。
それと同時に、また、夢を見るようになった。夢は生々しく。今までもよく見た西の魔女の殺戮を見る。いつ見ても吐き気が込み上げるほどの凄惨な現場。
そればかりを繰り返すので、気分が悪く、ほとんど寝込んでしまったような状態だった。
時折、レイローズ様が顔を見せに来られたが、気を使ってか、すぐに退出される。
人と接触したらよく夢を見るのだが、美しく着飾った彼女をチラリと夢で見ただけなので、特に気をとめる事は無く。
タリスは生活のほとんどを私に合わせて下さっているようで、時折、様子を見に来る。敬称無しで呼ぶのもだいぶ慣れた。
それでも、夢の内容は言えずにいた。
こんなに頻繁に見る時は、確実に起こる可能性が高い未来だ。
本当に、気分が悪い。
だが、血にまみれる魔女を見たとして、どこなのかわからない。彼女の殺戮は凄惨で、何が何だか判別できないくらいだから。
そう思っていたのに。ソファでうたた寝をして見た夢の内容に血の気が引いた。
魔女が背後から消される夢を見たのだ。その魔道師を知っている。クランガルドの本邸との渡り廊下で話したことのある魔術師だ。
どうして。
しかも、その近くにタリスが見えた。
と、いう事は、何度も見る殺戮は、ここで・・・ロイメールで起こる事なのか。
待って。よくよく考えてみる。背景は、普通の家ではない。まるで、お城のような・・・。
お城??
今日は夜会が城であって、忙しいと朝からメイドが話していなかったか?
それでは、それでは???
思い至った可能性に眩暈がする。間に合うのか?どうすれば。
そうだ。魔女が消された先ほどの夢。
人が倒れていても、誰も血を流していなかったのではないか?
怖い。
それでは、タリスにあの場に行ってもらわねば、魔女の殺戮は止められない。
行ってほしくない。このまま、この屋敷にいてほしいと。近くにいてほしいと思う。この数日で依存し過ぎだ。
でも・・・。
しっかりしろと、自分に言い聞かせて立ち上がる。
私は夢見だ。夢を通して、世界の安定を図るのがクランガルドの夢見の使命。
続き扉の前に立つ。
『タリス・・・。』
小さく呟いただけなのに、扉が開く。
ああ。どうして。この人は私の事をこんなに気がけてくれるのだろう。
『どうしました?』
美しい、宝石のような青い瞳が私を見ている。
『魔女が、来ます。』
『魔女?』
私の言葉に、困惑した様子で尋ねられる。
『帝国の女性魔術師クーリウ。西の魔女と呼ばれます。帝国各地で起こる反乱を力で鎮める魔術師。彼女の鎮圧方法は反乱分子に対する無差別な殺戮です。・・・彼女が来る。』
話しながら、身体が震えているのがわかる。
しっかりしろ、私。
不意にタリスに抱きしめられる。甘やかされすぎだ。
『お願いです。彼女を止めてください。夜会があるのでしょう?・・・夢を見ました。彼女が殺戮を行う夢を。きっと、今日の夜会です。貴方があの夜会に行くことが出来たなら、魔女は他の魔術師に消されます。そうしたら、きっと皆が助かる。』
『他の魔術師?』
『ええ。私には、どうしてそうなるのか迄は解らないのです。でも。貴方が居合わせたら、きっと、クランガルドにいた魔術師が後から来る。魔女は背中から杖で貫かれて消えるでしょう。』
『クランガルドにいた魔術師が魔女を殺す?』
『多分・・・。私の夢見は可能性。ここ数日、何度も魔女の殺戮の夢を見ていました。さっき、初めて違う夢をみたのです。本当は、殺戮が行われる可能性が高い。でも、そうなれば誰も生き残れない。・・・地獄が待っている。』
『僕が行くと、変わると?』
『はい。可能性の一つではありますが。』
『行かなかったら、夜会の人は死ぬんだね?』
『ええ。』
『わかった。行くよ。大丈夫、ちゃんと戻ってくる。』
抱きしめられる手に少し、力が入る。
『・・・タリス。お願いです。時間が無い。でも、今のあなたの力では多分、魔女に勝てない。貴方についている始祖精霊を起こしてください。』
『始祖精霊?』
『はい。クランガルドの当主とクランチャードの当主には、祖となった者の思念が精霊と結びついて始祖精霊と呼ばれるものが守護につくのです。普通は、当主を受け継ぐ際に始祖精霊と直接契約を結ぶもの。でも、貴方様は違う。多分、生まれてすぐに血筋があなただけになったから、寄り添ってあなたを守っていても、力は貸してくれていない。起こして、契約を結ぶ事で、飛躍的に魔力も扱える魔術も強くなるはずです。』
身体を離されてのぞき込まれる。
『どうやれば?』
『何も。貴方が願えば出てきます。』
『本当に?』
『ええ。始祖様は常に当主の傍におりますもの。』
『では、出てこいと念じればよいと?』
頷いた私に、タリスが黙り込む。
グラリと大地が揺れたような錯覚。強い存在感。
『そう力まずとも、良いものを。』
不意に現れた精霊にタリスが驚愕の表情を浮かべる。その姿は空気に溶けるように薄い。
『そなたが母親の腹にいた時から共にあるのだ。今代よ。』
『知らなかった・・・。』
『そうさな。そなたの父ですら、知らず、我に其方を頼んだのだ。』
『父が頼んだ?』
『そもそも、クランチャードがそなた一人となった時点で我が其方を守るのは当然の事。其方の父は我の存在理由すら、我を使役する術も知らぬまま逝った。其方の父が願ったのは、そなたとそなたの母の守護。』
『・・・そう。』
『クランガルドの夢見よ。主に我の存在を伝えた事、感謝しよう。呼ばれねば、出る事とて叶わぬでな。』
始祖精霊の言葉に、私は頷く。
『始祖様。タリス様に力をお貸し下さいませ。』
『しかしのぅ。まだ、我は使いこなせまい。』
私の願いに、始祖精霊はあまり色よい返事を返さない。
『西の魔術師が来るのです。始祖様のお力を使わずとて、タリス様の力の解放をお手伝いくださるだけで、勝てましょう。お願いでございます。どうか。』
始祖の精霊はクランガルド、クランチャード共に存在するが、その力の強さから非常にプライドが高い。主以外の願いを聞くことは少ない。
『我は常に主と共にある。』
『感謝致します。』
どうやら、主の命を守る事に関する為に譲歩されたのだろう。充分だ。これで、始祖精霊の守護が表に出れば命の危機は免れるはずだ。
『滑稽だな。奴らは会場に魔封じの結界を張っただけで満足しているようだぞ。』
帝国の魔術師達は、夏の暑い風の中、生地が厚めのフードをかぶり、王都の屋根の上から王城を眺めていた。
まあ、魔力で気温の調整など容易いため、変更の必要すら感じないのだろう。
『うふふ。私から行くわあ。』
西の魔女が妖艶な笑みを浮かべる。
『・・・ほう。』
『だって。子供ばかりよ?』
『へえ。じゃあ、行って来たら?』
『うふふ。でも、もっと増えるのでしょう?ちゃあんと、みんな揃ってから、仲良く、ね。』
『俺が行きたかったな。』
『いやあよ。こんな楽しい事、譲らないわ。やりたいなら、私を殺してからお行きなさい。』
『おっかねえ。譲るよ。』
『馬鹿ねぇ。私に意見をするなんて。』
そう言って魔女が笑った瞬間、魔術師の男は肉塊と化していた。
ビークは表情を変えずに見ていた。
もう、沢山だ。だが、この魔女。強すぎる。
9人となった魔術師達。
『では、夜会で会えばいいだろう。西の。其方が満足したら王城を出るといい。それまで、手は出さずに様子を見よう。』
『ええ。それでよくってよ。賢い子は大好き。』
魔女の赤い口紅がひどく目につく。
皆が、次々に転移して消えてゆく。
一瞬にして肉と化した魔術師を一瞥して、ビークも消えた。
移動したのは、王城が見える教会の鐘楼の上。
街のざわめきが聞こえる。
祈りの場。
こんなに地理的に離れているのに、西大陸も東大陸もラトル教を崇めている。
若干の教義の解釈の違いはあるとの事だが。特段、変わりない。
もし、救いがあるとすれば、今日の襲撃が組織的に行われなかった事だ。やる気が無いと思われてもいけないので、どうせ意見など通らないとわかっていて、筆頭魔術師の無計画を指摘した。だが、やはり、そのままだった。
自分を除いた8人。
西の魔女の力をそぐには、あの筆頭魔術師が持っている破理の杖が欲しい。
破理の杖。理を破ると書くその杖は、シガールの秘宝だったが、今回、筆頭魔術師に貸し出されている。全ての理を暴くもの。
予想だが、あの杖を使えば、異常な状態の魔女の理を破壊出来る。この状況で杖が貸し出されたのは偶然なのか。それとも必然か。
多分、方法はそれしかない。
筆頭魔術師から杖を奪い、他の戦闘狂2人も手を下さねばなるまい。それから西の魔女だ。
他のクランガルド出身の魔術師はどう出るだろう。
今まで、皆、必要最低限しか話していない。 何を考えているのか解らない。
そう考える中、徐々に日が沈んでゆく。
夜会が始まる。
しばらくして、西の魔女が城内に入ったのを感じる。それでは。自分も動くしかない。
沈みゆく夕日を見つめて、転移する。
筆頭魔術師の元へ。
転移直後に、油断していた魔術師を風の刃で破砕する。
油断し過ぎだ。あっという間に片が付いてしまったことに驚きつつ、破理の杖を手にする。
その瞬間、他の魔術師達が異常を感知して、一斉に集まった。
ここからは、消耗戦か。
そう覚悟するが、急がなくては間に合わなくなる。
帝国の上位魔術師は複合属性の者しかいない。だが、風属性は必須だ。空に逃げられないと戦闘では攻撃を回避できない。
そして、空中戦になった場合、水や炎は命中率が悪く、使い勝手が悪い。光は軌跡が目立つので、よほど弱い相手にしか使用できないし、深夜でなければ、また、闇の属性も目立ちすぎる。土は地から遠くて論外。そうなると、風魔法で戦う一択になる。
残された戦闘狂の2人が笑って一斉に襲い掛かってくる。
ただ、こいつらは戦いたいだけか。
きっと、仲間などとは思っていまい。
流石に、2対1は辛い。
避けても避けきれなかった風の刃で全身の皮膚が切られる。
痛みというより、熱い。
興奮で感覚が異常なのだろう。
その時、少し様子を見ていたクランガルド出身の魔術師の1人が動いた。
背後から切られ、1人が地に落ちてゆく。
『行け。』
そう言われた。
神経を研ぎ澄ませて王城の中を見る。
西の魔女の魔力は強く、探すのはたやすい。
ただ、転移するのは背後でないといけない。
転移した瞬間、破理の杖を魔女に突き立てた。
『お前・・・。』
魔女が振り返る。
呪詛をかけられる前に、渾身の魔力を杖に注ぎ込む。
破理の杖から出る魔力に魔女の理が破壊され、空気に溶けるように、その存在が消滅した。
消滅を確認したと同時に魔力が底をつき、ビークは意識を失った。




