夜会の狂乱
まだまだ日はあると思っていたのに、思いのほか、あっという間に夜会の日になる。
レイローズが作っていた刺繍入りショールが出来たのは夜会前日。刺繍の専門師に指導を受け、細かい修正をして何とか間に合わせた状態だった。
ここ最近は、リレイラから帰ってから奴隷船から保護した少女の世話をしていた。ホバルの貴族家の娘とわかったのだが、軍部派だったらしく、すでに家は取り潰されて両親は処刑されて縁者も散っていた。帰すこともできず、本人もショックで記憶が無い状態だったため、メイアと名付けてグラート家で面倒を見る事になった。
客人であるクランガルドのサクヤ嬢は疲労が原因なのか?魔力の制御が出来ないと臥せってしまったため、時折、彼女を見舞ったり、屋敷の仕事をしたり、お義母様のお茶会に呼ばれて出席したりと、日々があっという間に過ぎていた。
夜会の日。夕刻。
王城内の特別室にて、ラデン家のマルル様と落ち合う。
結婚時のパーティーに来てもらって挨拶はしたが、ほとんど話した事は無い。
スラリとした長身で、カイウス様の髪の色、緋色のドレスを纏うマルル様は、女性の憧れだ。可愛いだけではない、カッコよくて強い女性だから。
凛として立ち、時折、ふわりと微笑まれるだけで、いわゆる、ファンの女性達はキャーキャー言う。
2人きりで話すなど、初めてなので緊張する。何しろ、リオンがカイウス様と話され、私の警護も兼ねてマルル様と一緒にいるようにと言われているのだ。
「こんにちは、レイローズ様。」
優しく微笑まれるマルル様の凛とした立ち姿に、思わず見とれる。
あ。駄目だ駄目だ。ちゃんと挨拶しなくては。
「こんにちは、マルル様。お久しぶりでございます。本日はよろしくお願い致します。」
「ええ。レイローズ様、綺麗になられましたね。今日の装いも素敵です。」
すごい。マルル様に褒められてしまった。
「ありがとうございます。まだまだ未熟ではありますが、努力している所です。」
「ふふ。でも、虹の姫君の噂は聞きました。リレイラでは随分、グラート様を支えられたとか。」
・・・予想していたけれど、直球すぎて、どうしよう。
「でも、まだまだ、足りません。」
「そうねぇ。私も、まだまだだから、よくわかるわ。」
「まあ、マルル様でもそう思われるのです?とても美しくて、完璧に見えますのに。」
少し、驚く。
「ああ。私、元々、そんなに社交は上手では無いのですよ。黙って立っているだけの方がよほど良いのです。私は皆様に合わせているだけで。どうしてか、黙って立っていると凛々しい印象を受けられるようですね。」
そう言って、クスリと笑うマルル様。
皆がキャーって言うのがわかる。この時折見せられる気さくな感じが、人を更に惹きつける。
「レイローズ様。夜会中は、必ず一緒に行動しますよ。遠慮はなさらず。よろしいですね。」
そう真剣に言われ、頷く。
リオンからも聞いている、帝国の不穏な動き。
何かあるかもしれないと。
会場に魔力封じの術を施すなど前代未聞だ。相当な反発があったようだが、「方針に同意しないなら、自分の身は自分で守れ。グラートは夜会を欠席する。」と王を始めとする貴族達に言い放ったリオンの一言で、反対の声が止んだという。
事実、王宮魔術師より、リオンの方が魔力は上らしく。リオンにボイコットされたら、警備は成り立たないのだろう。
リオンがいつも以上にピリピリしているのがわかる。
きっと、このマルル様の真剣さも、帝国への心配から来ている。
夜会が、始まる。
控室に迎えに来たリオンにエスコートされ、会場入りする。
特別、何事も無く、進む夜会。
いつものように挨拶をして話をする。
私のお披露目も兼ねているとの事もあって、 私の周りには人がひっきりなしに集まってくる。
しかも、リレイラの虹の姫君の噂つき。正直、疲れる。同じことをなんど繰り返して話しただろう。夏の夜会で薄手の刺繍入りショールを纏っているのは私だけで、その事についても女性の食いつきはいい。褒めてもらえるのは嬉しいけれど、正直、もう飽きた。
私の隣で、マルル様が見守ってくださっている。これって、私をネタにマルル様に寄ってきているだけじゃないか?と思ってしまう。 うん、絶対、何人かはマルル様と話したいだけだ。
精霊が見える事は、しらばっくれろとリオンに言われている。
私が「偶然が重なって、話が大きくなってしまったのですわ。」と話して、マルル様が「そう思うくらい、レイローズ様が魅力的だから、仕方ないわ。」という会話を何度した事か。
そんな、あらあら、うふふ。という社交を交わし、しばらく経った頃の事だった。
何の音もなく、封魔の結界が崩れ落ちたのだ。
ほとんどの貴族が魔力持ちだ。今まで、抑圧されていた魔力が一気に抑えがなくなる。
会場は、それまでの賑いを忘れてしまったかのように、一瞬、静まり返った。
ざわりと動揺が広がる中、王の直前に、出現した強い魔力。
茶色の長い髪の、美しい女性が立っていた。
同時に感じる非常に強い違和感。いびつな魔力。寒気がするほどの何か。
『ごきげんよう、皆様。』
その言霊だけで、昏倒する者が数名。
怖い。
何なんだ一体。その存在が、イレギュラーだと、早く逃げろと動物的な勘が強く働く。だが、その異質な恐ろしさに身体が動かない。
さすが、というか。
マルル様がスッと立って、私を隠すように前に立たれる。
駄目だ。マルル様は私の警護と言われていたけれど、あれは駄目だと、本能が告げる。
マルル様だって、同じ侯爵家の奥様だ。
守られているばかりではいけない。そう思うのに、動けない。身体が恐怖ですくんでしまって立つことすらできない。
『良い、夜でございますわね。』
鈴を転がすような美しい声。
「何者だ。」
王の横に控えていたカイウス様が声をかける。リオンは私の居場所に近いが、魔術師に近い。
『はじめまして。私、西の魔術師でクーリウと申しますの。そして、皆様、さようなら。』
誰もが動けずにいた。
その瞬間、大きな魔力を感じ、魔力の圧でほとんどの貴族が意識を失った。多重結界に守られていた王ですら結界の消滅と共に意識を消失する。屈強な騎士や魔術師ですら昏倒し、かろうじて数名が蒼白になって、立ち尽くしている。
その時、不意に魔力の圧が弱まる。
やっと、身体が動いた。
『うふふ。どなたが私と遊んでくださる方かしら?一瞬で終わると思っていましたのに。楽しませてくださいませ?』
女の言葉が静まり返った会場内に響く。
魔力の圧が消えたのは、西の魔術師の圧力が無効化されたという事だろうか?
陰の衣装を着て女の前に現れたのは、陰の衣装で顔がわからないようになっているが、間違いなく、タリスさんだった。
『あらあ。はじめまして。遊びましょう?』
場に不釣り合いな言い回し。
女はその茶色の美しい巻き毛を指でクルクルと触りながら、タリスの方を見もせずに言った。
魔力が爆発する。その、予兆。
血の気が引いて、危ないと思ったその瞬間、私とマルル様の周りに水が張った。
ああ。これが水の精霊の守りか?
そう思ったが、余計、女の目を引いてしまったらしい。
『あら面白いわ。あなた。先に殺してあげる。』
女が私を見て言う。
嫌だ。怖い。怖い。助けてリオン。
風の魔法で移動して、リオンが私の前に立つ。
『貴方も早く死にたいの?』
リオンを見てうふふと笑うその姿は、壮絶なまでの美貌で、女が動いた、と思ったその瞬間、魔力の強い圧を感じる。
タリスさんだ。
『邪魔しないで?後からちゃあんと、相手をしてあげるから。』
魔術師の戦いだ。
力量があるから、直接戦わないだけで、ものすごい量の魔力圧で会場の物という物が吹き飛ぶ。
飛ばされた物に潰されている人がいるが、今はどうしようもない。
女がカツ、カツとヒールの音を立ててこちらに向かって来る。逃げなければ、殺されてしまう。
やめて。
来ないで。
リオンも、マルル様も、私の大事な人達を傷つけないで!!
そう思った時、女の動きが不意に止まる。
一瞬の出来事で、何が起きたのか理解できなかった。
女が崩れ落ちて膝をつく。
腹から、赤を纏った杖が突き抜けている。
杖の先から滴り落ちる赤。
ぽたり、ぽたりと床に染みをつくっていく。
『お前・・・。』
女が憤怒の表情で振り返る。
そこには、血にまみれた一人の男。
強い魔力が女を跡形もなく消滅させ、床に赤い染みだけが残った。
音のない会場に、ドサリと、男が倒れる音が響いた。




