精霊の解放
「・・・じゃあ、考えますか。」
そう言ったタリスに、リオンが言う。
「朝までしか時間は無いぞ。」
「んー。停電にしちゃったのが何か呪を弱める原因になっているのかな?あれから徐々に力が上がったから。」
「市街地用の電源も切ってみるか?」
「えー。町の人が可哀そうだけど。」
「もう、夜半だ。そうそう困るまい。一時的に電源が落ちれば、街に注目が行く。裏の警備も自然、手薄になるほかあるまい。」
「そうだね。」
「じゃあ、まず、電源落として。それから街で陽動作戦して。裏に乗り込んで。楔解呪してみる。」
タリスが言い、リオンが頷く。
「ルーク。どうせラナスはもう寝ているだろう。仕事だと叩き起こして来い。」
「は。」
リオンの指示にルークが船内に戻っていく。
「えーと。私は?」
恐る恐る、リオンに尋ねてみる。
「一緒に行きましょうね。貴女は本当に何をしでかすかわかりませんから。」
あっ。すみません。怒ってるんですね。本当にすみません。
「リオンー。余裕が無い男は嫌われるよ。」
タリスの突っ込み。
「悪かったな。」
「ん。レイちゃん、多分、ルークを上手く使ったんだろうけど、最速で戻って来ただろう?助かったよ。3人そろって消えた後のリオンの焦りっぷりを見せてあげたかったなあ。」
「タリスうるさい。」
「あははー。だって、多分、レイちゃん達がいたの、完全に精霊の縄張りで、この世と隔絶されていたから手の出しようがなくってさ。そう言ったらリオンが怒って。僕、どうしようかと思ったよー。」
ふふふと笑うタリス。
「お前だって、真っ青だったじゃないか。」
「いやあ。大精霊なんて、初めて見たし。」
「え?見えたの?」
驚いて尋ねる。
「うん。手を出せる訳がないよ。」
ニコニコと笑う。
「どうか、簡単な呪でありますように。」
呟いたタリス。
「ああ。そういえば、よくわからない事を言われたわ。調停者の力が弱まって、大気の魔力が混乱していたから捕まってしまった、みたいな。」
私の言葉にタリスが考え込む。
「調停者・・・?大気の魔力の混乱?」
「ええ。何の事だかわからないけれど。」
「そうか。何となく。呪が解けるかどうかは見てみないとわからないけれど、原因はわかった気がする。多分、僕の予想ではこれだけ精霊の力が出てきているから、呪そのものが綻び始めていると思うんだけどね。」
そう言って、王城の方を見るタリス。
眠そうな目でラナスさんがやって来た。
「仕事って何するの?」
「陽動作戦要員な。」
タリスさんが言う。
「この時間から?」
「この時間だから。」
「何でそうなった。ちゃんと話せ。あと、リオン。嫁と子供を置いてきた俺の前でイチャイチャすんな。」
・・・そういえば、ずっと後ろから抱きしめられたままだった。
で、離さないんですね。そうですか。タリスさんは平気なんですね。わかりました。
「奴隷船で保護した子供が精霊に攫われた。同時に一時的にレイローズとルークが巻き込まれた。精霊を解放して子供を取り返す。目的の精霊は王城裏手の崖。準備ができ次第、市街地の電源を一時的に魔力介入で止める。陽動組が同時に市街地で騒ぎを起こす。王城の警備が薄くなった状態で裏手に乗り込み、精霊を解放する。」
「了解。陽動はなんでもいいんだろ?」
ラナスが確認する。
「ああ。人命に被害が及ばなければいい。」
「合図は電源落ちと同時でいいな?」
「かまわん。」
リオンの返事に、ラナスが頷く。
「皆、着替えないといけないだろ。20分後作戦開始でいいか?」
ラナスが尋ねる。
「ああ。では、20分後にここで。」
20分?着替えるのに??間に合うかな、私。
自室に戻ると、リオンはさっさと着替えだした。
えーっと。私は何を着よう。
「乗馬服を持ってきていたでしょう。あれを着なさい。」
リオンに言われる。
「わかりましたわ。」
もたもたとドレスの飾りを外していたら、着替え終わったリオンが来て、ヒュッと後ろの紐を外される。旦那様にお着替えの手伝いさせるなんて、なんて恥ずかしい。かあっと、自分が真っ赤になっている自覚がある。
「ローズ。そんな顔をされたら襲いたくなります。」
耳元で囁かれる低い声で、こっちが困る。
「あの。時間が・・・。」
「そうですね。帰りは覚えておきなさい。」
するりとドレスを脱がされる。
「ありがとうございます。」
もう。恥ずかしいばかりだ。それもこれも、外交衣装のゴテゴテしたドレスが悪いっ。今度作る時は、絶対に軽くて着脱しやすいものにする!!
乗馬服は自分で更衣できるので、慌てて着る。その間に、リオンがお水を持ってきてくれる。
「少しでいいから、飲んでおきなさい。」
「はい。」
髪は後ろでひとくくりにして、マントはリオンに借りる。丈が長い。踏みそう。
集合ギリギリに甲板に出た。
「遠隔で止めれるか?」リオンの問いに、タリスが頷く。「ああ。消すよ?」
街灯や家の灯が消える。
陽動組はラナスとハイアード家の者2人。たった3人で大丈夫なのだろうか。
「送ろう。どこがいい?」
タリスの言葉に
「噴水広場近くの裏路地。」
とラナスが答える。
フッと3人が消える。
夜半だからか、特に大きく変わる事はない。そう思ったその時、暗い街で悲鳴があがったのが聞こえた。
悲鳴。ちょっと心配になる。が、理由はすぐにわかった。高い水柱が上がったのが船から見えた。
「あの噴水、きれいだったのにな~。それに、どうやったらあんなに派手に壊れるかな?」
タリスが言う。
「そう思うなら、後で直してやったらどうだ?」
「んーでも、水、枯渇するんでしょ?生活用水が先だよね。精霊がいなくなったら、あれはもう、止めた方がいいよね。」
「まあな。」
「リオン、王城から人が動く。そろそろ行けるよ。」
「ルーク、用意は?」
「いつでも。」
リオンが頷く。
「タイミングは任せる。」
「了解。」
しばらく、王城の方を見ていたタリスがこちらを向いて、「行くよ」と言った。
一瞬で景色が変わる。
リオンが黙って頷くと。ルークが音もなく走り出す。前方から衣擦れのような音がして止んだ。
リオンと、私とタリスさんと。3人で後を続く。
警備の人が意識を失って数人倒れている。おそるおそる横を通り、裏の草が無造作に生える崖に来る。
モニュメントのように突き刺さる1メートルほどの白い石。石の表面に水色に光る文字が浮かぶ。これが。精霊が話していた楔。
タリスが楔の周りを一周してため息をつく。
「できるかなあ。独学で。こんな事したことないんだけどなあ。」
そう言いながら、石柱の前に座る。
タリスが手をかざすと、石の表面の文字が輝く。
〖ほお。まさか調停者を連れてくるとは思わなんだ〗
石から声がする。調停者って、タリスさん??
〖調停者ならば、たやすかろう。古よりの盟約に従い、我を解放せよ〗
「ああ。そうしたいんだけれどね。僕は何分、力不足で。手伝ってくれるかな?島は、壊したくないんだ。」
〖よかろう〗
タリスさんが手をかざしたまま、呪を唱える。
3分ほどだったか。
でも、いつ王城の兵から気が付かれたりしないか、ドキドキしながら見ていた。リオンは私の後ろに立っている。私の不安を知っているかのように。
石柱から、輝いていた文字がフッと消える。
〖礼を言おう、調停者よ〗
「ああ。でも、城の人間に気づかれたくないんだ。船に戻っても?」
〖よかろう〗
フッと船の甲板、船首に立っていた。
「よかった。」
ぽつりとタリスが言う。
―ほほ。そんなに大きな力を持ちながら、力不足はなかろう。そなたは経験が足りぬのじゃな―
急に声がする。
頭の中に響くようなその声は、もう、異質でもなく。
ゆるりと水が持ち上げられて海上に具現したのは、まるでこの世のものにはありえない美しさの精霊で。息をのむ。
眠ったままの少女がシャボン玉のように包まれていた膜から降ろされ、ルークスタッドが抱き上げる。
―礼を言おう。娘。欲のない娘じゃったな。そうじゃの。人を傷つける力を持たぬ娘よ。我の眷属は其方を守ろう。対価はそれでよいかの?-
「ええ。ありがとう。助かるわ。あと、この子も返してくれてありがとう。」
―我が使おうと思っておったしな。少し整えておいてやったぞ。さて、調停者よ。我の解放は其方の役目の一環なれど、何か申す事があるか?―
「ああ。水の大精霊よ。あなたがいなくなれば、この島の水はいずれ枯渇するのだろう。さすがに、それでは島の命が尽きてしまう。動植物と、人が普通に生活できる程度に水源を残してくれないか?」
―調停者らしいの。よかろう。我は去るが、眷属には申し伝えよう。それより、そなた、もうちょっと力を使わぬか。まだ、大気の魔素が薄すぎる。経験不足で出来ぬというのであれば、西の調停者に協力を求めるとよい。そうじゃの。西に行くときに伝えておこうぞ―
そう言うと、水は力を失い、パシャリと海面に落ちた。
海のさざ波が戻る。
皆、無言で海面を眺める。
「ごめん、まだ僕の中でもはっきりしなくて。説明できない。」
海を見ながら。タリスが言う。その声には、かすかに動揺がみられて。
「構わん。それより、電源を復旧してラナスが壊した噴水を止めてやれ。水の無駄だ。」
静かにリオンが言う。
「そうだね。」
振り返らずにタリスが言う。
町に灯がともり始める。船から見えていた水柱が弱まり、見えなくなった。
「なーんだ。もう終わったのか?早かったのな。」
桟橋を歩いて、ラナスさんが戻ってくる。
「ああ。任務完了。」
そう言ったタリスさんの声はいつもの口調で。
ラナスさんは
「朝までもうひと眠りするぞー。」
って言いながら、さっさと船内に戻って行った。
「君も寝ろよ。」
リオンがタリスに声をかける。
「ああ。」
そう返事をしながら、また暗い海を見るタリス。
「結界を張ってさっさと船内に戻れ。」
もう一度、リオンが言う。
タリスがクスリと笑って、すれ違いざま、リオンの肩をポンと叩いて船内に戻って行った。
「ルーク。その子供、朝までお前の部屋で見ておけ。」
「は。」
少女を抱いたまま、ルークスタッドが船内に入る。
それに続くように、背中を押され、船内の自室に戻る。
着替えると、急激に眠気が襲ってきて、リオンと一緒にベッドに横になる。
「朝は起きなくていいですよ。」
リオンの声を聞きながら、あっという間に私は意識を手放したのだった。




