リレイラとの交渉
「リオン。クランガルドのサクヤって、知っているか?」
もうしばらくしたら着岸できると連絡が入った後、しばらくしてタリスが来て部屋に結界を張り、開口一番にそう尋ねた。
「帝国の魔術で有名な貴族の末娘か。」
リオンが答える。サクヤ?何だか、日本っぽい名前。
「有名なのか?」
「いや、表には出てこないが、異能持ちだと聞いている。」
「異能?」
「魔術は使えないが、過去や未来を見るという話だ。」
「未来・・・。」
考え込むタリス。
「何があった?」
「さっきまで、リレイラを散歩していたら、そう名乗る女性に会った。」
「クランガルドが来ている?」
リオンも考え込む。
「ああ。目的ははっきりしないが。本人が言うには、目が見えなくなる前に旅行に来たという言い方だった。」
「ふうん。目的は君かもしれないな。」
リオンが事も無げに言う。
「何で僕?」
「クランンチャード、クランガルド、祖は一緒だという文献を読んだ気がする。」
「何だって?」
「何か、他に言われた事は?」
「・・・赤い花と白い花を一緒に燃やすなと言われた。」
「ずいぶんとあいまいなようで具体的だな。」
「ああ。悪意は感じなかった。」
「そうか。」
2人して考え込むのを見ていた。
「サクヤって聞いたら、コノハナサクヤ姫を思い出したわ。」
私がぽつりと話した言葉にリオンが答える。
「ああ。古事記や日本書紀か。」
「それは、何?」
転生者ではないタリスにはわからない。
「私達が生きていた前の世の神話に出てくる姫の名だ。」
リオンの答えに、考え込むタリス。
「クランガルドはある程度年齢が上がってから正式な名をつけるのではなかったか?そうだとすると、サクヤが時の旅人であるか、その周囲に時の旅人がいる。もしくは、本人が異能で何かを見た、というところか。」
続けて説明されるが。一体、どんな人なんだろう。
「その、サクヤ姫って、どんな神話の姫なんだい?」
「そうだな。どこから話すか。」
リオンが珍しく考える。
「美しいコノハナサクヤ姫が妹で、醜いイワナガ姫が姉で。2人同時に同じ神様に嫁ぐのだけれど、醜い姉は送り返されて、妹とだけ結婚する。妹は美しさがあるが木の花の姫だから短命となるという話だったような・・・。」
私の説明に、リオンが頷く。
「大筋はあっているが、短命になるのは結婚した相手との子孫だという話だったな。」
「そうだったかしら?」
「その子孫が天皇家という話なんだよ。」
「ああそうだったわ。思い出した。よく覚えてるわね。すごいわ。」
ずいぶん昔の記憶など曖昧である。漢字など思い出せない。
「短命か・・・。」
タリスがため息をつく。
「何か気になることが?」
リオンの問いに、タリスが頷く。
「何だか、笑っていても、笑っていないような。寂しげな感じがして。もし、未来が見えるというのなら、目が見えなくなった後は何が見えているのか。」
「未来を見るなんて、ぞっとするわ。人生、良い事だけでは絶対に無いもの。悪い事も先に知ったら、怖くてたまらないでしょうね。それに・・・。普通、未来って、どうするかで変わる気がするのだけれど。沢山の可能性のある未来を見るのかしら?それとも、変更の出来ない確定した未来を見るのかしら?」
「どちらだろうな?なぜ予言めいたものをタリスに伝えたのか?わからないことが多すぎる。」
3人で考え込んでも、答えは出ない。
「夢の花は白だったわ。」
ふと。思いついた私の言葉に、リオンが顔を顰める。
「ええ。そして、まだ公表していませんが、夜会で意識を昏倒させる原因になったリレイラ原産のつる草の花弁は赤だった。」
「そうなんですの?」
「ああ。」
「気をつける以外、なさそうだね。」
タリスも大きくため息をつく。
「追跡していた女は把握できたのか?」
リオンの質問にタリスは首を振る。
「それがねぇ。消えたんだよね。」
「消えたとは?」
「リレイラの王城まで戻ったのは確かなんだ。でも、精霊がそれ以上教えてくれないんだ。だから、何かあるんだろうけど。」
「そうか。行って何かつかめればいいんだが。」
船が接岸し、リレイラの出迎えを受ける。
まるで、祭りのような賑わい。これは南国特有の国民の気質なのだろうか。それとも、国による演出なのだろうか?などと少し意地悪な考えをしながら、笑顔で手を振って馬車に乗り込んだ。リオンと私、タリス、ルークスタッドとラナスと私つきの女性騎士リンゼイ6人で向かう。
白亜の城までは馬車で10分。小さな小島なので、そんなにかからないのだ。
城といっても、過去にイメージする洋風の城でもなく、タージマハルのような形の小さめの城が断崖にそびえるように建っている。
だが、ここは異世界。衣装は開放的で、胸も空き、スカートの丈も短く。同じ女性でも目のやり場に困るほど。先ほどから、城内の女性達がやたらと熱い視線をよこしていると思うのだけれど。
チラリとリオンを見ると、表情一つ変えない。
タリスさんはいつも笑っている感じなので、これまた、感情が読めない。
こんなに露出の多い衣装でうろつかれて、デレデレしたりしないのかしら?
まずは食事をしながらと、王族との挨拶もそこそこに宴会が始まる。
どうやら、食事は大きなクッションに座って食べる作法らしい。ナイフやフォークなどを使わないから、手づかみでいいが、どちらの手でも構わないと事前に調べている。
リオンの目の前の給仕は若い女性。しかも、美人。
私の前には、見目の良い男性。
あからさますぎて嫌だ。
もやもやした気持ちのままリオンを見ていると、リオンと目があい、優しく笑う。
このもやもやが伝わってしまったのかしら。ちょっと恥ずかしい。
「本当に、よく来ていただけました。リレイラはロイメールを歓迎致します。」
褐色の肌の大柄な王が話す。
「盛大な歓待に感謝します。」
さっきと違い、リオンの笑みは堅い。
あえて使い分けているのかな。
リレイラの妃殿下と王女が紹介される。
王女は私より4つほど年下だったはずだ。年下だけど、随分発育がよろしく南国美人だ。
宴会が始まって、王女に私の反対のリオンの横に陣取られてイラっとするが、笑顔を絶やしてはいけない。
とってもストレスだわ。
リオンが仕事モード笑顔じゃなかったら、ひっぱたいてやるところだわ。
クッションとクッションが遠すぎて、向こうとの会話はここまで聞こえない。
女性達が目の前で扇情的に踊ったりするのを黙って見ていた。正直、食べ物も口に合わないんだけど。多少は口にしないと失礼にあたるから、我慢して食べる。
急に出てきた女性と男性のペアは剣舞をするようだ。
流れるような動きで美しいなと思っていたら、私とリオンの中心、少し手前にスッとルークスタッドが座る。リンゼイも私のすぐ近くに寄っている。
剣舞が終わると何事もなかったように下がるルークスタッド。リンゼイも静かに下がる。2人とも自然な動きで護衛をされて感心する。所作が美しいので、表に出ても場の空気を壊さない。
特段、これと言って何もなく宴会は終わった。
その後、政治的な交渉をするのだと別室で座って会話する。
やはり、ここでもクッションに座る形式。
そこで、湾岸整備に伴う資金援助と湾岸使用権などが再確認されていく。
少し、遠くて聞こえないが、まあ、そんなところだ。
話が変わり、王女との縁談をと言う話になったが、リオンは王女を第3王子に頂きたいなどと言い出した。
それは・・・。一人娘をもらうとか、属国になれと同義では?
黙って見ていると、王が立腹ぎみだ。
そこで、私にとって、大問題発言をしてくれたのは、王女だった。
「まあ。私、貴方がいいですわ。貴方様がこの国に来て頂いて、この地を治めていただけませんか?」
いきなりリオンに歩み寄り、その胸をリオンの腕に押しつけようとした。
私がイラッとして立ち上がった瞬間。
リオンは無表情で動かなかったが、急にビシッと音がして、悲鳴と共に王女が跳ね返される。
その瞬間、照明が落ち、室内が暗くなる。
タリスがふわりと魔道照明を出し、数個の灯が室内に浮く。
「失礼。私には魔法防御が張ってある。急に抱き着くのは王女といえどいささか失礼ではありませんか?それに、私は既婚者だとご存知のはずだ。この国の王女がそんなに慎みの無い方だとは知りませんでした。リレイラ王、王女と我が国の王子との婚姻を前提とした湾岸整備の援助だった。だが、王女はその事実すら知らないと言うのか?全く、随分な態度ですな。第3王子との婚姻の話は無かった事に。それから、婚姻の消失に伴い、契約どおり、湾岸事業の撤回を申し入れます。」
薄闇の中、淡々と話すリオン。
「何を・・・。」
と、王が絶句している。
「それから、いつになったらこの照明は復旧するのです?たかだか、ブレスレットの魔道具が発動した程度で故障してしまうのですか?」
リオンの言葉は冷たい。
「照明など、すぐに復旧するものと思っていましたが。その程度の管理能力ですか。それでは、我が国との交渉は決裂したようだ。ロイメールはリレイラ事業から撤退致します。それに伴う利権も引き上げますので、早急に用意されるよう、申し入れます。」
リオンが立ち上がり、私の手を引く。
「待て。待ってくれ。それは我が国としても困る。」
「ロイメールは困りません。ホバルの軍政が終結した後、ホバルの湾岸使用権を得る事はすでに確約しております。何か、勘違いしておられるようだ。元々、リレイラとの取引はこちらが依頼したわけでは無い事をお忘れか?我が国の1領主程度の国力で、技術も無い国になぜ我々が首を垂れるとお思いになったのか、そのおめでたい頭の中を見せていただきたいですね。」
冷たく言い放ったリオンの言葉。
その時、視界の隅に王女が白い何かを持っているのが見えた。
アッと、思った時には、タリスの結界が発動して、ロイメール側を囲んでいる。
同時にフワリと火が上がったが、一瞬で消えた。
結界外の使用人達が、ゴホゴホと咳き込み、苦悶の表情を浮かべる。
私からはよく見えなかったけれど、赤と白の花を燃やすなって・・・、これ?
タリスが嫌そうな表情で手を払うと、バサバサとカーテンが揺れる。風を通したのだろう。
「無礼なだけではなく、ロイメールの宰相一行を弑しようなど。大した王女でいらっしゃる。しかも、自国民が巻き添えになって苦しむ事も是とされる王女ですか。」
よく響くタリスの声。
王族の3人には耐性があるのか、苦しむ様子は無い。使用人達は、いまだ、苦しんでいるというのに。
「申し訳ありません。娘の不祥事は、私が。」
王が顔を歪めて膝をつく。
「謝罪など要らぬ。つぶれてしまえ。」
リオンに言い放たれた言葉を聞いて、王女が昏倒した。
何なのよ?倒れるなんてっ。私に喧嘩売ったのに、最後まで根性見せなさいよ!
そう思いながら、倒れた王女を見る。一体、どんな風に育てたらこんなワガママになるのよ!
「どうか。」
なおも言い募る王。
「そうまで言うならば再度、明日朝、交渉しよう。ただし、我が国から一切の譲歩は無いと思え。その王女も我が国には不要だ。」
冷たい、強い威圧感。こんなリオン始めて見た。
「船に帰還する。」
タリスが頷いて、魔力を、感じる。
リオンに抱き寄せられると同時にタリスの魔術で一瞬で船に転移したのだった。




