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今井君は疲れている。  作者: なわたり
3/3

2.君は堕ちてる。僕も堕ちてる。

どうもなわたりです。

少しでもこの物語を読んでくれた方がいて本当に嬉しいです。。このサイトの使い方が未だに理解できてないので、何かアドバイスなどありましたら、是非お願いします。

今回も今井君はまだ出てこず、お姉さんのお話になります。お楽しみください。

――少し回想 

宮田ソノカ。これが僕の姉の名だ。

 

 姉の生態を一言で表すなら、ナマケモノが一番近いと思う。一日中ほとんど動かず木の上で過ごすあれだ。

 彼女の場合は、一日中二階の自室に閉じこもってる。朝も昼も夜も、トイレと食事以外で彼女は自室から顔を出すことは無い。控え目に、ビブラートを何重に包んでいえば在宅勤務。実態は、現代で言うとこの引きこもりである。

 

 彼女が何故このような生活を送るようになったか、表面的には知っている。しかしそれは、僕たちが同じ屋根の下で共に暮らし始めた8年前からの情報を用いて考察したことであって、それ以前の彼女を知らない僕が宮田ソノカという人間が抱えている問題を勝手に形作るのは筋違いだとも思っている。


 僕にとっての8年間はこれまでの人生の約2分の1だが、彼女にとっての8年間はこれまでの人生の約3分の1。大人から見ればこの差に大きな違いはなく、例えるなら、文庫本と単行本の違いのようなものだ。見た目は違うが中身は同じ。そこには、付加価値以外の差はほとんどない。どっちを手にとっても載っている物語に変化などない。


 僕たちの場合、大きさは関係ない。例えるなら歴史の教科書だ。彼女は8年前に印刷された教科書。僕は一番最近に印刷された教科書。出版社も編著者も表紙も同じだが、内容にずれがある。新しい方は情報が上書きされていたり、文科省からのお達しで人物の名前が変わっていたり、ほんの些細だが情報のずれが生じている。僕たちは8年前から、ずっと向かい合って相手の教科書のほんの些細なずれの根本を探りあっている。僕は彼女の本心と記憶を探り、彼女は僕の幸福の在処を探り続ける。しかし自分が何をどうあがいたって、相手は自分自身の教科書を眺めているのだ。こちら側にページが向けられることはない。どちらとも当事者になりたくないのだ。探っているようで、ただひたすら自分と相手の心の内から目を逸らし続けている。


 どちらかが譲って相手に見せるなり音読するなりしない限り、情報は相手へと伝わることはない。


 僕らはまだ譲り合いすらできない関係なのだ。8年という年月はただただ見た目だけを成長させ、無意味な知識を脳に蓄積させただけだ。二人が築いた家族愛は、欺瞞にあふれている。この家の中には、一歩前に進めさせてくれない空気のような、冷たくて見えない壁が確実に存在する。

 

 だから今から僕が話すことは、僕が唯一、確実に、事実として認識していることである。

 どんなに相手の心情が分からなくたって、壁は無色透明なのだ。行動ぐらいは冷静に分析できる。


 8年前、僕こと佐々木サキと、僕の母、佐々木アサミの家で一人の少女を引き取ることになった。

 その子が宮田ソノカだ。当時の彼女はやせ細っていた、顔色も悪く、太ももや背中に、打撲痕がいくつもあった。9歳だった僕でも彼女が普通の環境で生活していたとは到底思えなかった。実際に、彼女の父は彼女に暴行を繰り返していたらしい。会社で不祥事が発覚し、その後はパチンコと酒にまみれた。そしていつの日からか暴力を振るうようになった。当時彼女は13歳、どのような気持ちで父親からの暴行と強い感情を受け止めていたのか、勿論僕はわからない。

 暴行が始まって2年、突然父親が死んだ。父親は飲酒運転で一人の男性を当て逃げした。運の悪いことに、当て逃げした男性はヤクザの幹部だった。翌日、彼は道端でヤクザにリンチに遭い、そのまま死んだ。

 もちろんそのヤクザは逮捕された。でも、因果応報としか言いようがない、あっけない死に方だった。


 そして保護者のいなくなった宮田ソノカが最終的に引き取られたのが、父親の元妻であり所轄の刑事だった僕の母、佐々木アサミだった。


 ソノカも僕も、アサミとその父親の間にできた子供だ。腹違いでも何でもない、純粋な姉弟だった。

 僕が生まれた直後、理由は不明だが両親は離婚した。理由を母に問いただしても「教えたくない」の一点張りだった。生まれた直後の僕はアサミ(当時は宮田アサミ)に引き取られ、当時5歳だったソノカは父親に引き取られることになった。



 とそんな感じだ。


 僕は父親の事は全く覚えていないので、「君の父親は死んだんだ」と言われてもどう反応すればいいのかわからなかった。友達には父親がいるのに自分にはいない。しかしそれはもうしょうがないことだと割り切っていたのだ。母が離婚したのにも深い事情があるのだろうと9歳児の僕は考えていた(母にそう洗脳されたのかもしれないが)。

 むしろ急に父親の事情が明るみなったことに少し苛立ちすら感じたかもしれない。父親など必要としていない僕に伝わってくる父の情報にいいものなど全くなかった。不必要な父が『愚かな故人』として交友関係に支障をきたすのではないかとさえ考えていた。それは今もほとんど変わっていない。他人には絶対に父親の過去が露出しないよう、最大限の注意を払って生きてきた。

 

 会ったこともない人でさえこんなにも嫌悪感を抱くのだ。実際にそいつと暮らしていた姉は一体父親の事をどう思っているのだろう。彼女の人生、感情、記憶に父親はどのような影響を与えたのだろう。

 今では普通に会話をする僕と姉。核心に迫るような質問をそれぞれしないのだが、僕が中学生のころ、一回だけ父親の事どう思っているのか聞いたことがある。どうしてそのような話になったのか全く覚えていないが、彼女はすぐに答えた。


――お父さんは、抗えなかった。堕ち続ける事しかできなかった。

 でもね、サキはまだ私に墜ちてないよね。


 そのころからだろうか。僕が彼女を魔性の女と言い始めたのは。

 


7月9日 午後


 姉の言う社長とは、プログラミングIK(有)の社長、今井孝之助のことだ。

 僕の中学からの友達、今井君のお父様だ。

 

 姉は、公立高校を卒業後、自転車で通える場所にある国立短大に進学した。

 しかし姉は、そのころには今のナマケモノの生態を模倣しきっていたので、単位不足(出席日数の少なさ)で進級すら危うい状況となっていた。

 

  一年生の時、彼女がたまたま受講していたプログラミングの授業で、非常勤講師として教鞭をとっていたのが今井孝之助だった。


 姉は物覚えが速く、もともと機械いじりやネットサーフィンを愛していたので、プログラミングの技術はあっという間に企業に雇ってもらえるほどになった。しかし、彼女には一つだけ欠点があった。

 

 人付き合いが苦手だった。

 

 どんなに技術があっても協調性がなければ仕事はやっていけない。

 そこで孝之助氏が提案した。


「卒業したら、うちで働かないかい。在宅勤務で」


 姉に大事だったのは、提案の最後の『在宅勤務』の四文字だけだった。

 孝之助氏も、姉の生態を見越してこのような提案をしたのだろう。姉はまんまと罠にハマった。こんなにちょろいと、ナマケモノの乱獲が心配される。


 そうして、晴れて彼女は孝之助氏が社長を務める10人規模の小さなプログラミング会社、プログラミングIK(有)に就職した。

 

「社長からメールが来たんだけどさ、なんか今井君の様子が最近変なんだって。サキ君、何か知らない?」

「えっ……」


 だから、彼女が放ったことは、今朝僕が感じた今井君の異変と同義だと直感した。

 今井の異変を探るチャンスが早速、目の前に現れたのであった。

 そこで僕はふと思う。


――僕は何かを探ってばっかだ。


 探求欲が自分の教科書にさえモザイクをかけてしまうことを、僕は誰よりも理解しているつもりでいる。


父と似て、僕も何かに墜ちていく。

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