これは、まぎれもなく、何一つ他意の無い老婆心
「あなたの一番の敵はメイレナ学院長だと思いますよ……」
俺がそう言うとレリレンは耳をピクリと動かした。俺の方を向くわけじゃない。反応が薄いと感じながらも俺は続きを言う。
これから言う言葉は俺の老婆心から出る言葉である。レリレンの恨みの矛先を逸らそうとか考えて言っている事ではない。
「学院長の属性が『念』だというのは知っていますよね……」
俺がそこまで言うと話を横で聞いているデルクトは俺の方を疑いの眼差しで見た。
『そこまで警戒しなくても……』
俺はそう思う。話の続きを言う。重ねて言うが俺がレリレンに対する老婆心から言う言葉だ。何もやましいものではない。
「念の属性は人の心を読み取るだけでなく人に何かの暗示をかける事もできるんです。もしかしたら友人達はあなたの事を恨むように暗示をかけられていたのかもしれません」
俺だったら、魔力の流れを見ることができる。その場にいれば俺はレリレンの友人達に向けて『念』の力で洗脳をするところを察知する事ができたかもしれない。
そのため俺は先に学院長室から出されたのではないだろうかと、レリレンに伝えた。
「確かに悪い友人と付き合っているのならば引き離そうと考えるでしょうね。ですが本来あなたたちの友情って、そんなに簡単に壊れるものなんでしょうか?」
不良達の仲間意識は強固なものだ。社会からのはみ出しもの同士の仲間意識は普通の人が考えるよりもはるかに強力なものであるというのは、俺の世界では十年以上前の話である。
今、そこまで仲間意識の強い不良がいるだろうか、俺はそう考えながらもレリレンに向けて思ってもいない事を言い続けた。
「学院長にとっては目の上のたんこぶですからね。そんな事で仲間を失うというのも酷い話でしょう?」
俺は言う。レリレンは何も反応を示さなかった。黙って聞いているのならばそれでもいい。老婆心から言っている事だ。レリレンがこの話をどう受け取ろうともかまわない。
「ボクだってメイレナ学院長には頭が上がりません。ですが学院長の手のひらの上で踊らされていると考えると嫌なものです」
そう俺は言う。
「お前には関係ない……」
そう小さな声で言うレリレン。それを聞いて自分のベッドに戻っていった。
この話をした事でどうなるかは分からない。
次の日の朝、俺はベッドから身を起こした。
「起きたか……早く支度しないと授業に遅れるぞ……」
デルクトが俺に向けて言う。今はいつもよりも日が高い。
「寝過ごしたか……」
俺はそう言う。すぐに起き出して着替えを始めた。早くしないと食堂が閉まってしまうし授業にも遅れてしまう。
俺が周囲を見回すとデルクトの姿しか見えなかった。
「レリレンさんは? 謹慎中のはずですけど……?」
俺はそう言うとデルクトが言う。レリレンはどうやら食堂に行っているようだ。謹慎期間中だからって食事を摂らないわけでもない。
「どう転ぶかな……」
俺は昨日にレリレンに向けて言った言葉を思い出した。
決して恨みの矛先をメイレナ学院長に向けるように誘導をしたワケではないのだが、レリレンが俺の言葉を受けてどう感じたのかは、知りたかった。
「食堂に行けばわかるか……」
そう俺は言い部屋から飛び出していった。
「やっと起きましたか。時間は押していますよ……」
男女共用スペースで俺の事を待っていたシィを見つけた。シィは俺の事を見つけると俺の手を掴んだ。
「早く食堂に! 朝食を抜くのは許しませんよ!」
うちの母のような事を言い出すシィ。
「そうです。奥様から、これだけは守らせるようにと言われています。朝食は摂ります。授業にも遅れていきません。いいですね?」
シィが言う。俺のスケジュール管理を事細かにしているシィは急いで俺を食堂に連れて行った。
食堂に着くと一つのテーブルに一食分が盛ってあった。
「ロドム様。好きなものを食べたいならもっと早く起きるべきでしたね」
シィがそう言う。
俺、何も言ってないけどな。
わざとか、俺の嫌いなものばかり盛ってある。
「残ったものがくれくらいだったんですよ」
だから何も聞いていないっての。
と言っても、シィは俺の頭の中を読んでいる。
シィは俺が実家にいた頃に俺に付いていた家庭教師よりもうるさい。料理を先に用意していたり、時間の管理を細かにやっていたりするのでシィの行動はありがたいものである。
「こ……こんな事当然です……あなたの事は私が一番良く知っていますから……」
確かにそうだろう。俺が実家に居た頃から俺の世話をやっていたのだ。俺の事はフェリエよりも詳しいだろう。
「おだてたところで何も出ませんよ……今日は寝坊のおかげでキツいスケジュールになっていますからね……」
そう言うがシィは俺の事を見るのを恥ずかしがっているようであった。俺から顔を逸らし窓の事を見ていた。
「どうしたのさ? 外の景色なんか見て……」
俺はニヤニヤ笑いながらそう言った。
いままでの経験でからかわれているのが分かっているようだ。シィは、すぐに俺の方に向き直る。
「手が止まっていますよ。早く朝食をかきこんでください……」
そう言うシィ。だがシィはピクリと箸を止めた。もちろんシィが持っているのはスプーンだが、これは慣用句的な言い方だ。
「あなたが言うの?」
そう声が聞こえてくる。
「なんだと? 俺が何かしたっていうのか?」
この声はレリレンだ。デルクトの言葉どうりに食堂にいたのだ。
レリレンの向かいに座っているのはレリレンの許嫁の女の子だ。
ファンクラブの人間に俺のことが気づかれるのはマズい……いらない時間を取ることになるかもしれない。
今レリレンと許嫁の子はそれどころではないらしく口論をしているところだった。
「あなたが何か? 身に覚えがないのかしら?」
そう聞こえてくる。レリレンはその言葉に意味がわかっていない感じだった。
「レリレンさんは彼女の言葉の意味がわかっていません……」
シィがそれに補足をした。
「人の心をむやみに覗くのは……」
俺は言うがシィは俺に向けて言う。
「あなたの敵なんですよ。そんな相手にまで敬意を払う必要はないです」
そう言いシィはレリレンの頭を覗き続けた。
「あのフェリエって子にちょっかいを出したらしいじゃない? 私というものがありながらね……」
彼女は恨みの篭った声で言う。それを聞くとレリレンは押し黙った。
「この学校に入りたての十歳の子がそんなに気になったの? このロリコン……」
彼女は辛辣な物言いで言った。確かにフェリエに手を出そうとしたのは、許嫁に対する裏切り行為だ。彼女の気持ちもわかる。
「不良になっても一本通った筋があると思っていたのに、不良が教師に助けを求めるなんてカッコ悪いとは思わないの?」
『あれか……』
俺がレリレンの仲間に向けて魔法を反射したとき、レリレンは、『教師に言うぞ』だとか、かっこ悪い事を言っていたのだ。
その言葉が原因で切れたのだ……許嫁にとってもそのセリフはカッコ悪い言葉に映ったのだ。
「しかも五人で十歳の子によってたかってケンカを売って、しかも負けているなんてどこであんたの事をかっこいいと、思えばいいのよ?」
それを聞いてレリレンは唸った。
「何か反論はある?」
そう聞くがレリレンは何も反論をしなかった。これ以上にないくらいに論破をされているのだ。
「これで私が許嫁に見切りをつけて、許嫁の敵に熱を上げる理由を分かってくれた?」
辛辣な物言いで言う。
レリレンは黙ってテーブルを見つめていた。
『ありゃ、完全に負けてるな……』
俺はそう思う。シィはそれで口を開いた。
「私だって、あんなひねくれているだけのカッコ悪い不良なんて嫌ですからね……」
「言わんでいい……」
『そんな事を言って向こうに聞こえたらどうする? いらない恨みを買うだけじゃないか……』
幸いにも、そのシィの言葉はレリレン達には届いていなかったようである。
俺は急いで朝食をかきこんで腹に収め食堂から退散をしていった。
俺が退散をする直前、怒気のこもった声でこういうのが聞こえた。
「あんた……世界で五本の指に入るほどカッコわるいのよ」
『辛辣すぎる……』
すこしばかりはレリレンに同情を感じた俺だが、そもそも俺がレリレンの事を同情する理由はないと思い直し食堂から出て行った。




