ディラッチェが帰っても俺が大変なのは変わらない
「身から出た錆だね。女の子をとっかえひっかえなんて」
俺が目を覚ますと父の声が聞こえてきた。俺はベッドで体を起こす。
ここは医務室。頭に巻かれた包帯は取れていた。傷がふさがっている事を思うと不思議にも思ったが、シィが治癒魔法を使える事を思い出した。
「シィ君だけはいつになってもロドムの味方みたいだね」
父は俺の頭の傷があった部分を撫でた。
治癒魔法は傷を塞ぐことができるが体の中に残ったダメージは消えない。その部分は時間をかけて治癒させていくしかないのだ。
それを考えると体を横たえた。
これから先ディラッチェとの戦いはない。ゆっくり体を休ませるのがいいだろう。
「そう思うだろう? 休む暇は与えられないよ。ロドムはこれから訓練を続けていかないといけないからね」
父が言う。
父は面白そうにしているような顔をしながら部屋から出ていった。
「あの言いようからして、何か起こると思ったけど」
俺はそう言う。目をつむると頭の奥がジンジンと痛んでいるのを感じる。頭以外にも痛んでいる場所はある。
今日は大人しくしておこうと思った。ベッドで横になる。
「ロドムさまぁ! 大丈夫ですの!?」
そう声が聞こえてきた。この声はフェリエだ。ゆっくりしたいところに騒がしい子がきたものだ。
その直後バン! と、ドアが開け放たれてフェリエが入ってきた。
「そのお怪我! 大丈夫ですか!」
「ボクに怪我をさせた君が言うかい」
クスクス笑って言う。フェリエの事を恨んでいるわけではないが、これくらいの嫌味くらいは言わせてもらってもいいだろう。
「それは、ロドム様がメイドなんかとキスをするからいけないのですわ!」
まあいいその事は後だ。
「今からでもキスをしてくださいまし!」
そう言いフェリエは顔を俺に突き出してきた。
まあいいか。
そう思いながら俺はフェリエに合わせて顔を突き出していった。
「お待ちください!」
そこに後ろから声が張り上げられた。
「けが人のいる部屋に入ってきて騒ぎ始めるのはよくないですよ」
その声はシィだ。
シィの声を聞くとフェリエは忌々しそうにして唇を噛んだ。
「使用人は出て行きなさい! ここは私達の問題ですわ!」
フェリエが言うがシィはそれに答えた。
「ここはエーリッヒの家です。あなたはこの家の客人である事をよく理解なさってください!」
シィが負けじとそう言うのを聞く。俺はすぐ近くにいるフェリエがオーラを発生させているのが見える。
「一度私に勝ったからって調子に乗らないでくださいませんか? 今度戦えば、あなたなどコテンパンにしてみせますわ」
フェリエの言葉を途中で遮りシィは言う。
「オーラが出ていますよ。戦う前から魔力を消費していると勝てる戦いも勝てませんね」
「そういうそっちこそ。力が漏れているではありませんの」
オーラとは感情の起伏により、魔力の一部がからだから滲み出す事によって起こるものだ。
今でもすでに戦闘態勢になっているサイン。そうとでも思えば間違ってはいない。
オーラが発生すると確かに魔力は減っていく。それは微々たるものだ。そこまで気にするようなものではない。
「ロドム様! 審判をお願いしますわ」
シィとフェリエの二人から同時にそう言われた。
このケンカの原因が自分である以上。これを無視する訳にはいかなかった。
俺がゆっくり休めるのはまだ先になるらしい。頭がジンジンと痛む。体中がガタガタになっている。
「始め!」
おれはそう言って距離を置いて睨み合う二人の間から。離れていった。
試合の様子は予想していたとおりだ。精霊戦士を使わない魔法の打ち合い。
「だから精霊戦士を……」
俺がそう言うとドゴーン! と、フェリエのゴッドスピアが起こす轟音で言葉を遮られる。
「君ら精霊……」
そこまで言うが、今度はシィのフォールムーンが地面に激突する音が聞こえてくる。俺の声は、全く二人には届いていなかった。
「もういいや」
俺は諦めてそう言う。そうするとシィは勝ち誇っていう。
「私の勝ちですね!」
それを聞いてフェリエの方を向くと、フェリエは前のめりになって倒れていた。
「なんで勝てないんですの?」
フェリエは苦々しげに言う。その直後に気を失ってしまった。
属性同士の相性があるからな、月は光の魔法を吸収する特性を持っている。上手く攻撃をしないと、相手に力を吸収させてしまう事になりかねない。
フェリエは属性に恵まれているし魔力も高い。バカ正直に真正面から向かってさえ行かなきゃ、勝てない戦いではないはずなのだ。
「シィ。手伝ってくれ。フェリエを家まで運ぶ」
もう立てなくなってしまっているフェリエを抱き上げると、俺は家にまで向かっていった。
「いえ、心配ですのでドロランド様のお屋敷にまで送るのがよろしいでしょう」
「おいおい。うちで手当てをさせるのが先だろう? けっこう怪我をしちゃってるし」
「ドロランドさまのお屋敷に送るのがよろしいでしょう」
二回言った。シィはフェリエをさっさと家に送り返すのが目的であろうというのはわかる。
「ワームホールがあるではないですか」
シィはそう言う。
確かにその魔法を使えば距離なんて関係なくひとっとびであろう。ワームホールを発動させて、フェリエを家にまで送り届けた。
倒れたフェリエをドロランドの家に送り込むとフェリエの両親はたいそう驚いていた。
そりゃそうだろう。こんな怪我をして帰ってきたら誰だって驚く。
おれが事情を説明しようとしたところにフェリエが目を覚ました。
「なんでもないですわ」と、一言いいフェリエが家の奥にまで向かっていくのを見て、両親たちは不安そうな顔をしていたが俺たちは一旦返される事になった。
「ロドム様。上手く作れていますか?」
そうシィが言う。そう言うと俺はシィの作ったハニートーストを食った。
よくできている。シナモンの味が口の中に広がる。とてもよくできていた。
フェリエとシィの戦いにはこういう意味もあるらしい。
一日、ロドム様占有権とでも言えば良かっただろうか?
つまるところ俺と一緒に二人でいられる権利である。
おれがシィの作ったトーストを食っているところをほのが見つめていた。その後しばらくして、ほのは犬に姿を変えてどこかに走っていった。
フェリエの家だ。
これからほのはフェリエの家に行ってこの状況をフェリエに報告をするのだろう。
明日になってさらに怒りを滾らせたフェリエは、再戦を申し込んでくる事になるのだ。
「流石に明日はないですよ。怪我が治るまでもうちょっと時間がかかるはずです」
シィが言う。まるで俺の心を読んでいるようだ。
「新しい魔法でも覚えたのか?」
人の心の中を覗くような、魔法ではないだろうかと思って聞いたのだが、シィはクスクスと笑って答える。
「さあ? どうでしょうかね?」
この反応。絶対に何か魔法を持っている。
シィはそう考える俺を見ながらニコリと笑っていた。
これから先、フェリエとシィの板挟みに合いながら、そしてディラッチェが長期休暇になって帰ってくればまた試合をして、気の休まる時のない子供時代をおくることになる。
それにより俺の魔力はかなり鍛えられることになった。
十歳になり、おれがディラッチェのように学校に通うようになった頃、それを強く実感する事になるのだ。




