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植物の声が聞こえる出稼ぎΩ、冷徹α宰相に買われて枯れた領地を蘇らせる〜不器用な旦那様の重すぎる溺愛からは逃げられません〜  作者: 水凪しおん


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第9話「新しい朝と薬指の誓い」

厚い遮光の天蓋を透かして、柔らかな朝の光が寝室の床に落ちている。

ロイはまぶたの裏に感じる微かな明るさで、ゆっくりと目を覚ました。

肌に触れるのは、故郷の粗末な布とは比べ物にならないほど滑らかで上質な絹のシーツだ。

しかしそれ以上にロイの感覚を支配しているのは、背中から伝わってくる強烈な熱と、シーツの隙間から立ち上る冬の森の香りだった。

振り返らなくてもわかる。

自分のすぐ背後に、彼がいる。

ロイの腰には太い腕が回され、逃げ道を塞ぐようにしっかりと抱き寄せられていた。

耳元からは、規則正しく深い寝息が聞こえてくる。

昨夜の出来事が鮮明に蘇り、ロイの顔が一気に熱を持った。

雨の冷たさ、泥水に沈む絶望、そこから引き上げられた時の彼の怒りと切実な告白。

浴室で交わした言葉と、額に落ちた熱い唇の感触。

すべてが夢ではなかったのだと、背中から伝わる確かな鼓動が教えてくれている。

ロイは自分の腰に回された大きな手に、そっと自身の指を重ねた。

剣を振るうために鍛え上げられた、剣だこのある硬い指。

その無骨な感触が、今はただ愛おしかった。

重なった指先から互いの体温が混ざり合い、静かな寝室の空気を微かに震わせる。


「目が覚めたか」


頭上から、寝起きの少し掠れた低い声が降ってきた。

ロイの肩が小さく跳ねる。

腰に回された腕の力が強まり、背中の密着度が増した。

彼が起き上がることなく、ロイの首筋に顔を埋めたのがわかる。

鼻先が肌に触れ、熱い吐息が直接吹きかかった。


「あ、あの……おはようございます」


声が上ずってしまい、ロイはシーツの端を強く握りしめる。

アレクはロイの首筋に唇を這わせながら、短く応えた。


「体の具合はどうだ。熱はないか」

「はい。昨夜、温かくしていただいたおかげで」


アレクはロイの体を静かに反転させ、自分の方を向かせた。

至近距離で合う視線。

夜空のように深い色の瞳が、朝の光を受けて少しだけ柔らかく和らいでいる。

普段の冷徹な宰相の顔はそこにはなく、ただ一人の男としての静かな愛情が満ちていた。


「よかった」


短く安堵を口にし、アレクの手がロイの頬に伸びる。

親指の腹で目尻を優しくなぞり、そこに残る昨夜の泣き腫らした痕跡を確かめるように撫でた。


「もう、どこにも行かないな」


確認するような問いかけに、ロイは小さく頷く。


「はい。あの方のおそばに」

「あの方、ではない」


アレクの指が、ロイの唇を軽く塞いだ。


「私の名はアレクだ。お前はもう、私を役職や身分で呼ぶ必要はない。名前で呼べ」

「でも、それは」

「命令だ」


低い声で告げられるが、その響きには有無を言わさぬ圧迫感よりも、甘い響きが含まれていた。

ロイは唇の上の指を見つめ、ゆっくりと息を吸い込む。


「アレク、様」

「様もいらん」

「それは、どうしても無理です。まだ、慣れていなくて」


ロイが顔を赤くしてうつむくと、アレクは喉の奥で短く笑った。

彼が笑う姿を初めて見て、ロイは驚いて目を丸くする。


「徐々に慣らしていくとしよう」


アレクは体を起こし、上半身の肌を露わにした。

鍛え抜かれた筋肉の筋が、朝の光に照らされて影を作る。

彼はベッドの横にある小さな引き出しを開け、中から一つの小さな箱を取り出した。

黒いベルベットで覆われたその箱を、アレクはロイの目の前で開く。

中には、銀色に輝く細身の指輪が収められていた。

装飾は控えめだが、中央に埋め込まれた深い青色の宝石が、彼の瞳の色によく似ている。


「これは」

「契約の形を変える。お前はもう、借金返済のための庭師ではない」


アレクは箱から指輪をつまみ上げ、ロイの左手を取った。

荒れた指の腹から土の汚れはすっかり落ちていたが、長年の農作業でついた細かい傷は残っている。

アレクはその手を愛おしそうに見つめ、薬指の先に指輪を当てた。

金属のひんやりとした感触が、肌に伝わる。


「私の伴侶として、生涯私のそばにいろ。お前の力も、心も、すべて私が守り抜く」


滑らかな銀の輪が、関節を越えて指の根元に収まった。

ロイの細い指に、それは驚くほどぴったりと馴染む。

アレクはそのままロイの左手を持ち上げ、指輪の嵌った薬指の背に深く唇を落とした。

忠誠の誓いのようなその動作に、ロイの胸の奥から熱いものが込み上げてくる。

自分のような泥にまみれた人間が、これほどまでに真っ直ぐな愛情を向けられている。

身分の違いも、周囲の目も、彼がすべて防いでくれると言ってくれた。

ならば自分は、彼のために持てるすべての力を捧げよう。


「俺の指先は、あなたが守る領地の土に花を咲かせるために使います」


ロイがはっきりと告げると、アレクは満足そうに目を細めた。

部屋の扉が数回叩かれ、外からシュウの明るい声が響く。


「おはよう。二人とも、起きてるかい」


アレクは舌打ちをし、シーツを引き寄せてロイの体を隠した。


「入れ」


扉が開き、丸眼鏡をかけたシュウが部屋に入ってくる。

彼はベッドの上にいる二人を見て、すべてを察したように口角を上げた。


「お邪魔だったかな。でも、急ぎの報告があってね」


シュウは手にした銀色のトレイを掲げてみせる。

そこには、純白の布に包まれたガラスの小瓶が置かれていた。


「香水は完全に安定している。馬車の準備も整った。いつでも領地へ出発できるよ」

「わかった。すぐに行く」


アレクが短く応えると、シュウはロイの方に視線を移した。


「君の村の借金の件も、完全に処理が終わった。君はもう自由だ。まあ、別の強力な鎖に繋がれてしまったみたいだけどね」


シュウが指輪の嵌ったロイの左手を見てからかうと、ロイは慌てて手を隠した。

アレクは鋭い視線でシュウを追い払い、立ち上がって執務服に袖を通し始める。


「行くぞ、ロイ。我々の未来を、お前の手で切り開くために」


彼の力強い背中を見つめ、ロイは深く頷いた。

新しい朝の光が、二人の門出を祝福するように部屋を満たしていた。

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