表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Destiny・Wars  作者: 梅院 暁
第六章 ~契約~
34/34

第三十一話

こっちもしれっと再開

 コーデリアも落ち着き、少し経った頃、ボルスの腹の虫が鳴いた。

「目覚めてすぐに食い物の要求か」

 パトリックが呆れた目でボルスを見た。

「好きで鳴らしたわけじゃねぇよ」

「でも、三日間寝たままで何も食べてませんし……当然のことですね」

 コーデリアが少し思案顔になり、

「下で何かもらって来ましょうか」

 と、立ち上がり、部屋を出ようとする。

「御嬢さん、こやつはまだ起きたばかりじゃ。あんまり重いものはいかんぞ」

 パトリックが注意すると、コーデリアは「分かりました」と足早に厨房へ向かった。

 その様子を見送ると、パトリックはニヤニヤとボルスを見る。

「何だ?」

「いや、甲斐甲斐しいと思ってな。よっぽどおぬしのことを大事に思っておると見た」

「どうかな」

 ボルスは肩を竦ませる。

 ボルスのあまりに素っ気ない態度に、パトリックは面白くなさそうだった。

「素直じゃないのぅ」

「これでも自分の思ったことを口にしている」

「そういう意味じゃないわい」

 パトリックは一息吐くと、

「何故、人を避ける?」

「……何のことだ?」

「とぼけるんじゃない」

 パトリックは先程までぼのぼのと話していた時と打って変わり、真剣な表情だ。

「おぬしは随分と損な性格をしておる」

「損?」

「そうじゃ。おぬしの言動、一見他人が関わってくることを鬱陶しく思っている風に見えるが……実は関わってくる人間が不幸な目に遭わせたくないからこそ、遠ざけようとする。そのために、相手が自分に興味を持たぬよう、わざと嫌な男を気取って、のぉ」

「別に俺は……」

「違うのか?」

 反論したボルスの目を、パトリックは睨みつける。

「でなければ、関わってほしくないあのお嬢さんを命がけで助けたりせんわ」

 ボルスは反論出来ず、目を逸らした。

「図星か」

「……だったらどうする?」

「どうもせんわい」

 ボルスの問いに、間も置かずパトリックは答える。

「何?」

「わしはわしのやりたいようにやる。あのお嬢さんが、おぬしに何と言われようとまとわりつくように、のぉ」

 ニヤリとパトリックは不敵な笑みを浮かべる。

「後悔するぞ」

「わしの勘じゃと、おぬしをこのままにしておいた方がもっと後悔するわい」

「……勝手にしてくれ」

 ボルスは溜息を吐く。

「おぅ、やっと折れてくれたか。これで、ハルディさん達も大喜びじゃな」

「どういうことだ?」

 ボルスは嫌な予感がして尋ねる。

「なぁに簡単な話じゃ。おぬしとわしの二人が、護衛として旅団に加わる。目的地はサワラーン王国じゃ」

「待てよ、何勝手に決めてんだ」

「勝手にしろとおぬしが言ったばかりではないか」

「そういう意味じゃねぇ!」

 ボルスは身を起こそうとするが、あまりの身体のダルさに再びベッドに突っ伏せた。本当に自分のものじゃないように、身体が言うことを聞かない。

「ほれ、無茶をするな。そんな状態で一人ほっぽり出されてみろ。どうなると思う? どんなにいい剣を持とうが、今のおぬしじゃ野犬にも負けるわ」

 そう言って、パトリックは壁に立てかけている剣に目を向けた。

 一本はザミェル帝国で会った、鍛冶屋の親方の自慢の一振り。

 そして、もう一本は旅の途中で拾った、宝剣。途轍もない切れ味と硬度を持つ、謎多き剣で、ボルスが追われる原因になった。掘ってある文字から、「Destiny」と勝手に呼んでいる。

 ――どうやら、パトリックはしっかり回収をしてくれていたようだ。

「そういえば、聞かないんだな、あの剣について」

「どうせ、答えないじゃろうからのぅ」

「……それで納得するのか」

「わし程の歳になれば、細かいことなど気にせんよ」

 細かいことなのか、と思っていると、

「お待たせしました」

 と、コーデリアが戻ってきた。手には料理の乗った盆を持っている。

「お、これはうまそうな」

「はい。小麦粥を作りました。お口に合いますかどうか……」

 ボルスは上体を起こし、盆を受け取る。ダルさは抜け切っていないが、大分慣れてきた。食事を手伝おうとするコーデリアを制し、スプーンを手に取る。

 早速一口目を椀からすくってみたが――

「……なぁ」

「はい?」

「なんか、粥って割にドロドロしてないか?」

「何を言っとんのじゃ、おぬしは。煮込んだ粥が粘っているのは当然じゃろうが」

「いや、そうじゃなくてな……」

 ボルスは何とか説明しようとするが、頭がボウッとしてうまく説明できない。パトリックの言うことは正論ではあるのだが、ボルスが今すくった感じは粥特有のとろみとは別の何かを感じる。

「けっ、起きて早々飯を要求したかと思えば、食う前から文句か。随分な身分じゃな」

 パトリックが非難してくる上、コーデリアがどこか悲しそうな顔をしてきたため、ボルスは覚悟を決めた。

 粥を口に運ぶ。

 味わう。

 口の動きが、徐々に鈍る。

 手が震え始め、額には脂汗が浮かび、次第に涙目になる。

 その様子を見て、コーデリアとパトリックがボルスに起きた異変に気付く。話しかけてこようとしたが、今口を開くと吐きかねない。慌てて手を前に出し、再度制する。

 長い時間を掛け、ようやく口の中身を咀嚼した。

「お、おいボルス? どうしたんじゃ?」

「お、お口に合いませんでしたか?」

 二人がオロオロしていると、

「コーデリア」

 と、ボルスがこの料理の制作者の名を呼ぶ。

「はい?」

「……何を入れた?」

「え?」

「この粥に何を入れたかと聞いた。麦だけじゃないよな、これ?」

「えぇと、お腹がもたれない程度に、チーズを……」

 なるほど、とボルスは原因を把握する。

 そして、再度スプーンですくい、コーデリアの眼前に持ってくる。

「ちなみに、味見は?」

「してない、です」

「よし、今しようか」

 ボルスはニッコリと笑う。

 そんな姿を見たパトリックが「あ、おぬしも笑うんじゃな」などと場違いなコメントをした。

 そんな笑顔に押され、コーデリアが怖ず怖ずと粥を口にする。最初はゆっくりと口を動かしていたが、やはりこちらも変化が起きた。コーデリアは口を抑え、慌てて部屋から飛び出していった。

「な、なんじゃ?」

 パトリックが驚く。

「……チーズってのは、羊なり山羊なり動物の乳に色々手を加えて固めたもの」

「……そうじゃな。それが?」

 ボルスの言葉の意味を理解しかねたのか、パトリックが首を傾げる。

「……この粥に入っていたのは、おそらく――」

 ここで、コーデリアが部屋に戻ってきた。心なしか、ボルス以上に顔がやつれた気がする。

「なぁ、そのチーズ、入れる前に一口でも味を確かめたか?」

 ボルスの問いに、コーデリアは首を横に振る。もう、喋るのも辛そうだ。

「……見た目は、百歩譲って似てたとしても、入れるかね、普通」

「おいおい、チーズじゃなかったら結局何が入っていたんじゃ?」

「……ラード」

 ラードとは、動物の脂に色々手を加えて固めたものだ。

「ほぉ、ラードか……ラード!」

 パトリックが絶叫する。

「そいつは、きついのぉ……目が覚めたばかりの人間に食わすモンじゃないわい」

「まぁな。で、料理経験はあるのかな、お嬢さん?」

 ボルスの問い掛けに対し、コーデリアが無言を貫こうとしたが、

「お・嬢・さ・ん?」

「今回が初めてですぅ……」

 ボルスの剣幕に、ついに折れた。

「だろうな。正直、粥自体が全然煮込めてなかった。結構早く持ってきたからおかしいとは思っていた」

「火、火を強くすれば早く作れると……」

「表面が焦げるだけで中に火が通らんわ」

 コーデリアの言い訳を、ピシャリと切り捨てる。

「ご、ごめんなさい、作り直して来ます……」

 そう言って、コーデリアがボルスの手から粥を引ったくろうとしたが、

「いい」

 と、ボルスはコーデリアの手を避ける。

「でも」

「作り直したところで、また変な粥が出来るだけだ。材料と時間の無駄だ」

「うぅ……」

 コーデリアがしょんぼりとする。

 その様子に同情したか、パトリックが何か言おうと口を開いた。

 だが、言葉が出てくることはなかった。

 ボルスが、粥の入った椀に口を付けると、中のものを一気に口の中に流し込んだのだ。まるで水でも飲み干すかのように喉を動かして咀嚼していく。

 やがて、中のもの全て飲み込むと、椀を盆に戻した。途端、ボルスは咳込む。

「な、何をやっとるんじゃあ!」

 ボルスの咳にパトリックが我に返った。

「何って?」

「だ、大丈夫なのですか……その……お腹は?」

「ん? あぁ……まぁ、死にはしないだろう」

「いやいやいやいや……」

 ボルスの言葉に、パトリックが呆れる。

「でも、わざわざそのようなもの食べなくても……」

「何言ってやがる。わざわざ俺のために作ったんだろ? その包丁を一度も握ったことのない手で? なら、食わなきゃ失礼だろうが」

 ここで、ボルスは一息吐く。

「……まぁ、料理の一つも出来ないで嫁の貰い手が来るとは思えんけどな」

「そりゃあな。おぬしみたいなのは稀じゃろ」

「……よし、コーデリア、料理を覚える気はないか?」

「え?」

「あるのか、ないのか?」

「えぇと……」

 コーデリアは少し考え、

「出来た方がいい、のでしょうか?」

「別に、俺はどっちでもいい。ただ、出来た方が困らないかもな」

「……私が出来るようになったら、ボルは嬉しいですか?」

「俺か?」

 ボルスは椀に目を落とし、

「そりゃあ、今みたいなの食うよりは、うまいモン食えたら嬉しいな」

「……分かりました。覚えます」

 コーデリアは決意を口にした。

「料理を覚えて、いつか貴方においしいと言ってもらえるものを作ってみせます」

 ボルスはコーデリアの回答に頷き、

「よし。それなら、俺が教えてやる」

 と、宣告した。

「ぬ? おぬし、料理出来るのか?」

「まぁ、一人旅していると、自然に、な。基礎と簡単なレシピくらいなら教えてやれる」

「よろしいのですか!」

 コーデリアがボルスに詰め寄ると、

「どうせ、サワラーンまで同行するって、そこのおっさんが勝手に決めたからな。暇潰しにはなる」

「ありがとうございます!」

 コーデリアが頭を下げる。そして、まだボルスが空の椀を持ったままのことに気付き、

「あ、片付けてきますね」

 と、受け取り、部屋を出ていった。

 そんな二人の様子を、パトリックはニヤニヤと見ている。

「結局行くのか」

「……逆らったところで無意味だと悟った」

「諦めが早いのぅ」

 パトリックが笑いながら、部屋に出ていこうとする。

「お、そうじゃ」

「何?」

「いや、さっき、お嬢さんに味見させるとき、おぬし、自分で口付けたスプーンでさせたろ。あれ、間接キスにならんかのぅ、とな」

 そう言い残し、部屋を出ていく。


 ――その日の夜、ボルスは甲高い声を上げ、ベッドの上で悶えることになった。

次回、第七章「乙女」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ