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女大公の怒り  作者: 東西南北


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1/1

1 早馬


「我が公国の麗しき女神、クライン大公殿下に申し上げます」


急を要する旗印を馬の背に掲げて、クライン公国の古くから存在する名家ナトワ伯の二男ダートンが大公宮へ飛び込んできた。彼はファルス王国へ輿入れした公女マリーの側付きだったはず。その彼の単身帰国に、大公宮は騒然となった。


マリーは先日、ファルス王国の王太子オーガストの下へ出立したばかり。隣国とは言えファルス王国の王都までの道程は、馬車で10日以上の行程を要する。もちろんマリーの身の安全を確保するため路程の調査と危険の排除は事前に済ませてあるし、馬車の護衛に騎士一個小隊が付いている。


それでも自然災害や事故等、テレーゼの心配の種は尽きようもなかった。



「先ず、マリー公女殿下の御身に変わりはありません」


ダートンのマリーの身の無事の報告に、耳をそばだてていた重臣たちは、大きく息を吐く。マリーは、クライン大公テレーゼの末娘の14才。彼女を孫娘のように大切に思う重臣も、公宮内に少なくなかった。


ともかくだ、なぜダートンは単身で帰国したのか、マリー公女の身に何があったのか、詳しく話を聞こう。大公テレーゼが、報告を促した。



※※※



「我が国と戦をしたいのか、彼の国は?」


ギリリと歯を食いしばり、大公テレーゼはやっとの事で言葉を絞り出した。ダートンの報告は自身が女であることも相俟って、激しく怒りが込み上げたのだ。到底、受け入れられないし、受け入れてはいけないものだった。


夜会の最中、衆目の前で王太子オーガストが公女マリーに婚約破棄を突き付けたという。


そればかりか王太子オーガストは傍らに寄り添う女の腰を抱き、真実の愛はその女に対してこそあると宣言したと言うのである。


考えてみれば、オーガストの父親は最愛王の二つ名で呼ばれるような男だった。側妃や愛妾を何人も侍らせている、女にだらしのない王だ。オーガストはその男の血を引く王子なのだ、婚姻を結ぶ前で良かったと言うべきか。


「何故そなたはマリーに付き添わず、単身戻ったのだ」


テレーゼ大公の問いに、ダートンは膝をつき、深々と頭を下げた。その姿はまるで、彼が犯した罪の重さをその身で示そうとしているかのようだった。だが、その唇から漏れた声には、言い訳の影すら見えなかった。


「申し訳ございません、大公殿下。私には、彼の国においてマリー公女殿下を守る手立てが残されておりませんでした」


重臣たちはざわめき、テレーゼは眉をひそめた。何を言っているのだ、と問うような視線を彼に投げかける。


「王太子オーガストが婚約破棄を公表したその場で、彼女は謀られたのです。侮辱と屈辱の渦中に置かれ、誰一人として彼女を庇う者はいませんでした。彼の国の貴族たちは嘲笑を隠そうともせず、私が一人その場で反論したとて、マリー公女殿下への侮辱を煽るだけと悟りました」


「つまり、そなたは逃げたのだな」


テレーゼの声には冷え切った怒りが宿っていた。しかしダートンは動じることなく、顔を上げた。その瞳には、彼自身もまた苦しんでいることが見て取れた。


「はい。だが、それは大公殿下に速やかに事態を伝え、対応の指示を仰ぐためです。マリー公女殿下をあのまま孤立させれば、ファルス王国によるさらなる侮辱が加えられる可能性が高いと判断しました。護衛隊の隊長には、公女殿下を守り抜くよう命じておりますが、私一人で事を覆せる状況ではありませんでした」


テレーゼは椅子の肘掛けを力強く握り締めた。彼女の沈黙が、重臣たちを更なる緊張に包み込む。


「……その王太子オーガストとやらは、自らの行いが何を意味するのか、まるで分かっていないのだろうな」


そう呟いたテレーゼの言葉には、静かだが確固たる決意が滲んでいた。


「マリーの名誉を汚しただけでなく、我がクライン公国を貶めようとする意図があるとしか思えない。いいだろう、こちらもただ手をこまねいているわけにはいかぬ。ダートン、そなたに再び任務を与える。マリーを迎えに行け。我が血を引く者があの国で一人苦しむなど、断じて許されることではない」


ダートンは顔を上げ、驚きと敬意を込めた目で大公を見つめた。その命令の重さと意義を理解しつつも、彼は迷うことなく返事をした。


「かしこまりました、大公殿下。必ずや公女殿下をお連れ戻します」


テレーゼは頷き、重臣たちに目を向けた。


「この事態を戦に発展させる気はないが、国の威厳は守らねばならぬ。ファルス王国に通告を行う。まずは謝罪を要求するが、彼らの出方次第では、対応を考えねばならぬ。諸君、心してかかるのだ」


公宮の空気は凛と張り詰めた。テレーゼの命令を受け、クライン公国は静かに動き出した。



ダートンは命令を受け、大公宮を後にした。再びファルス王国へ向かう彼の姿は、決意と覚悟に満ちていた。しかし、その道程が困難を極めることは、誰の目にも明らかだった。


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