81 悪役令嬢、力説する・2。
「ではルブローデ辺境伯令嬢はバルトガー侯爵令嬢誘拐とエアハルト伯は関りがない、と、それでいいのだな?」
ランドルフのやる気のない声に、私はクリストファーに向けていた視線を移した。
組んだ両手を顔の前あたりで弄んでいる。
今回のこれが兄王子ふたりの失脚に繋がるかもしれないと思うと、そんな些細な仕草までもが減点対象に見えてくるから不思議だ。
クリストファーは、と見れば書類片手に思案気な顔をしている。
私と目を合わせたくない、と言う感情が見えるのは気のせいだろうか。
王城待機組の彼にとっては何を聞いても初耳だから質問すら思いつかないのかもしれないが、それは兄王子たちも同じこと。神のお告げを鵜呑みにして吠えるランドルフよりは好感が持てるけれど、そう思ってしまうこと自体がクリストファー立太子イベントへの布石に違いない。
「相手は侯爵令嬢、そして殿下がたの婚約者候補にも名が挙がった方。何かあればこのように大ごとになるのは目に見えておりますし、その誘拐、売買に関わったことがわかれば当人のみならず一族にまで類が及びましょう。
そこまでの覚悟を持ってことを為す利点がエアハルト伯にございますでしょうか。既に英雄として名声を得ているエアハルト伯に」
口を動かしながらも、アロイスはこの一連をどう思っているだろう、なんてふと思う。
アロイスが神のお告げを覆す切り札を持っていると踏んで今に至っているのだが、当然、事前に打ち合わせをしたわけではない。
つまり、そう思ったのは私の思い込みに過ぎないのかもしれない。
お互いに根拠がある、切り札があると思って共倒れ、だなんてシャレにならない。
「エアハルト伯自身には利点などないとしても、リク・カジウラ・エアハルト絡みだとしたらどうだ? 彼はバルトガー侯爵令嬢に懸想していたそうじゃないか。
実技演習の前からことあるごとに色目を使っていたものの全く相手にされず、演習でモンスターと対峙した時もいいところを見せられず。
まぁ勇者だが何だか知らないが所詮は平民。侯爵令嬢が相手にするはずもないのだが、脳筋父子にはそんなこともわからないのだろう。私の婚約者に逆恨みして、うん、きっとそうだ。そうに違いない」
エアハルト伯の件ではもう叩きようがないと考えたのか、ランドルフは今度はカジウラを引き合いに出してきた。
タジャラとの諍いを収めた時は『さすが勇者だ』と持ち上げていただろうに酷い掌返し。まぁ評価に関しては私も似たようなものだから庇う気にはなれないが。
が。
……婚約者じゃないし。
何を仰られているのかさっぱりですわ。貴方、何故コーネリア様が逃げ出したのか、わかっていらっしゃいます?
そんなもう何度目だかわからないツッコミで、崩壊しそうな口角を抑え込む。
そりゃあバルトガー侯爵は『娘は婚約が嫌で逃げました』とは言わなかったろう。
けれど、側近の誰もそのあたりをそれとなく伝えはしなかったのだろうか。
女は時に、金と権力よりも顔で男を選ぶ生き物。
しかも貴方が仰る〝婚約者様〟は幼い頃からクリストファーの顔面を男の平均に捉えるくらい、彼しか見ていない。
コーネリアがカジウラを断るのは自然の摂理だけれども、でも、私が選ばれて当然、みたいな顔をしないでほしい。それだけは『ない』。
ねぇ、そうよねコーネリア様!
と、横目でコーネリアを見れば、彼女は能面のような笑みのまま微動だにしない。
さすがは令嬢オブ令嬢。感情を見せない術に長けていらっしゃる。
「それだけじゃない。エアハルト領は戦力もかなりのものを持っているし、そう考えれば何時謀反を起こすとも知れない。
カジウラのクリストファー暗殺未遂も考えてみれば惚れた女を奪った王族への……私では太刀打ちできないから非力なクリストファーを狙ったのだろうが、そんな腹いせのつもりだったのかもしれないな。ははははは」
能面的微笑みをどれだけ都合よく捉えているのか、ランドルフは上機嫌で続ける。
「あら? カジウラ様は確かに玉砕されましたけれど、恨んではいらっしゃいませんでしたわ? 私、とても前向きな言葉を他でもないご本人から聞きましてよ」
しかしだ。その一方的な発想には虫唾が走る。
第一、脱獄したのは犯人の証拠、とばかりに語られつつあるけれど、カジウラのクリストファー暗殺未遂こそ戯言の域を出てこない。
もとはと言えば、マツリカが自分の失敗をカジウラに擦り付けるために言い出したことでしてよ?
カジウラはクマ化した今でさえ『(コーネリアは)何時かは俺のところに帰ってくる』と言っていた。
コーネリアに接触し、イグニートに騙されていることを教えようとすらしていた。
結果として何ひとつ果たされていないけれども、だからと言って言葉の数々が嘘だったとは言えない。
奴に他人を欺ける姑息な知恵の持ち合わせなどあるものか。
「不思議ですわねぇ」
私はカジウラは嫌いだが、それ以上にマツリカが嫌いだ。
カジウラの得になるよう動く気もないが、そのせいでマツリカが得をするくらいなら拳で語り合った者同士(二回目)、一度くらいは擁護してやっても罰は当たるまい。
「カジウラ様とコーネリア様は学園でしか接触がございません。さらにカジウラ様は寮生で、長期休暇に入る前に失踪なさいました。こまめに手紙をしたためる性分でもなさそうですし、まして好みの女性に相手にしてもらえない、なんて恥を親に……跡取り目的で養子縁組した義父になら尚更言いはしませんわ。
エアハルト伯はどうしてカジウラ様がコーネリア様のことを恨んでいるなどと知ったのでしょう? 殿下はどなたからその話を?」
転移者のカジウラは数年前にこの世界に来たばかり。
隣国との諍いを平定し凱旋して戻ってきた時に、国王から一言、二言声をかけてもらったことはあるだろうけれど、それ以外の(クリストファー以外の)王族とは話どころか面識すらないはずだ。
面識のない男の告白~玉砕コンボの噂など、キャッキャウフフなご令嬢のお茶会ならともかく、軍人顔の王子の耳にまで入ることはまずない。
伏線でもない限り創作世界ですら無視される案件を、ランドルフが知っているとはこれ如何に?
「あ、いや、そう思っただけだ。誰からと言うわけではない!」
ランドルフは慌てて否定する。
情報を持ち寄って事件解決に繋げようと設けられた場で、憶測だけでひとりに疑いを向けることがどれだけ悪手か、ランドルフが知らないはずがない。
とすればカジウラとコーネリアのこと、そしてエアハルト伯がどう思ったかまでを都合よく仕立てて吹聴した誰かがいる。
此処で該当し、且つランドルフにそれを聞かせられるのはクリストファーかマツリカしかいない。
「そうですの? でも長年ジークラムのために戦ってきた方に軽々しく謀反の疑いをかけるなど、それなりの証拠がございますのでしょうね? 同じく国境を守る盾としては、私どもは王族から『戦力があるから危険』だなどとすぐに梯子を外されてしまう存在でしかないのか、不安になってしまいますわ」
言いながらクリストファーを窺う。
違う。
カジウラのことを吹聴したのはクリストファーではない。
自分がもたらした情報で兄が窮地に陥っているのなら、焦るか笑うか、もう少し顔に出るはずだ。
だとするとこれもマツリカか?
コーネリアが失踪し、彼女が王太子を決める鍵にされているとの情報を得、それで辿り着いたひとつの疑念──コーネリアが消えて得をするのはマツリカだけでは、と疑ったあの日の私が正しかったのか?
だが今、その疑惑を口にすることはできない。
彼女が一言『コーネリア様が邪魔でするん』と言えば動く手駒は多かろう。魅了できる人間は無限にいる。
しかし怖いのは『リカはちょーっと愚痴っただけでぇ、コーネリア様をどうしようとかそんな怖いことは考えていないのでするん。なのに〇〇様が勝手にやったでするん! むしろリカは被害者でするん!』が通用してしまうことだ。
彼女を断罪するとすれば、逃げられないだけの証拠を用意してからでなければ。
「エアハルト伯が疑わしいのはそれだけではない。
報告によるとバルトガー侯爵令嬢を拐かした男はエアハルト伯の指示で動いていた、其方らを監禁していた男たちもエアハルト伯に雇われた、と証言している」
カジウラをダシにエアハルト伯を黒にするつもりがうまくいかず、そればかりか辺境伯領への信頼にまで話が飛んでしまったせいだろうか。
言葉に詰まってしまった兄の代わりに、今度は今まで置物状態だった第二王子が口を開いた。
さてこれは第二幕か、それとも番外編か。
私の残存体力と精神力を思えば是非とも番外編でお願いしたいところなのだが。
「あの男たちが本当に伯爵の手の者ならそうでしょうね」
「違うと言うのか? エアハルト伯は彼らが伯爵の雇った者だと聞いても否定しなかったそうだが」
「否定しなかった、ではなく、否定できなかったのでは? 思い返せばあの頃から伯爵の様子は変でしたわ」
水車小屋の男たちは『自分たちはエアハルト伯の配下だ』と言ったと言う。
私たちを助けに来た兄もそう言っていたし、それを聞いたエアハルト伯は否定しなかった。
いや、あの時伯爵は一切の反応を見せなかった。
ただ呆けたようにマツリカを見ていた。
思えばあれも魅了の一種かもしれない。
マツリカと一緒にいる時間が短かったコンラートが魅了から脱したように、逆に、ランドルフがナイスミドルたち以上にマツリカの妄信的な信者になっていたように。彼女の魅了はきっと重ね掛けするほどに強力になっていく仕様だ。
昨晩の無反応な症状を強力にした状態、それは今のエアハルト伯によく似ている。
そしてあの時、エアハルト伯と同じ症状を見せた者がいた。
「アロイス殿下。あの時、私はお兄様にイグニートがやってきたことを証明してくれとお願いしましたのに黙っていらっしゃいましたわね? あれはどうしてか、今、お伺いしてもよろしくて?」
アロイスは、今では普通に喋っている。
頭も回っているように思う。
もしあの症状が魅了のせいだと証明できれば、少なくともエアハルト伯の今の状態にマツリカが関係していると言えるだろう。
聖女として、神の御使いとして人々の賞賛を集めるはずだった彼女が一転して黒幕と判明する。最高のエンドじゃないか!
「え? ああ……そんなことあったかな」
しかしアロイスは曖昧に言葉を濁した。
マツリカの魅了は記憶にまで影響を及ぼすのか?
覚えていないのでは証人にもならない。もしあの時、違和感がマツリカの魅了のせいだと察していたら、あの場で無理にでも言質を取ったものを!
「そうだな。私が冒険者に身をやつしていた間にイグニートについて知ったことは、後で書類にして提出しよう。と言ってもルブローデ辺境伯令嬢に話した以上のことはないが」
「……感謝致します」
アロイスの親切そうな提案に私はただ頭を下げる。
微妙に意図がズレて伝わったのか今の私の役には立たない提案だけれども、攻略対象の親切心を蹴り飛ばしたら破滅フラグが立つ。
全く。これだけ長く話しているのに同じところでずっと足踏みしているような進歩のなさ。
腹立たしくて気持ち悪い。




