80 悪役令嬢、力説する。
断定的な物言いにランドルフは眉をしかめる。
今回の件はマツリカの〝お告げ〟を信者全員・全会一致で賛成して終わらせるつもり(ついでに言うことを聞かないコーネリアに灸を据え、マツリカを敬わない私をも断罪できれば一石三鳥)だったのに、簡単に終わらない様相を呈してきたからだろう。
だがそうは問屋が卸さない。
エアハルト伯がどうなろうと知ったことではないけれど、釈明もままならない老人ひとりに罪を着せて「はい終わり」と言うのはあまりにも愚行。
だったら代弁できる部分は代弁して差し上げるのが拳を交えた同士のよしみと言うものよ! と、コンラートあたりが聞いたらランドルフ以上に眉を寄せそうな熱弁を心の中で振るい、私はちらりとアロイスを見る。
笑っている。
『さてどう料理するおつもりかな? 悪役令嬢殿?』と言っているようにも見える。
「エアハルト伯だけでは無理だと思う理由を述べさせて頂きますわ」
「あー……手短にな」
本気で解決する気があるのか? と言いたいけれど、さすがにそれを言ったら終わる。
だけれども、ランドルフが期待する証言はできない。
どうせ彼からは良く思われていないし、思われようとも思わないし、此処は好き勝手に暴れさせて頂こう。
「まず。伯爵は女が男性社会に入り込むことを嫌っていらっしゃるご様子でした」
男性と同じ立場を欲しながら一方では女であることを利用する──冒険者界隈あるあるな、露出の多い服を着たり男に媚びたりする女たちをエアハルト伯は不快に思っていた。
年齢が年齢だけに昔気質な〝女は家を守るもの〟みたいな願望を女性に抱いていたであろうことは何となく察しが付くし、そう思えば自分の子や孫に近い年齢の娘が働きに出るのも、そのために肌も露わな恰好をしなければならない現状をよく思っていなかったことも推測できる。
「女が〝女を利用する〟のを許せない方が、どうしてその最もたる……女をその目的で売り買いする商売を、それで金を得る自分を許せましょう?」
「話が矛盾しているのではないか? 其方は先ほどエアハルト伯が黒だと言ったではないか」
「……ジークラムの聡明なる星・ランドルフ第一王子殿下。一を聞いて十を知るほど聡明な殿下には回りくどく感じられるでしょうが、全てが殿下と同じ理解力を有するわけではございません。お許し下さいませ」
即刻入ったちゃちゃを冷め切った笑みで退け、私は続ける。
ちなみに〝ジークラムの聡明な星〟とは〝第一王子〟に付く枕詞のようなもの。同じように国王は〝太陽〟、王妃は〝月〟になぞらえられる。
時短を希望したその舌の根も乾かぬうちに邪魔をするとは、昨今の〝聡明〟は私の持つ辞書とは解釈が変わったらしい。
「先ほどアロイス殿下は『一介の冒険者崩れひとりに組織だった人身売買取引は不可能』と仰いました。ですがそれを言うなら一介の戦馬鹿にも組織だった人身売買取引は不可能です」
隣国からもたらされる紛争を瀬戸際で押さえ込み、長くジークラムの平和を保ってきた立役者であるエアハルト伯に向かって『戦馬鹿』と言うのは気が引ける。
実際には私以上に王城にも顔を出しているだろうし、社交も行っているだろうし、領地に帰れば歴とした領主でもあるだろう。
だが商売には向かない。
昨今、趣味が高じて自分の店を持つことが貴族の間で流行っているが、エアハルト伯は違う。
私にはわかる。剣だけ握っていれば良かった前時代の脳筋だあれは。
「彼らの背後にいるのはその流通過程や経路を知り、的確な対策が打てる知識を持ち、投資できる額の財と多少の無理なら押し通せる権力を有した者。失礼ながらエアハルト伯は最初の二点で既に無理かと」
世の中には『秘書がやりました』と言う、その一言で自身の無罪と、そしてあまつさえ被害者面までできるようになる魔法の言葉があるけれど、部下が何をしたかも把握できない上司など糞オブ糞。
普通の上司なら決裁で上がってくる書類に目を通すから『全く知らない』なんてことは生じない。
だからこそイグニートたちの背後にいる人物はそれなりの知識は持っているはずだし、〝女を買うこと〟にあれだけ嫌悪を露わにしたエアハルト伯が知って、尚且つ指示まで出す立場だとは思えないのだ。
そう考えるとリーナが残されていたのも『エアハルト伯が買ったから』と言う線は消える。
〝水車小屋の男たちへの褒美として〟と言うのも、彼らが本当にエアハルト伯配下の者たちであるのなら、ない。
女を買うことに嫌悪を抱く者が子分に買って与えるはずがないのだ。
それもあれだけの人数に対しリーナはひとり。余程リーナ個人に恨みでもない限り輪姦まがいのことをさせるはずがない。
なのに伯爵はリーナとは面識がない、ときた。
「あの日、エアハルト伯はアロイス殿下に向かって『客ではない』と仰いました。あの場所に〝客〟が来ることを知っていた発言です。しかし伯爵自身は女を買う行為に嫌悪を抱いている。矛盾しています」
伯爵はリーナが〝商品〟だと知っていた。
いや、あの場にいた私たちでさえも商品だと思っていた節があるけれど、それでもあの場所に〝商品〟があって、〝客〟が来ることも知っている様子だった。
エアハルト伯は実行犯には向かない。
もし前面に出てきて面が割れでもしたら断罪まっしぐら。イグニートだってせっかくのパトロンを失いたくはないだろう。
だから彼の役回りは、イグニートに便宜をはかる(エアハルト領を通行しやすくするとか、金銭面で援助するとか、水車小屋の男たちのようなならず者を雇うとか)あたりだと思われる。
そんな裏方が何故あの場にいたか。
リーナを買ったのがエアハルト伯だった、と言うのは彼の発言からしてありえない。
もし自分で買ったのなら、(商品がリーナしかいないあの場で)アロイスに向かって『客ではない』とは言わないからだ。
それなら。
「自身が嫌悪することに手を貸していたとは思えません。何らかの理由があって協力させられていた、もしくは今まで人身売買の片棒を担いでいるとは知らなかった、とは考えられないでしょうか」
伯爵が言った『救いを求める子羊』の意味が、まさか〝だから売られそうになっている娘を助けに来た〟と言う意味だったとは……女を見下している態度のせいで思いもつかなかったけれど、あの場所に伯爵が現れた理由はそんなところにあったりはしないだろうか。
私はエアハルト伯がイグニートの仲間だと信じて疑わなかった。
実際、マツリカが『犯人でするん☆彡』と名指しした以上仲間なのだろうけれど、でもきっと一枚岩ではない。物語の悪役には中盤で主人公側に寝返る奴が必ずひとりはいる。
もし手を貸してきたことへの贖罪とかそんな正義に駆られて、売買をひとつでも潰すつもりで現れたのだとしたら。
「ルブローデ辺境伯令嬢はやけにエアハルト伯を買っているようだが。だが彼が嘘を言っていないとどう証明できる?」
「もし嘘を吐くのであれば人身売買の部分から知らず存ぜぬを貫くはずですわ。この国では奴隷売買そのものが罪ですもの」
「教えるだけ教えておいて命を奪う、『冥途の土産に教えてやろう』と言うつもりだったのでは? しかし予想に反してユリウスたちが早く到着してしまい、其方らの殺害に至らなかっただけかもしれないだろう」
「失礼ながら殿下。死ぬことが確定しているならともかく、まだピンピンしている相手、しかも殺り逃す可能性が高い複数を前にして自身の罪を語るなど、長く貴族社会にいる者なら決していたしません」
貴族社会は腹の探り合い。
しかも王太子が決まっていない今、貴族は第一王子派、第二王子派、第三王子派に分かれている。
王子たちに対立しあう様子は見られないが、だからと言って王位を継げるのはひとり。家門の安泰のためにも支持する王子には勝ってもらいたいだろう。
エアハルト伯が誰の派閥に所属していたのかは知らない。が、罪を犯せば支持している王子の評価に響くことはわかっているはずだ。
そんな中で自分の罪をペラペラ喋る馬鹿など、創作の世界──例の商家のご隠居に退治される地方領主とか、断罪前の悪役とか──にしか存在しない。
「とにかく、平民の娘たちを狙った人身売買とバルトガー侯爵令嬢の件は別に考えるべきでございます。その上で前者については首謀者はイグニート、そしてエアハルト伯はそのことを知っていたことからしても協力者で間違いはないでしょう」
私がすべきことは、エアハルト伯ひとりの罪になり、マツリカのお告げは正しかった、と周知される状況を阻止すること。
マツリカのシナリオでは伯爵が主犯なのかもしれない。
が、ここはアロイスを信じよう。
私がクリストファーとの婚約を免れたように、抜け道はきっとある。
何より当の本人の証言がないのだ。どうとでもできる。できれば、理由などあとから幾らでもついてくる。
ランドルフは先ほど、イグニートや水車小屋の男たちの証言について口にした。彼らが『エアハルト伯に言われてやった』と証言している、と。
しかしもし本当にその証言に重きを置いているのなら、アロイスや私の意見など聞かず、こんな会など開くこともせず、闇から闇に葬り去って終わりにするはずだ。
それをしなかったのは端から彼らの意見に聞く価値がないと思っている証拠。
都合のいい時にだけ彼らの証言を取り上げようだなんて、そうは問屋が卸さない。
「犯罪を知っていて動かなかった点は伯爵の罪。改心したとしても軽くなるものではございません。弱者を守る責を放棄したことについてはそれ相応の償いを受けるべきだと思います」
エアハルト伯がコーネリア誘拐にはかかわってなさそうだと知ったからか、ランドルフのやる気が目に見えて萎んでいく。
平民の娘たちを狙った人身売買とバルトガー侯爵令嬢の件を二つに分けた今、後者について話題を振れば彼は再び食いついてくるだろう。それはもう今までのやる気のなさは何処へ? と言わんばかりに。
だがしかし。それは前者の事件を蔑ろに終わらせると言うこと。
結論も真犯人も出ないまま放置すれば、きっとなぁなぁにエアハルト伯に罪を押し付けて終わりにしようとする。それは避けたい。
「あー、わかったわかった」
国民に目が向かない王子は果たして国王に相応しいと言えるのか? ……いや、失言した。
もしかすると国王になる素質が不十分だとこの場で大勢に知らしめることで、後々クリストファー立太子イベントに繋がっていくのかもしれない。第二王子に至っては一言も喋っていないし。
だとすればこのやる気のなさも納得がいく。
兄王子たちの株が下がれば、相対的にクリストファーの株が上がる。
だがもしクリストファーが王太子になれば、悪役令嬢の破滅フラグが立つことは間違いない。
なんせ乙女ゲームで王子の地位を持つ攻略対象は総じて王位継承者。序盤は継承権すらないに等しい扱いを受けていたとしても、何故か他の王位継承者が次々と自滅し、最後はヒロインと王位の両方を手に入れている。
以前、クリストファーに『聖女を王族に迎え入れれば箔が付く。さらに国母に、と言う機運が高まれば自ずと夫であるクリストファーも王位に就ける可能性が上がる』と言ったことがあるけれど、あれは単にクリストファーの好感度を上げるためだけに言ったこと。
でも今、マツリカの存在に関係なく兄王子たちとクリストファーの立場が入れ替わろうとしている。
クリストファーが王太子になれば、シナリオの補完がひとつ終わったことになる。
むろんそれだけで私の断罪が近づくわけではないけれど。
「それで? そこまで言うからにはルブローデ辺境伯令嬢はエアハルト伯ではない首謀者とやらに心当たりはあるのか?」
「ですから先ほどから何度も、」
いや。
シナリオがひとつ補完されたところで、クリストファーがマツリカとくっつかなければ痛くも痒くもないのではないか?
むしろクリストファーが王太子としてコーネリアがラブラブになってくれれば話は変わる。
アロイスがリーナへの想いのおかげでマツリカの魅了にかからずにいるように、クリストファーも他に良い女がいれば攻略対象の枷を外せるかもしれない。
その良い女とは、今現在、最も王子妃に相応しい身分を持ち、且つクリストファーに好意を持っている令嬢、コーネリア。
これでお互いに全く脈なしだったら恋仲に仕立て上げるのも面倒だが、片思いならその労力は二分の一。
なぁに、乙女ゲームでヒロインが攻略対象と親しくなるきっかけNo.1は悪役令嬢の虐めから助ける、というもの。
悪役令嬢なりの助力は惜しまなくってよ!
「確実に罪が明白なのはイグニートだけですわ」
そして私自身も守らねば。
私は悪役令嬢。はっきり言ってランドルフの言うことは理不尽が過ぎるが、これも私が散々講釈を垂れ続けた結果だ。
大丈夫。ナイスミドルたちの洗脳は解けている。
エアハルト伯ひとりに罪を着せ、尻尾切りみたいに切り捨てることを是とする者は少ない。はず。
「話を聞くだけ無駄だったようだ。アロイス殿下も言っていただろう? 『一介の冒険者崩れひとりに組織だった人身売買取引は不可能』と」
ランドルフはふん、と鼻を鳴らす。
王族の前に貴族としてその態度は作法としてどうよ、と思うものの、それを指摘できる猛者は此処にはいない。
「エアハルト伯を擁護するのなら代わりの首謀者を上げてから来るが良い。よもやこれだけの事件をイグナントカとか言う下っ端ひとりのせいだとは言うまいな」
「それこそ無理強いでございます、殿下」
ああ、なんて面倒な!
こんな時、クリストファーが失言でもしてくれれば相対的に三王子全員の株が落ちるのに。
全員揃って落ちてくれればクリストファーが王太子になることもなくなるし、そうなればクリストファーとコーネリアの仲を取り持つこともしなくて済むのに。
無能を王に戴くよりも、もう少しましな誰かを探してきて王座に据えたほうがジークラムのためになるわよ絶対に!!!!
ほら。仮にもマツリカはあなたの〝真実の愛〟でしょう? 今は。
そのマツリカのお告げに私はケチをつけているのよ? 脳内お花畑な攻略対象らしく、ツッコミどころ満載の自論を披露して玉砕されなさいよ!
私はクリストファーに念を送る。
だがしかし。彼は青ざめて目を逸らした。
何故だ。
私の心が読めるのだろうか。




