79 悪役令嬢、考えを改める。
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「ご令嬢がたはお互いに良い友人をお持ちだ」
アロイスの声に私は我に返った。
見ればランドルフもアロイスも会話を止めて私たちを見ている。
いくら囁き声だとしてもナイスミドルたちの注目を一身に集めてしまっているのだ。彼らが気が付かないはずがない。
マズい。そうでなくとも私たちはランドルフからあまり良い印象を抱かれていない。私はマツリカと敵対する立場、コーネリアは婚約が嫌で逃げだしたという理由で。
またどんな難癖をつけられるか──!
「お話し合いを中断してしまうとは失礼を致しました」
「まっ、」
「いや構わない。そうでしょう殿下?」
慌てて頭を下げるコーネリアに対し、ランドルフの言葉を遮ってアロイスが許可を出す。
先に『構わない』と言われてしまうと否定もしづらいのだろう。ランドルフは口籠ったものの、黙って頷いた。
彼のことだ。きっと『全くだ。バルトガー侯爵令嬢ともあろう者が礼儀に反する振る舞いをするとは云々』などと言いたかったに違いない。
頷きはしたものの、眉間の皺が半端なく寄っている。プーラマのジオ漬けを食べたときの顔だってそこまで酷くはならない。
そんな顔ではコーネリアは逃げるばかりですわよ? と言ってやりたい衝動に駆られたが、脳と口が直結しているやられ役ならいざ知らず、自ら進んで破滅フラグを立てて回る趣味は私にはない。
口を噤み、私もコーネリアに倣って頭を下げる。
そんな私たちに何を思ったのか。
アロイスはさらに、
「特にマルグリット嬢は自己犠牲の精神に溢れていらっしゃる。私には彼女のほうこそ聖女を冠するに相応しいと思っていますよ」
などと言い出した。
「そう言えば〝マルグリット〟とは〝聖なる乙女〟と言う意味があるそうで」
おいこら、今度は何を言うつもりだ!!
私は頭を上げる機会を逸したまま青ざめる。
〝マルグリット〟に〝聖女〟の意味がある、とはオリヴィアたちから聞いていたが、アロイスでさえも知っている常識なのだろうか。
両親が娘に縁起のいい名前を……よりもシスコンな兄がゴリ押しした気がしなくもないけれど、意味を知ると最近流行りの難読名ばりに恥ずかしい。
いや、〝マルグリット〟自体は昔からある名前だから問題ないのよ。
でも!
ツリ目悪役令嬢に抜擢される女に聖女ってぇぇ!!
この場で唯一となってしまったけれど、未だマツリカ派のランドルフの前で私を褒めてどうする! しかも『聖女に相応しい』などと現・聖女のマツリカを下げてまで!
と……私は頭を下げたまま、届かないであろう念をアロイスに送る。
ああ、こんな時、彼がクマだったら勝手に心を読んでくれるのに!
しかし悪役令嬢にそんな都合のいい展開はやって来ない。
今までの言動からして、何故かアロイスはマツリカを嫌っている。
いや、常識がある男なら彼女の態度と語尾に不快感を抱くだろうから決して不思議なことではないけれど、その前にアロイスは攻略対象。真っ先に魅了の餌食にされるはずだし、その機会はいくらでもあった。
なのに魅了されていない。
少なくとも、魅了されていないようには見える。
何故だ。
極度のツンデレか?
それとも、思ったことと真逆の言葉を吐いてしまう呪いにかかっているのか?
だが私が知る限りのアロイスは決してツンデレではないし、思ったことと逆の言葉を吐くような面倒くさい男でもなかった。
「私は人質の女性が半裸に近い恥ずかしい恰好をさせられていても、服を貸そうと言う発想はできませんでした。しかしマルグリット嬢は違う。身分に関係なく……当時、私はタジャラの王子ではなく胡散臭い冒険者としか認識していなかったでしょうが、それでも平民に服を貸してやれと普通の貴族令嬢なら言いますまい」
………………いや。
もしかして他に心に決めた決めた女性がいるからマツリカに靡かないのだろうか。
アロイスがこの事件に首を突っ込んだ理由のひとつに『リーナの失踪』がある。さらに彼は涙するリーナに動揺し、赤面までしていた。
そこから導き出される答えは、アロイスはリーナに特別な感情を持っている! だ。
真実の愛の前では呪いと紙一重の魅了など効かないのだろう。童話でよく見かけるご都合主義な解呪系ハッピーエンドのように!
ふふふ、これだけ要素が揃っていれば、女子力が低い私にだって簡単に推測がつきましてよ!
私は頭を下げたまま、こみ上げてくる笑いを堪える。
頭を下げている時でよかった。顔を上げている時だったらまた何を言われるかわかったものではない。
そうか。そういうことか。
恋愛系小説ではよくいらっしゃいますわよね? 金も地位もあって顔までいいのにヒロイン以外は目に入らない朴念仁。
『絶対に浮気をしない安定感がいい』と、かのバルトガー侯爵令嬢が絶賛していらっしゃったときには良さが全くわかりませんでしたけれど、〝絶対に最後は勝つ、世直し旅中の商家のご隠居〟と同じだと考えれば私にも理解できますわ!
横からコーネリアの「マルグリット様?」と言う声が聞こえる。
頭を下げた体勢のまま青くなったり、と思えば(笑いを堪えて)震えていれば心配もするだろう。
まさか頭を上げるタイミングを逸しただけとは思うまい。
他国の王族から褒められて、マツリカのようにふんぞり返るどころか恥じらって俯いてしまっている、と採ってもらえれば一石二鳥。先ほどの拘束で受けた動揺が続いていると思われれば三鳥。
いや、コーネリアならきっとそう思う。
アロイスが心を寄せているであろうリーナは今日、此処に来ている。
しかし従僕はこの部屋には入れない。控室か廊下で待機しているはずだが、彼女の性分からしておとなしく待っているかどうか。
何処かで会うことでもあれば当然、何故此処にいるかは聞くだろうし、聞けば私の従僕になっていることも知るだろう。
つまり! 〝将を射んと欲すれば先ず馬を射よ〟作戦だ。
主人を誉め、庇えばリーナの好感度も急上昇!
いいのよアロイス。上手く立ち回ってくれたあかつきには、『よくできた男だ』と色を付けてリーナに伝えておいてあげるわ!
「そんなマルグリット嬢が不敬を承知で庇おうとするバルトガー侯爵令嬢もきっと素晴らしい女性なのでしょう。マルグリット嬢はとても計算高い女性だ。庇う価値のない相手には辛辣です。出会って数日ですが、私では彼女のお眼鏡に適わないようで」
そう考えればアロイスがやたらと私を持ち上げ続けるのにも合点がいく。
実は乙女ゲームは乙女ゲームでも悪役令嬢が主人公の〝悪役令嬢だけれども幸せになりますわ!〟なストーリーだった! 今日から貴女がヒロインよ♡ よりずっと納得できる。
「──さて、それで本題の人身売買についてですが」
それからしばらくして、やっと話題は事件の真相に迫った。
これが本題だというのに余計なことに時間を割きすぎ。いくら解決済の事件とは言え、のんびりしすぎだろう。
と、会が始まるや否や真っ先に話題を曲げた張本人が言うことではないけれど。
「いくら経験が長くとも、一介の冒険者崩れひとりに組織だった人身売買取引は不可能。必ず背後には力のある協力者がいる。しかしそれを突き止めるには至っていないのが現状です」
「協力者とはエアハルト伯のことだろう? いや、主犯か」
アロイスの話にランドルフが返す。
断定しているが、その根拠がマツリカの『エアハルト伯が犯人でするん!』から来ていることは間違いない。
証拠も根拠もない神のお告げのおかげで罪のない者がひとり、罰せられようとしています──と言うにはエアハルト伯は黒寄りの灰色だけれども、それでもマツリカの一言で罪が決まる前例を作るのは良いこととは言えない。
言えないが、否定もできない。
考えてみれば、マツリカは乙女ゲームのストーリーに準じて進んでいる。
とすれば、エアハルト伯=犯人説は揺るぎようがない事実、と言うことになるのではないか?
私がクマッティから得た情報を予知に見せかけて話したように、彼女の〝神のお告げ〟は少し先にあるストーリーを先んじて明かしているだけではないか?
ならば異を唱えたところで間違うのは私だ。
もしエアハルト伯が私と同様、『この世界が乙女ゲーム化している、このままなら自分は人身売買の犯人役にされる』と知っていたのなら、断罪される未来を変えるために動くだろう。
けれど、ただの第三者ではシナリオどおりに踊るだけ。
そして考えられる限り、エアハルト伯は第三者なのだ。
普通に考えれば、英雄と称され、領地も爵位も財産も持っているエアハルト伯が人身売買に加担する理由など思い当たらない。
男に媚びる女、浅慮な女、衣装がいかがわしい女は嫌いでも、女性全般はそうではない──例えば慎み深い女性は嫌いではない──伯爵のこと。せいぜい悪態を吐くのが関の山。
だから私はエアハルト伯主犯説に異を唱えていたわけだけれども。
だが掌を返して神のお告げに賛同するのも腹立たしい。
できることならエアハルト伯の無実を証明し、マツリカの評価を地の底にまで失墜させたいところだが……。
「根拠のない〝神のお告げ〟は無視するとして」
案の定、アロイスはランドルフを一蹴する。
彼は民家で私が『イグニートこそが主犯だ』と言ったことを聞いているから、私が根拠を持っていると思っているのかもしれない。
ランドルフとマツリカの主張と対をなす意見。言い負かせることができれば爽快だろう。
「エアハルト伯が主犯だと主張する根拠はございますか殿下? まさかとは思いますが、大した成果のひとつも出していない自称聖女様の言うことを鵜呑みにして仰ったわけではありませんよね?」
困った。
今更、神のお告げが正しかったとは言えない。
『もうやめて! 私の生命力は0よ!』と私はアロイスに念を送る。
送ったところで届くはずもないのに。
「も、もちろんだ。捕らえた他の者たちも口を揃えてエアハルト伯から指示を受けたと証言しているそうではないか! 当事者たる彼らの主張を無視して何としよう」
「口を揃えて?」
「そうだ! 連行してきた奴ら全員が、」
語気も荒く主張を続けようとするランドルフを遮って、アロイスは笑い声を立てた。
嘲笑ともとれる笑い声に場内が静まる。
そんな中でアロイスはゆっくりと口を開いた。
「おかしな話ですね。普通指示と言うものは上から下へ伝達されるものです。
例えとして、イグニートと水車小屋の男たちは揃ってエアハルト伯の下についていたとしましょう。イグニートは伯爵本人から指示を受けたかもしれない。しかし水車小屋の男たちのほうはリーダー格がいました。だとすればまずそのリーダー格に指示し、そこから末端にさらに指示が飛ぶものでしょう? それが組織というものです」
いや。
もしかして、どうにかなる?
もしアロイスが神のお告げを覆す根拠を持っていたとしたら。
そうよ。いくらリーナを得るために私に媚びへつらおうと思っていたとしても、そのせいで自身の評価が落ちれば本末転倒。
しかもそれの評価先が少し前まで抗争していた隣国の王族なら、尚更、足元をすくわれるきっかけになりかねない不確かなことは口にしないはずだ。
「なのに〝全員〟がエアハルト伯から指示を受けたと証言した。ひとりとして〝リーダーから〟と言わずに」
「彼らの証言が嘘だと?」
「自分かわいさに仲間を売るのはよくあること。『指示されただけだ。自分の意思ではない』と。上の者がまずそう主張すれば下に付く者は同じ主張をするものです。同調しておかないとその集団では生きていけませんからね」
アロイスが神のお告げ覆す何かを持っている、と考えてもいいのだろうか。
もしそうなら私も全力で〝エアハルト伯が犯人じゃないと思う説〟を主張させていただくのだけれども。
「では殿下はエアハルト伯が白だと仰るのですか?」
「それを調べるのが今回集った目的ではないのですか? まさかトンプルの鳴き声鑑賞会のために集めたわけでは、」
「失礼が過ぎますぞ殿下! 仮にも聖女に向かって何度も何度も」
アロイスの煽りともいえる侮蔑の列挙に、ランドルフが怒りの声を上げる。
「彼女は聖女とならなければ王城に来る機会も稀であったろう男爵令嬢。多少の不作法は大目に見てもらわねば!」
「タジャラとジークラムの恒久的な安寧のために、城内を野ブタが走り回るのくらいは大目に見ろと。なるほど」
そして散々ランドルフを挑発した挙句、アロイスはいきなり私に投げて寄越した。
「ああ、また話が逸れてしまいましたね。マルグリット嬢、貴女もエアハルト伯に対し、思うところがあるのでは?」
どうせ二言目には『マツリカ』なランドルフにうんざりしたからだろう。それははわかるけれども!
でも!
油を注ぎ切ってから交代しようとするんじゃないわよ!!!!
私だってランドルフ殿下の相手なんてしたくない。
したくないけれど振られた以上引き受けざるを得ないわけで、引き籠りの辺境伯令嬢には荷が重い。
畜生! こんなことになるとわかっていたなら『疲労から熱を出しました』とか何とか理由をつけて欠席したのに!
「……ええ。ですが私はエアハルト伯は黒だと思っておりますわ」
私の返答にアロイスは「おや?」と言いたげな顔をした。
やはり私が『イグニートこそが主犯だ』と言い切ったことを覚えているようだ。
「先ほどアロイス殿下が一介の冒険者ひとりに組織だった売買はできないと仰っておりましたけれど、それはエアハルト伯でも同じこと。今まで戦一筋だった方に奴隷商売の何がわかりましょう。
昨晩、伯爵は『私が買っているわけではない』と仰いました。が、人身売買そのものについては否定しておりません。何らかの形で関与していることは間違いないと思われます。ただ、」
「ただ?」
私は息を吐き、改めてアロイスとランドルフを見返す。
全く。引き籠り令嬢を働かせすぎなのよこの国は!
帰ったら寝てやる。絶対に寝てやる。一ヵ月くらいベッドから出ないわ私は!
「私は伯爵にこんな大それたことができるとは思っておりません」
プーラマのジオ漬けとは梅干しのようなものだと思ってください。
プーラマ=梅
ジオ=塩




