78 悪役令嬢、感動される。(☆)
しかしアロイスの言動に困惑していたのは私だけではなかった。
「キッショってリカのことでするん!? 稀代の聖女にしてジークラムの華と謳われたリカの何処がキショいってー!?」
散々否定され、面と向かって『キッショ』とまで言われたマツリカのほうが困惑し、怒りも覚えるだろう。
〝稀代の聖女〟だの〝ジークラムの華〟だのと誰が言った? と言うツッコミを思わず控えてしまうくらいにはマツリカの心情も理解できる。敵だけど。
「ジークラムの鼻ぁ? 言われてみりゃあ確かにトンプルに似てるとこあるな。言った奴天才か?」
「で、でっしょお? リカはやっぱり天、」
「ああ! 似て良し焼いて良し。寄生虫の心配があるから生はオススメしねぇけど、内臓まで食える庶民の味方・トンプルにそっくりだわ! その限りなく上を向く鼻が」
「あ?」
そしてどうやら〝トンプル〟を知らなかったらしいマツリカだが、アロイスの説明とナイスミドルたちの間から聞こえた堪え笑いに馬鹿にされたことだけは察したのだろう。怒りで顔を赤くし、さらに幼子のように頬を膨らませる。
それがさらにトンプルに似て、笑いを誘う。
笑ってはいけない無限ループが完成した。これは何の罰ゲームだ! と言いたいところだが、これはただの罰ゲームではない。
今まで『聖女が絶対』『聖女様万歳!』と妄信的なスタンスを変えなかったナイスミドルたちが彼女を『トンプルに似ている』と笑うなんてもっての外。
なのに今、マツリカを庇い、アロイスに反論するどころか一緒になって笑って(正確には笑いたいのを我慢して)いるのだ。
笑いが聖女の〝魅了〟を払拭したのか?
稀にお笑い芸人あたりが『笑いは世界を救う』だのと言いだすことがあるが……ただのネタだと思っていたけれど案外、真実を言っていたのかもしれない。
洗脳を解くことができるなんて、お笑いって凄い。
いや。
そんなことを言っている場合ではなかった。
「……アロイス殿下。聖女への非礼が過ぎます」
笑ってはいけない無限地獄の中で兄王子Aだけが静かに怒りを溜めていたのだ。
有力者は特に念を入れて魅了させたのだろうか。
まさかあの顔で攻略対象のはずがない、と言ってしまうと不敬なので胸の内にとどめておくけれど、恋愛対象と見るにはマツリカの好みから外れすぎている兄王子Aが最後まで残っているのは正直意外だった。
単に兄王子Aが信じたいだけか?
心密かにマツリカに好意を持っていたのか、数ヵ月前まで敵だった他国の王子より自国の聖女を尊重するのが王族の務めだと思っているのか。
それとも聖女を馬鹿にする雰囲気が許せない──目上を目上と見ない風潮では風紀が乱れるとか何とか、そんな理由か。
「聖女は神の声を聴き、国に発展を、世界に平和をもたらす者。いわば王族と同等に崇められるべき存在ではありませんか。なのに聞いていれば尊敬の欠片もない言葉ばかり。聖女への非礼は我がジークラム王室への非礼と同等と見させていただくがよろしいか?」
あ、これは推測3:〝目上を目上と見ない風潮では風紀が乱れるとか何とか〟だ。
言葉の端々から慇懃無礼さが染み出している。
この場はタジャラの王子として扱うが、『聖女に対して吐いた言葉の汚さからはどうにも王族とは言い難い。
しかし偽物と扱っては後で本物だった時に何を言われるか。だったら王族として丁重に扱っておいたほうが面倒がない。
偽物だったとしても尊重される分には文句などないだろう? いや、王族の私がこれだけ譲歩してやっているんだ文句を言うな』的な思いが透けて見える。
見えるが……その手の態度は控えてほしい。
本物かどうか定かではないながらも『下手したら戦争でするん☆彡』を避けたいから王子として扱うことにしたのでしょう!?
本末転倒じゃないですかっっ!!
「では聖女の非礼の数々はジークラム王室が行ったものと同等と見るがよろしいか?」
だがしかし。
アロイスはそんな兄王子の態度すら楽しんでいるようだ。
言葉尻を捉えて同じように返す機転からは頭の良さまで感じさせる。
口調もうってかわって王子らしいものに変わったが、素に戻ったのか、偽っているだけか。
瞬時に王子口調に切り替えられたのも機転か? 以前から何度も〝アロイス殿下〟をやっていた経験があるからか?
果たしてこの男。
王子か。
影武者か。
やり手の詐欺師か──……
「そちらの聖女を自称する娘は聖女である前に男爵令嬢なのでしょう? この国では目下が目上に声をかけることを許しているのですか? 召使いを呼ぶように手を叩いて呼び寄せ、許可もなく腕を絡め、娼婦のように媚びへつらうのが貴国の貴族令嬢が取るべき礼儀なのでしょうか」
……しかし続く言葉はしごく真っ当で、その点では本物だろうが偽物だろうが『いいぞもっとやれ!』と応援したくなる。
「私が何故冒険者のふりをしてこの国にいたのか、それを考えたことはありますか? 王子だと暴かれ、こうして皆の前に引っ張り出され。顔が割れてしまえば二度と庶民の間に分け入っていくこともできませんが、その不利益は誰が責任を取るおつもりで?」
「そうは言いますが、殿下の身に何かあれば責を問われるのは我が国。不法侵入しておいてそれはあまりな言い草では?」
「身勝手なふるまいをしたことは詫びましょう。が、それはあくまで自己責任。私が冒険者として命を落とすことになったとしても、貴国に責を問うことはありますまい。
……ええ、あくまで冒険者として、誰ひとり私のことを王子だと知らない状況でなら、ね」
ちょっと待て。
この場の数十人に面が割れた上でのその条件では、何があってもジークラムの責任になりそうなのですが?
ともあれ、場は完全に兄王子Avsアロイスと化した。
取り上げられている話題も口を挟める状況ではないし、挟まないほうがいい。
そう思っているのはナイスミドルたちも私も同じだろう。誰もが黙りこんだまま、観客に徹している。
そんな中、マツリカだけは、
「こんなのアロイス殿下じゃないでするん! 偽物でするん! 捕まえて牢屋に入れてほしいのでするんっっ!!」
と、空気も読まずに叫んでいる。
いや、あなたが『王子でするん』と言いだしたのがそもそもの発端でしょうに、都合が悪くなったら偽物呼ばわりするってどうなの? 第一、今のほうがずっと王子らしいわよ?
そんなツッコミも……父と同年代のオジサマがたとここまで心が通じ合えるのも微妙だけれども、きっと同じ気持ちだ。
「おや。昨日は聞く耳持たず『王子でするん!』の一点張りだったその口で、今度は違うと仰る? 随分と信憑性に欠けた聖女様ですね」
「あ、いや、それは」
「偽物でするん!」
「もしやランドルフ殿下も男爵令嬢と同意見で?」
「あー……いや、」
「牢屋で反省すればいいでするんっっ!」
アロイスの開き直りとマツリカの大声に、兄王子Aことランドルフは言葉を濁す。
偽物かもしれないと思ってはいたけれど、表立って『偽物でするん!』とやるには証拠不十分だし、数分前までは王子だと思っていたわけだし、で、対応に困っているのが手に取るようにわかる。
そしてそれはランドルフだけではない。
ナイスミドルたちも困惑している。が、こちらは違っていれば違っていたで矛先を向け直すだけなので、ランドルフほど深刻ではない。
魅了が解けたせいもあるのだろう。マツリカに対し(即座にランドルフを責めるわけにはいかない大人の事情と思われる)あからさまに冷ややかな目を向ける者もいて、完全に空気が変わったのを感じる。
「な、なんでぇっ! なんでぇっ!! アロイスは〝面白い女〟が好きなんでしょ!? あたしのことも『ふっ、おもしれー女』って興味を持つはずなのにっ!」
「語尾が?」
キレて騒ぎ出すマツリカをアロイスは失笑で返す。
確かに語尾は『おもしれー』けれども。
「もしくは他国の王族を呼び捨てるのが『おもしれー』のか? だとしたらジークラムの一般常識を疑うところだ。此処の王子様がたは天空の如き広い心の持主だから目に余る不敬の数々も一切咎めないのだろうが、」
「っ! 近衛兵っ! ……聖女はお疲れのようだ。休ませてやりなさい」
そして。
とうとうマツリカは、先ほどまで私を拘束していた近衛兵たちによって部屋の外に連れ出されてしまった。
一瞬の判断ミスが命取り(季語なし)。
マツリカが『攻略対象に悪態を吐いたところでヒロインなら許される』と思っていなかったとは言えない。
乙女ゲームの攻略対象はヒロインに激甘で、どんなわがままも笑顔で許し、何をやっても褒めちぎるのが鉄板らしい。クマッティばかりかフォルッツとディナエルも口を揃えて言っていたからそうなのだろう。
今までこの世界の攻略対象たちはそうでもなかったが、神殿で魅了スキルを極めてきたのか、一晩で兄王子たちもナイスミドルたちも、そして兄までもが彼女のイエスマンと化した。
当然アロイスにも同じ反応を期待していたはずだし、もしかすると『ツンデレだから好きな子にはイジワルしちゃうのね♡』なんてお花畑な期待をしていたかもしれない。
だとすると、先ほどの『牢屋に入れろ』発言の裏には『リカが調教し直してやるでするん! ふたりっきりの世界で魅了漬けにして、絶対服従させてやるのでするん!』と言う思惑があった可能性も捨てきれない。
が、結果としてアロイスは牢屋送りにはならず、マツリカのみの退場と相成った。
読みが甘かったと言えるだろう。
これでアロイスルートは消滅した、と思ってもいいのだろうか。
まだ攻略できる対象は何人も残っているけれど、わざわざ手順を踏んで出会うに至った推しのルートを断つことができたのだとしたら、彼女のやる気を下げる意味でも大きいのだが。
「……さて、議論に戻りましょうか。ランドルフ殿下?」
扉を閉めても聞こえる叫び声がそれでも徐々に小さくなって、そして完全に消えた頃、アロイスは再び口を開いた。
「あー……聖女は、あの、本当に疲れているのだ。決して悪気があって言ったわけでは」
「ランドルフ殿下。為政者たる者、野良のトンプルに吠えられた程度で動じていてはいけません」
その風格はもう一介の冒険者などとは呼べない。
パンツ一枚になっても王者の貫禄が漂っていそうな……まぁ実際には脳裏にチラつくパンツ一枚のアロイスと視覚から得た今のアロイスとがいい具合に混ざった状態(要するに想像)なのだけれども、此処にいるジークラムの三王子たちよりはずっと威厳が感じられる。
「此処ジークラムで人身売買が横行していることはご存じですね?」
「無論だ。その組織にバルトガー侯爵令嬢が攫われ、救出に向かったところで殿下と合流したのだから」
私の視界が想像に乗っ取られている間も、ランドルフとアロイスの腹の探り合いは続く。
「そう。私がこの場に呼ばれたのもそのあたりの話が聞けるからだと思っていたのですが、ヒステリー女がライバルを蹴落とす手段に利用するだけだったとは……ああ、あの女の思惑はともかく、殿下はきちんと話を聞いて下さるおつもりだったのでしょうから、過ぎた話を何度も蒸し返すものではありませんでしたね。失礼」
「いや。こちらこそ聖女が暴走して迷惑をかけた」
威厳が……パンツ一枚で威厳が……ええい! いい加減パンツは忘れなさいよ私!
「(大丈夫でしたかマルグリット様)」
そんな私の挙動不審さがどう現れていたのか、コーネリアがひっそりと水の入ったグラスを差し出してきた。
その水を一気飲みし、やっとの思いで想像を掻き消す。
一気飲みなんて令嬢のすることではなかったが、だからこそ私が尋常ならざる状態だと察したのだろう。
「(拘束されそうになるだなんて! これも全部マツ、いえ、ゴビルンの差し金ですわ)」
コーネリアは気の毒そうにそう言うと、水差しを取り、手ずから注いでくれる。
どうやら私の動揺は近衛兵に拘束された恐怖を未だに引き摺っているからだ、と思われたらしい。
まぁ、普通の令嬢なら拘束されるなんて人生に一度たりともないだろうし、何処ぞの王子のあられもない姿を想像していた、よりはずっとまともだ。誤解は誤解のまま使わせて頂こう。
しかし本来なら王族が話している時に雑談などするべきではない。
それを十分わかっているはずの令嬢オブ令嬢がそのマナーを破ってでも話しかけて来たのは、それだけ感極まっているのか。
「(マルグリット様が私のことをあれほどまでに案じて下さっていただなんて。思えばあの時マルグリット様がぬいちゃんグッズを受け取らなかったのは、私が修道院に行かずに済むよう考えていらっしゃったからなのですわね)」
コーネリアは涙ぐむ。
いえ、ぬい服の店で貴女を働かせようと思ったのは単なる思いつきです。
せっかくの刺繍の腕を何処ぞの修道院なんぞにくれてやるのは惜しい、と思っただけです。
ぬいグッズを受け取らなかったのは持って帰るのが面倒だっただけです。
そんな本音は正直に言わないほうがいい。絶対に。
「(こんな素晴らしいお友達がいるのに私としたらあんな男の口車にのって皆さんを危険な目にあわせて! 申し訳ないではすまされませんことよ!)」
見れば、コーネリアのひそひそ声が届く範囲にいるナイスミドルたちが一緒になって頷いている。
範囲外にいるナイスミドルたちは「何ごとか?」と隣に尋ね……気が付けば全員が私とコーネリアの会話に耳を傾けていた。
コーネリアの叶わぬ恋物語&私の体を張った友情(妄想です)のダブルコンボが、歳を取って涙腺が弱くなったオジサマがたにダイレクトアタック。
胸に手を当てて「尊い……」と呟くナイスミドルの姿など見たくなかったぞ私は!!!!
全く。
そこまで感動されるとちょっとキショい(アロイス風)。
トンプルとは挿絵にもあるとおり、豚似の家畜です。




