77 悪役令嬢、困惑する。
「彼は本当にタジャラのアロイス殿下なのか?」
誰かが発した一言は、この場にいる全員の思いそのものだったろう。
なんせタジャラは数ヵ月前まで敵対していて親交らしい親交などなかった。
カジウラの活躍で表向きは手を取り合ったように見えるけれども、その立役者が不在の今、タジャラが今までと同様におとなしくしているとは言えない。
突然、カオリスナ公爵令嬢マデリーンが彼の地の公爵家に嫁ぐ話が出て来たのも、親交の表明としての──要するに人質──政治策略がなかったとは言えなかろう。
タジャラの王室にアロイスがいるのに何故公爵家に、と言うあたりは、両国の力関係の差とか、そもそもアロイスの年齢や既婚か未婚かなどの情報が入って来ていなかったとか、いずれ王位を継ぐであろう第一王子の妃に敵国の娘は……と思われたとか、アロイスは乙女ゲームの攻略対象だからとか、そんな政治的、且つ世界の歪みの忖度が二重三重に働いていたに違いない。
ともかく、そんなわけで、少し前まで敵だったタジャラ王室をジークラム国内で知る者はほぼいない。
〝アロイス殿下〟にしても然り。
私たちの中で〝アロイス殿下〟はタジャラを形成する記号のひとつでしかなく。
変装して来られた日には、某国王の叔父のように気付くわけもなく。
そんな中でマツリカが『アロイス殿下でするん』と言えば、イエスマンたちが鵜呑みしても不思議ではなく。
そこへきて当の本人が違うと言い出したのだ。
さすがに賛同し続けることに自信が持てなくなって当然だろう。
「ほ、本当でするん! だってヒロインが公爵令嬢捜索隊に参加してぇ、水車小屋の男たちを倒してぇ、捕まった人たちを助けてぇ。それで出会うのが蒼炎の獅子帝アロイスなんだもん!」
……〝蒼炎の獅子帝〟って何だ、とは聞くまい。
きっと〝氷の貴公子〟とか〝月下に咲く黒薔薇のナントカ〟とかと同じ、痛い呼称だ。
そしてそんな痛い呼称から推測するに、アロイスはマツリカの中ではコンラートと同等、もしくはかなり高位置にいる攻略対象だと言える。
どうでもいい相手にそんなキラキラしい呼称は──〝恥ずかしい、嫌がらせに最適〟と言う意味でならどうでもいい相手にこそ付けるところだけれども、多分──付けない。
しかし今の言い方、マツリカはアロイスと出会うことを知っていたことになる。
しかも捜索隊に参加し、男たちを倒し~と言う過程を経なければ出会えなかったかのような言い草だ。
やはりマツリカはこの乙女ゲーム化ストーリーを知った上で行動しているのだろうか。
乙女ゲームには途中途中に選択肢がいくつもあって、選び方によっては出てこないルートやイベントもある。『捜索隊に入って、男たちを倒して』と言うマツリカの行動は、そのイベントを発生させるためにわざわざ踏んだようにも見える。
「女の前でパンツ一丁だったって言うけど、それはマルグリット様に服を奪い取られたからでしょ!?」
「あのなぁ、女の細腕で男の服を身ぐるみ剥ぐなんてできると思ってんの?」
「あの女ならやるでするん!」
「ああー……っと、口を挟むようで申し訳ないが、確かにアロイス殿下なのだな? 聖女よ」
自分たちを蚊帳の外に置いたまま始まった口論に、兄王子Aが困惑顔でアロイスとマツリカを見比べる。
前述のとおりなら彼がアロイスの顔を知らなくても仕方がない、かもしれないが、人間と言うのは勝手なもの。
『王族なら他国の王族の顔くらい知っていて当然だ。自分たちのような下々は知らなくてもしょうがないけれど』と言う非常に身勝手な思い込みから、アロイスの真偽を見破れなかった兄王子Aの評価を下げるであろうことは容易に推測できる。
昨晩は城をあげてもてなしているだろうし、服も貸しているし、兄王子Aとしては是非とも合っていてほしいところだろう。
だがしかし。
「もちのろんでする、」
「さあ、どうだろうな」
肯定しようとするマツリカと、遮って言葉を被せるアロイス。
全く逆のふたつの返答が部屋に響く。
「王子様としちゃあ俺がタジャラ国第一王子でいてほしいんだろう?」
「……そ、れは」
不敵な笑みからアロイスの思惑は読み取れない。
さて、これはどうしたものか。
マツリカとしては『公衆の面前でパンツ一枚にさせられたアロイスはマルグリットのことを恨んでいるから、この場に呼べば期待どおりに糾弾してくれるだろう』と思っていたに違いない。
なんせマツリカは〝アロイス殿下と出会うイベント〟を発生させるために過程を踏んでいる。
彼が別人である可能性はかなり低い。
そして彼が身分を認めれば、必然的に私の不敬罪も確定する。
それだけではない。
彼女には魅了のスキルがある。一晩と言う時間があれば、アロイスを味方に引き込むことなど造作ない。
万が一、私の不敬をアロイスが告発しなかった場合を考えて、あの手この手で好感度を上げ、傀儡として動くよう仕込むことだって可能だし、逆にそれをしなかったとは思えない。
なのにアロイスはマツリカの思いどおりに動かない。
昨晩、私に服を奪い取られたことも否定する。
だから私の味方だと考えるのは短絡的すぎるけれども、アロイスの意図がわからない以上、さすがの私も様子を見る他ない。
「第一、あんたは水車小屋の男たちを倒さなかったし、人質の救出もしなかっただろう? 捜索隊には付いて来たみたいだけどさ」
アロイスのこの好感度の低そうな言動には何か意味があるのだろうか。
試しているとか?
〝獅子帝〟の由来は、子供を谷に突き落として、這い上がってきて初めて子供と認める、みたいな面倒くさい性格から来ているのか?
「倒したでするん!」
「いーや。水車小屋の男たちを倒したのはマルグリット嬢だ。あんたは縛られてた連中を引っ立てて……いや、引っ立てて行ったのも兵士だったな。あんたじゃない。
それに人質を助け出したのは、あの場に捜索隊を導いたマルグリット嬢の義弟とイグニートの監視を逃れて助けを呼びに行ったソラとアウラの手柄だ。あんたじゃない」
……しかし試すにしては完全に敵対モード。
谷に追い落としただけでは飽き足らず、石礫を投げ込んでいる。
こんな扱い、コーネリアのようなM気質なら大喜びで這い上がって来るだろうけれど、マツリカには逆効果でしかない。
とは言え、これで這い上がるのを諦めたら、アロイスはマツリカの味方にはならないわけで。
何がしたい?
何を考えている?
まさか本当にマツリカとは敵対するつもりで……いや、そうするメリットがアロイスにはない。
身分を隠して入国したにしろ、他人の空似をいいことに王子と偽ったにしろ、無事に出国するまでのことを思えばアロイスはマツリカを味方につけておいたほうがいいはずだ。
見るからに四面楚歌な私の肩を持ったところで、アロイスには何の得にもならない。
「ああ、そう言えば何処に向かえばいいかもわからなかったあんたらに行き先を示したのはマルグリットと義弟の連係プレイのおかげだってな」
なのに私寄りの発言はとどまることを知らない。
他人の功績を我が物にしようとするマツリカが許せなかった、とか、そんな正義の味方的思考からくるものなのだろうか。
それとも、損得など何も考えていないのだろうか。
脳と口が直結した短絡思考のほうが〝両脇に女を侍らせている俺様冒険者〟らしいけれど、ならばなおのこと彼を支持するのは憚られる。
迂闊な行動で売国奴の汚名を着せられ断罪まっしぐら、は避けなければ。
「つまりはこのふたりがいなかったら今頃はまだ居場所すら掴めずに四方八方あてどなく彷徨い続ける羽目になっていたわけだし、女どももどうなっていたかわからねぇってことだよ。それも忘れてんのか? ここの連中は」
アロイスの声と眼力に、私を拘束していた兵士の腕が緩む。
彼らも捜索隊に参加していたのだろうか。
影の功労者に対してこの仕打ちはどうよ、と罪悪感に見舞われたかどうかは知らないが、ともかく腕が自由になったのは有難い。
「それとあんた」
アロイスは谷に突き落とした子獅子を見下ろす親獅子……にしては慈悲も慈愛もない目でマツリカを見下ろす。
「知ってっぞ? あんたは本来ならもっと早く進めるはずの捜索隊に無理やり馬車を動員して遅らせただけじゃねーか。それでよく『自分のおかげ』みたいに言えるな」
「リカが『兵隊さんたちが怪我しないように~』って加護を与えてたから誰も怪我しないで帰って来れたんでするん!」
「加護ねぇ。目に見えてステータスが上がるわけでもなし、ホントに何かやってたのか怪しいよな。『いたいのいたいのとんでけ~』って程度の気休めでそんなに威張られてもなぁ」
「ぐ、ぐぅ」
「そういう点じゃ後衛職に似てんな。あんたは何時追放されるんだ?」
『彼は本当にアロイス王子なのか?』と同じくらいの『彼は本当に攻略対象なのか?』と言うモヤモヤが私の頭の中を埋め尽くしていく。
アロイスの言動はヒロインに対するそれではない。
どう考えても好感度はマイナス。
悪役令嬢が主人公を務めるストーリーなら美丈夫たちがこぞってヒロインを蔑み、反旗を翻すざまぁ展開が発生するが、今の状態はそれに似ている。
上げて落とす作戦なのか?
後に掌を返し、悪役令嬢へのざまぁ展開につなげるつもりで。
褒められ慣れていない分、受けるダメージは大きいだろう。って、その悪役令嬢は私なのだけれども。
「……ま……ったまたぁ♡ アロイス殿下ってばツンデレなんでするん? そうやってつれない態度でリカの気を引こうって魂胆は、」
「キッショ」
だが、そう思いたいのに。
アロイスに期待している自分がいる。
最近、一話が長いので今回は短めです。




