6 悪役令嬢、夢を見る。
豪奢な調度品と煌めく灯り。
色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢らは、しかしダンスやお喋りに興じるわけでもなく、ただ固唾を飲んで遠巻きに私を取り囲んでいる。
いや、『私を』と言うには語弊があった。
正確にはホールの中央に立ち尽くしている私と、その数歩先で私を睨みつけている男女を、だ。
男はこの国の第三王子クリストファー。
女であれば年齢外見問わず姫のような扱いをしてくると噂の令嬢キラーが嫌悪の表情をありありと浮かべているのは、『お前は女ではない』と言いたいが為……ではないと思いたいが、クリストファーの評価よりも気になるのは隣の女の存在だ。
肩までの茶色い髪。垂れた目尻とふっくらした頬が小動物のようだが、目だけは悪意に満ちている。
私自身社交界にはあまり顔を出さないのではっきりとは言い切れないけれど、貴族令嬢の面々にはいなかったような、要するに見たことがない顔だ。
視線を少し右に向ければ、フォルッツをはじめとする男性陣。こちらも見かけない顔ばかり。
何故護衛騎士のフォルッツが? とは言うなかれ。あれでも騎士爵の持ち合わせはある。
そしてその後ろ。遠巻きにしてコーネリアをはじめとする見知った令嬢たちの姿がある。
「──と言うわけで、マルグリット・ルブローデ! 聖女マツリカを害そうとした罪で断罪する!」
クリストファーが高らかに告げると、周囲から拍手が沸き起こった。
フォルッツたちも満面の笑みで手を叩いている。
「私が何時そのようなことを? まるで身に覚えがございませんわ」
「命乞いか? 見苦しい、お前も辺境伯の娘なら死は覚悟していよう」
いや。辺境伯の娘だから死を覚悟すると言う理屈が既にわからないし、その前に重要な理由を『と言うことで』で片付けるのはどうかと思うのですが?
そう言いたいけれど、この会場の空気からして、言えば『王子に反論するなんて不敬罪だ』と罪を上塗りしてくるのはわかりきっている。どうにかしなければ。
「引っ立てい!」
しかし考える暇すらもらえなかった。
クリストファーは妙に時代がかった口調で右手を一閃させる。
その動作に兵士がさっと私の両側に立ち、左右から腕を掴んだ。
「殿下!」
「あぁら、大声を出すなんてみっともない。やっぱりこんな粗野で粗暴な男女はクリス様の伴侶には相応しくありませんわぁ」
クリストファーの腕に自らの胸──乳と呼ぶにはあまりにも貧乳──を押し付けている女が、連行されようとしている私を見下ろしてクスクスと笑う。
そう、全てはあの女のせいだ。
あの女が私の未来を歪ませた。私はあの女のために悪役令嬢などという役回りを押し付けられ、私に用意されていた未来は全てあの女が奪って行った。
もっと早く。
もっと早くに全てが解決できれば。
だがもう遅い。
私は──!
目を覚ますと、其処は見慣れた自分の部屋だった。
薄絹を透かして天井が見える。
視線を動かせば、肖像画の掛かった壁と鏡台。その視線をさらに引き寄せれば枕元に忍ばせている愛剣と……だらしなく寝こけている白いクマのぬいぐるみ。の、ようなもの。
私はそのクマを摘まみ上げ、サイドテーブルの上に放り投げる。
あの夢は悪役令嬢の断罪シーン。
本物を見たことは一度もないが、このクマから散々聞かされたせいであんな夢を見てしまったに違いない。
そうでもなければ……泣き叫ぶ夢の中の自分を思い起こして、あまりの人物像の乖離にうんざりする。
自分の脳が作り上げたにしては三文小説のような酷い出来だ。
「……起きるのが早いのう。前世はニワトリだったのかの?」
投げられて目を覚ましたクマが目を擦りながら嫌味を言って来る。
モフモフしたぬいぐるみが眠そうに目を擦っている様はいかにもメルヘン味があって愛らしいが、実際問題としてぬいぐるみが動いたらホラーだし、中身が世界と同年齢の老人だと言うことも私は知っている。
そう。このクマは自称・創造神。名はクマッティ。
そしてこの姿は暴走する仲間──トラウラと言う名の転移者を召喚しまくる神を止めるために全身全霊の力をもって戦いを挑んだ結果だ。
トラウラから神の力を奪って追放したものの、自らも力を使い果たし。今はぬい姿に甘んじているのだと言う。
その論理から行くと、私の前に現れたトラウラがクマ姿だったのはクマッティに力を奪われた後だったのだろう。
力を失っているのに空を飛ぶのか? と矛盾を感じなくもないが、相手は神。
人間で言うところの〝歩く〟と言う(超常の力を使うまでもない程度の)日常動作が、神にかかれば空中浮遊なのかもしれない。
神ってあまり歩き回るイメージがないし。
そして、そんなことよりももっと気になることがひとつ。
何故力を失うとクマのぬいぐるみになるのだろう。
私は私とお揃いのナイトキャップを被り直しながら戻ってくるクマを見下ろす。
余談だが寝間着もお揃いだ。爺がフリフリリボンの寝間着など来ていたら通報ものだが、ぬいだからギリギリ許される。
いや、この家は只今、絶賛〝許さないといけない空気中〟にある。
出会って以降、クマッティは私の部屋に居座っている。
転移者狩りを手伝わせる約束は取り付けたのだし、用が済んだのならとっとと帰ればいいものを……わかる。メイドたちから歓待を受けたから帰りたくないのだ。
ルブローデ辺境伯領は王国の端に位置しているし、自虐的に〝田舎〟と称してはいるが、実際のところは決して田舎ではない。
国境を守護しなければならないのだから人もいるし、物資も入って来る。王都並とは言わないが、それなりに賑わっているほうだ。
しかしその役割上、どうにも男目線と言うか男優先と言うか、店も武具や防具、ポーションなどを売る店のほうが多いし、建物や街路も戦闘に有利なように配置されている。街中で最も賑わっているのは鍛練所で、コーネリアが話していた〝ドールを売る店〟なんてものはない。
拠点となる城は特に顕著で、防衛に有利な建築、室内構成が美しさよりも無骨さを醸し出してしまっている。
そんな中で一日を過ごすメイドたちはかわいいものに飢えていたのだろう。
クマッティは異様な歓迎を受けた。
薔薇の香りがする石鹸水を用いて数人ががりで洗われ、その間に別の数人がぬいぐるみ用ベッドをこしらえ。私の部屋のサイドテーブルはあっという間に〝クマちゃんの寝室〟と化した。
さらに私のドレスと意匠を同じくした服が用意され、メイドたちの部屋で(さすがにぬいが伯爵家と同じ食卓についたらおかしい)、甲斐甲斐しく『はい、クマちゃん、あーん♡』などとやってもらったらしい。
さすがにクマッティもメイドたちの前で喋ったり食べたりはしなかったようだが、私的にはボロを出してボコボコにされるのを思わず期待してしまったくらい、そのチヤホヤぶりは凄かった。
クマッティを追い出したらメイドたちから何を言われるだろう。
『ぬいにかける慈悲もない』とレッテル貼りされるのは間違いない。
未来の女領主として、領民の心が離れるのは困る。
と、まぁそんなわけで。
私の多大なる犠牲のもと、昨夜はこのクマは喜んでサイドテーブルのベッドで寝たはずだった。
なのに何時の間に私のベッドに上がって来たのやら。
〝寝相が悪い〟で移動できる距離は軽く超えている。
「失礼。少々夢見が悪かったので、つい、うっかり、偶然、手に当たったものを投げてしまっただけのことよ」
幸運なことにクマの処遇を咎めるメイドはいない。
神だか何だか知らないが、若い娘のベッドに入り込むなど言語両断! 有無を言わさず首と胴体を分離されなかっただけ有難いと思うがいい!
にっこり微笑んでそう言えば、クマッティはこそりと「悪役令嬢」と呟いた。
聞こえてる。
聞こえていますわよ?
ベッドに入り込んだ変態爺を投げ飛ばすのが悪役令嬢だと言うのなら、私は何時でも悪役になりますわ。
そんな心の声が聞こえたのか。
クマッティは私と目を合わせようともしない。
それにしても嫌な夢だった。
あの夢は予知夢だろうか。
それとも脳内で作り上げた妄想に過ぎないのだろうか。
もし予知夢なら。クリストファーにしなだれかかっていた女に、私は私の未来を奪われたと言っていた。
悪役令嬢が出て来る世界のヒロイン。断罪する攻略対象に寄り添う女。
きっとあの女が私の未来を歪める転移者に違いない。
名前だけは覚えている。
『聖女マツリカ』とクリストファーは言った。
夢の中の私は彼女のことを『貴族令嬢の中では見たことがない』と称していた。
クマッティによると、『ヒロインは平民の身でありながら、魔力の高さで特待生として貴族の学校にやってくる』そうだから、今現在、見覚えがなくても当然だろう。
あの最低な未来を回避するには、この世界の何処かにいるというあの女──〝聖女マツリカ〟を見つけ出し、そのチート能力を消さねばならないのだ。
他にも方法がないわけではない。
しかし何処で誰の手によって立つかもわかっていない破滅フラグ全てを事前に折るのは不可能。こんな面倒ごとを押し付けてきた諸悪の根源を、好感度を上げるためだけに庇うのも腹立たしい。
むしろ私が率先して苛め抜きたい。
攻略対象がマツリカを庇おうものなら、ふたりまとめて原形をとどめないほどボコボコに──要するに破滅フラグを折るどころか乱立させる行動しかとる自信しかない。
これも全て、昨日クマッティから転移者について説明を受けた以降、私の中の対・転移者好感度ゲージが下がりに下がってしまった結果だ。
〝他の方法〟が使えない以上、私には転移者のチート能力を消す選択肢しか残っていない。
私は右掌を見、グーパーグーパ―と広げては閉じてみる。
チートクラッシャー。相手に触れた状態で発動させれば、彼らが持つ〝チートスキル〟を白紙に戻せるらしい。
つまりは転移者へのボディタッチ必須、と……コーネリアのような社交的な性分なら『やっだー〇〇さんったらぁ♡』とでも言いながら肩を叩いたところで誰も不思議に思わないのだろうが、引き籠り令嬢にはかなり難易度が高いことを要求されている。




