5 悪役令嬢、悪役令嬢を知る。
ともかく、カジウラが転移者だと言うことはわかった。
ディナエルと言う名の冒険者がカジウラに勝てなかった理由も知った。
しかしそれが悪役令嬢とどう関係してくるのかは、話の何処にも出て来ない。
「それで?」
「そ、そうそう! トラウラが連れて来た転移者はもうひとりおってな。ただ、カジウラと違って動きがないので何処の誰、とは言えぬのじゃが」
脱線しすぎたと理解したのか、クマッティは慌てたように両腕をパタパタと振る。
トラウラが連れて来たもうひとりの転移者は、スキル〝転生聖女〟を持っているらしい。
〝転移〟なのに〝転生〟? と突っ込まれそうなネーミングの矛盾は大目に見たい。同じ効果なら同じスキル名で結構だ。
聖女は勇者同様、少し先を見通すことができると言われている。
しかし裏事情を知った後では特別感は全く覚えない。
〝己の不始末を誤魔化すために神が下駄をはかせただけの凡人〟と知ってしまった今となっては。
そんな名ばかりの聖女は、神が履かせる下駄で回復魔法や光魔法の所持を希望する者が多いらしい。そして何故かほぼ全員が、関わる者・関わる世界を〝乙女ゲーム化〟にすることを望むのだとか。
私に悪役令嬢という役回りが回ってきたのもそのせいで。
「要は虐げられヒロインが最後に幸福を掴んでハッピーエンド、と言う話……って意味で良くって?」
不幸なヒロインが魔法使いや妖精の助けを借りて幸福になる童話ならそこらじゅうにある。
幼い頃コーネリアに『マルグリットさまはこれでもよんでじょしりょくをあげたらよくってよ』と押し付けられたのは全てそんな話だった。
不幸でも貧しくもない高位貴族の自分たちには全く該当しない話、どころか〝いじわるな母・義姉〟側として滅ぼされるのでは? と言ったら大泣きされたが。
「まぁ筋としては同じじゃが、最近のは鉄板展開があっての。
ヒロインは特に不幸ではないが平民出身。衣食住に苦労しているほどでもなく、平民とは言え貴族と共に学べるだけの学費が工面できる程度の親を持ち、類稀なる魔法の才で聖女と呼ばれるわけじゃな。
そして悪役令嬢は攻略対象……王子が多いが、の婚約者じゃ。貴族ばかりの学園に通い、卒業パーティのあたりで婚約破棄を言い渡され、さらにはヒロインに嫌がらせを行った罪で断罪され、運が良ければ国外追放、悪ければ処刑の末路。最後は王子と聖女で結婚式♡までが鉄板じゃ」
「随分と型にはまった鉄板ですわね」
設定から話の筋書きまで決まっているとは。
ひとつふたつならまだしも、どれもこれも同じ展開で異世界人は飽きないのだろうか。
いや、時代劇だって序盤に悪役が酒を酌み交わしつつ陰謀を喋り(黙っていればいいのにと思わないわけでもない)、中盤にそれを盗み聞いた平民が虐げられ、当事者もしくは身内に若い娘がいれば凌辱もしくは意味不明な入浴シーンでお色気を加え、最後に権力と武力を持った主人公が悪役を退治して終わるのが鉄板。
登場人物の属性がちょっと違うだけであれだけの話があり、どれもそこそこに人気がある。あれを思えば異世界人の嗜好に文句は言えない。
聖女についてはライバルが踏み台になる、とは言わなかったが、きっと悪役令嬢がそれなのだろう。
断罪・処刑されるのは彼女が聖女のライバルに位置するからに他ならない。
「でも私には王子の婚約者もおりませんし、学園にも通っていませんわよ?」
王子と聞いてチラリとクリストファーの顔が浮かんだが、首を振って払った。
彼と婚約などした日にはこの国の貴族令嬢全てを敵に回したも同然。根も葉もない噂をばら撒かれるだろうし、その中のいくつかは確実に国外追放や処刑に繋げられるだろう。
なんせ彼を慕う女性陣には私より位が高い者も、父や親族に国の重鎮を持つ者も多くいる。
私が非の打ちどころのない完璧な淑女ならそんな噂を撒かれることなどないのだろうけれど、辺境領主を人生の目的にしていた私の淑女性は〝大目に見て及第点〟でしかない。
ましてクリストファーに対して少しでも恋愛感情を持っているのならともかく、全く何とも思っていない私にそんな役を振られても。
むしろコーネリアのほうが適役じゃないか?
私はお茶会でぶっ倒れた幼馴染の侯爵令嬢を思い浮かべる。
一途なまでにクリストファーを慕い、本人も周囲も『彼に釣り合う令嬢は他にいない』と言って憚らない。
なのに目の前でポッと出の女に搔っ攫われるなんて、悪役令嬢にすればどれだけ面白く踊ってくれるだろう。
友人が不幸になるのを期待しているわけではないが、私では奪い取る楽しみも半減。どう考えてもミスキャストでしかない。
ちなみにクリストファーの上には兄が二人いるが……彼らはビジュアルからして女子受けするとは言い難、いや、これ以上は不敬になる。
「そんな馬鹿馬鹿しい世界になった様子もなし」
申し訳ないが全く信じられない。
人々が皆キラキラした美男美女になったわけでも、無駄に背景に花が咲き乱れているわけでもない。私を悪役令嬢と呼ぶのも今のところは怪しいクマだけ。
と言うか、これ、ドッキリ企画だったりしない!?
どう仕込んだらこんなに精巧な動きになるのか分解してみないことにはわからないけれど、何処かからこのクマを操っている技師か魔法使いがいたりしない!?
私は左右と、そして背後を見回す。
「そう見えるのは今だけじゃ」
クマッティは残念そうに首を振った。
「お主に悪役令嬢役が任じられた今、この世界の何処かで乙女ゲーム化は確かに進んでおる。放っておけば手遅れの事態となるのは必然じゃ」
……本当なのか?
本当に?
転移者に悪役令嬢にオトメゲーム、なの? 此処が!?
「確かに殿下と婚約だなんて面倒ごとは御免ですけれど」
王子の嫁なんて玉の輿じゃない♡、などと浮かれるのは王族を知らない者だろう。
第三王子の嫁なら王妃にならないんだから、でもない。王族は国王・王妃以外の面々にも面倒な公務が山のようにある。名代として引っ張り出されることも多い。
お茶会ですら面倒だと言うのに、よく知りもしない人々――外国のお偉方や、『どうせ領地に引き籠るから会うこともないし』と放置していた人々と、この先何十年も顔を突き合わせなければいけないなんて冗談ではない。
私にはルブローデの女領主となって悠々自適の余生を過ごす野望があるのに!
「どうにかならなくて?」
一縷の望みをかけてクマを見下ろす。
グルグル巻きのまま転がしている時点で頼む態度ではないが、最初に助けを求めて来たのは向こうだし、今の状況を打開するためにも必死になって動くだろう。
クマッティは自称・創造神。そんじょそこらの神より有能なはずだ。
しかし。
「こればっかりはのう。歪みは既に発動されてしまったし」
役に立たない。
「簡単に転移者の意向に迎合する軟弱な世界を作ったのはどなた?」
「あー、それを言われると耳が痛いのじゃがー!」
「では私がその痛みを取っ払って差し上げますわ。耳ごと!」
「そ、そんなことよりお主は乙女ゲーム的世界を知らんじゃろ!? 教えて進ぜよう!」
「先ほど鉄板を詳しくご教授頂いたばかりでしてよ!!」
そんな茶番を越えて口を開いたクマッティによれば、変えられた世界観では恋愛がメインであるらしい。
登場人物は、ヒロイン、そのライバルとなる悪役令嬢、そしてヒロインの攻略対象と呼ばれる男性が数人。
例として挙げると、
1:王子。
ほぼ間違いなく悪役令嬢の婚約者で、攻略対象ではなくなっても悪役令嬢よりもヒロインの味方をする。
断罪シーンで主導権を握り、悪役令嬢に引導を渡すのは彼だ。
2:王子の友人や兄弟。
全て王子とはタイプが違うことが必須。
友人も宰相や侯爵の息子などといった良家の子息であることが多い。
3:悪役令嬢の義弟。
魔力が強いなどの理由で親元から引き離されて悪役令嬢の家に養子に来る。
親から離され、悪役令嬢から苛められることで歪んだ性格になることが多く、それを癒すのが攻略ポイントとされている。
4:その他。
頭数が足りなかった時は生徒会長や他の優秀な学生、教師や他国の王族、特殊なケースとして兄弟同然な間柄の幼馴染従者や親代わりに育てていた美少年なども攻略対象になることがある。
そして最終的にはヒロインが攻略対象の誰かとハッピーエンドを迎えて終わる。
対照的に悪役令嬢はほとんどの攻略ルートで死罪か国外追放エンドとなるらしい。
「でもそうと知ったからには、その結末にならないよう努めればいいだけのこと。悪役令嬢が断罪・処刑されるまでのストーリーはあらかたわかっているのでしょう?」
乙女ゲーム的世界は転生・転移者が好むジャンルであるらしく、クマッティも流れはよく知っている。
よく知っているからには私以外にも過去に悪役を振られて破滅した誰かが複数名いそうなのだが、破滅=国外追放か処刑では話を聞くことは無理なので経験者の談は期待できない。
が、流れを事前に知ることができれば先手が打てる。
勇者のスキルではないが、先を見越して対策ができるのはやはり強い。
最近では派生のひとつとして〝乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけれどもフラグをへし折って幸せになる(悪役令嬢主人公もの)〟パターンもあるそうだが、今回は私に悪役令嬢役が回ってきたところからしてそれはない。
となれば、悪役令嬢たる私がフラグを回避するにはその〝派生〟を参考にすればいい。
イベントをヒロインより先に回収することで攻略対象の好感度を上げるのがその最もたるもの。
加えて、ヒロインを罵倒したり罠に嵌めたりもせず、悪いものには悪いと言い、正義感あふれる行動を取り、けれど定期的に天然ボケをかまして周囲から親しみを集め。息をするように苛められるヒロインを事あるごとに庇い、直接手を下していなくても責められれば自分が悪いと頭を下げ……何処が悪役令嬢だと言われそうな善行を繰り返すことがフラグ回避に繋がるらしい。
最後は悪役令嬢が攻略対象のいずれかとハッピーエンドになるそうなのだが……処刑に比べればその回避は容易かろう。
まず手始めにできることは、好感度を上げつつ、攻略対象の婚約者にならないこと。
どのルートに入るかわからない以上、クリストファーだけではなく、何処にどれだけいるかわからない攻略対象が立てるフラグの全てを回避するためにも、国内外のどの男とも婚約しないことが必須だ。
〝好感度を上げつつ〟。
注意するとすれば此処だろう。なんせ対象が掴めない。
とにかく王子の友人や部下など、妙齢の男性陣から反感を買わないようにすればいいだろうか。
次に義弟を苛めないことだが、今のところ私に弟はいない。
それに分別のつかない子供ならいざ知らず、この歳で義弟を苛めるなんてあり得ないと言っていい。
その先に破滅フラグが立っていると知っているのなら尚更だ。
「となると問題はやはりヒロイン、と言うことになるわね」
クマッティが乙女ゲームを知っているくらいなのだから、ヒロインも私が対策してくることは見越しているだろう。相手側に参謀がいることなど考えが及ばないお花畑なら対策が楽になるだけだ。やっておかないに越したことはない。
悪役令嬢のフラグ対策は、そのままヒロインの好感度が上がらないことに直結する。ならば必ず妨害してくる。
予測し得ないチート能力で──ディナエルのように手も足も出せない状態にされては困る。
「そこでこれ。チートクラッシャーじゃ!」
「テッテケテッテーテーテテー」と意味不明な歌を歌いながらクマッティは颯爽と何かを掲げた。
しかし、何もない。
「……は?」
「メンドくさい回避に時間と頭を使わずとも、諸悪の根源である固有スキルをブッ壊してしまえば良いのじゃ!」
クマの手には何もない。馬鹿には見えないとか、そういう特殊な設定が施してあるのだろうか。
そもそもお前がトラウラを野放しにしたのが原因だろう? とか、カジウラやヒャルターの話はいいから先にその結論を出せよ、とか言いたいことはいろいろあったけれど、ツッコミどころが多すぎて何処からツッコめばいいものやら。
「あ、チートクラッシャーはスキルじゃから目には見えぬのじゃ。だがまぁ、これを授けよう。開発するのに一○○余年ばかりかかったが、多分効果はあるはずじゃ。多分」
「多分が多いですわね」
「なんせ実戦投入は初めてじゃからのう」
ものすごく不安だ。
しかし丸腰で転移者に対峙することに比べれば、何かしらの役には立つだろう。
多分。




