53 悪役令嬢、仲裁に失敗する。(☆)
困った。
クリストファーが兄を慕っているのも性根を入れ替えて剣の腕を上げたいと思っているのも良いことだが、だからと言って私の部屋の前で待つな。
〝私の部屋〟と言っても家族で同室だから〝兄の部屋〟でも〝コンラートの部屋〟でもあるわけで、もっと正確に言えば扉の向こうには何部屋かあって、そのひとつである私の私室からは廊下の気配など感じることなどできないけれど、でも嫌だ。
「兄が戻りましたら殿下がお待ちの旨を伝えますから、それまではお部屋でお待ち下さいませ」
と再度促すも、
「とか言って、忘れるだろう」
とクリストファーは口を尖らせる。
待て。
一週間や一ヵ月先ならいざ知らず、数時間前にしたばかりの約束を忘れるほど私はボケてはいないつもりだが、そう言わしめてしまうほど私は信用されていないのか!?
この会話を聞きつけて、
『殿下、お茶の用意が出来ておりますのでお部屋で待たれては?』
とさりげなく言って来る執事の登場を切望するも、聞こえていないのか聞こえていないふりをしているのか、誰も廊下に出て来ない。
ペトラも出て来ないが、彼女の場合、廊下に第三王子が立ちっぱなしで兄を待っていると知った日には、
『では殿下もこちらでお嬢様と一緒にお茶を飲みながらお待ちになればよろしいじゃありませんか』
なんてとんでもない提案を出しかねないから、出て来ないでほしい。
ペトラはクリストファーが私に求婚したことを知っている。
あの件は綺麗に蹴り返してはいるけれど、何故か入学以降クリストファーとは妙な縁が続いているし、兄のせいで部屋も隣同士になってしまったし、母が『チャンスが合ったらリベンジするのよ!』なスタンスでいるせいで、ペトラも〝私とクリストファーがお近付きになるチャンス〟を虎視眈々と狙っている。
けれど、コーネリアとイグニートの茶番に付き合わされた挙句、帰って来てからクリストファーとお茶だなんて私を殺す気か!? と言うレベルで勘弁してほしいのだ。
ここ数ヵ月の私の頑張りのおかげで忘れている人も多いかもしれないが、私は元々社交嫌いな引き籠り令嬢。
クリストファーの好感度は上げたいけれど、それはあくまで友情レベルの話。
上げるなら剣と剣を交えて上げたい。
そこに言葉はいらない。
キャッキャウフフのお茶会など論外!!!!
なのに!
「では私はこれで」
と帰ろうとするも、
「私をこんなところに残して何処へ行く気だ」
とクリストファーは文句を言ってくる。
いや「何処へ」って、そもそも私はあなたと共に兄を待つ義務などございませんが。
余程そう言いたいが、言えば確実に好感度が下がるだろう。
と言うわけで仕方なく私は廊下に腰を下ろし、鞄から〝ブラッディリベリオン〟を取り出した。
「何だい? それは」
「本ですわ。人生は有限、使える時間は限られております。その貴重な時間をボーっと突っ立って消耗するだけだなんてもったいないこと、私にはできませんの」
とにかく私は時間が惜しい。
オリヴィアとソフィアに連行されてまともに読めていないのに、リアル世界の乙女ゲーム化は今も着々と進んでいる。
早く読み終えてこの先何が起きるのかを把握しておかねば借りた意味がない。
それに本を読んでいればクリストファーの相手をしなくて済むし、一石二鳥だ。
と、廊下に座り込んで本を開くこと数秒。
何故かクリストファーまでもが隣に座り込んで本を覗き込んで来た。
「あの?」
「ああ、私のことは気にせず好きに読むがいい」
いや、そうじゃなくて。
何故にそう親しくもない第三王子と顔を寄せ合って本を読まねばならないのですか。
これで私がヒロインだったらググググーン!! と好感度メーターがMAXに振り切れるところだが……確かに好感度を上げたいと言ったばかりだが……こんなことをしなければならないくらいなら好感度なんぞ底辺で構わない。
「読まないのかい?」
「……読みますわよ」
だがしかし! これでまた何か言ったら十倍になって返って来る。
会話を成りたたなくするには、そもそも口を利かないのが最善だ。
私はクリストファーになるべく背を向けるようにして本に目を落とす。
「──ルブローデではこんな話が流行っているのか?」
なのに!!
ページもめくらないうちに、そんな問いが飛んでくる。
あなたさっき『気にしないで読んでくれ』的なことを仰いましたわよね!?
なのに話しかけて来るのって、真逆すぎやしませんかね!?
「へぇ、実技演習ってどの学校でもやるんだね」
「……」
「このマコレッタって女生徒、マルグリットに似てると思わないか?」
「……」
「これってユリウスも読んだかな?」
「…………あの。殿下、少し」
「──こんなところで何をしているのですか義姉上」
しつこい質問攻めにうんざりしてきた頃、声が飛んできた。
この現状を打破してくれる救いの神……って『義姉上』と呼んだ時点で神などでないことは丸わかりだけれども、クリストファーを遮る盾代わりに使えるなら何でもいい。
と、見上げれば。
予想どおりコンラートがいる。
但し、顔を歪ませている。
まさかクリストファーと人目もはばからずにイチャついている、なんてあらぬ想像をしていなければいいのだが。
「あらコンラート、お帰りなさい」
「怪我は?」
「怪我? え、いや、ないけど」
イチャついているどころか、クリストファーに迫られているように見えたのだろうか。
今流行りの壁ドンをされそうになって腰が抜けて座り込んでいるとか……そこまで考えていたとしたら妄想高すぎとしか言いようがないのだけれど。
が、波乱の幕開けはこんなものではなかった。
「……何をしているんだい? マルグリット」
その後ろには兄までいたのだ。
「ほ、本を読んでいただけですわ!」
「こんなところで? ふたりで?」
座り込んでいる私たちを囲むように仁王立ちの男がふたり。圧が半端ない。
と言うか、兄の圧が酷いのは今に限ったことではないけれど、何故にコンラートまで圧をかけて来るのだろう。
私は壁ドンされた被害者って認識ではないのですか?
それに私、本を読んでいた以上には見えませんでしたわよね?
抱き合ってもいないし、手も繋いでいないし、見つめ合うどころか背中向けていたし!
「本当だ! ユリウスが帰って来るのを待っていて、そうしたらマルグリット……嬢、が本を出してきて、暇だったからふたりで読んでいただけなんだ! 私はユリウスを待っていただけなんだ、本当なんだ!」
クリストファーも同じように弁解する。
この必死さ、彼も兄のサイコパスなシスコンさを知っていると見た。
王族がここまで怯えるなんて何をしたのですかお兄様! と言いたいところだけれども、私を脅して婚約しようとしたり、そもそもクリストファーには思い当たる節がありすぎる。
数ヵ月前のあの日。
きっと帰城後に咎められたに違いない。
「……まぁいいでしょう」
全くいいと思っていない顔で、兄はクリストファーに手を差し出して立ち上がらせる。
この場に居合わせているのに傍観しているのもどうかと思ったのか、真似るようにコンラートも私に手を差し出した。
が。
「俺の妹に触らないでくれるかな?」
全くいいと思っていない顔のまま、兄はコンラートの手を叩き落とした。
「……私の義姉でもありますが」
「ああそうだね。数ヵ月前からはね」
目の前で突如繰り広げられる美丈夫同士の対立。
『やめて! 私のために争わないで!』と乙女ゲームのヒロインなら言うところだが、私は悪役令嬢でしてよ!?
廊下で足止めされていた身としては展開が進むのは歓迎したい。したいけれども、できる雰囲気ではない。
「マルグリットが危ないと教えてくれたことには感謝する。けどね、どうしてきみはそのことを知っていたのかな?」
どうやら私の危機を兄に知らせたのはコンラートらしい。
精神官能に準ずる能力持ちだとは知らなかった、って、きっと先に知ったのはディナエルだろう。
ぬいカフェで私の考えていることを読み取ったような発言を繰り返したフォルッツといい、ぬいママ会の時のディナエルといい、規格外の生命体だけにその手の特殊能力をも持っているに違いない。
無能な後衛と言われたイグニートがいきなり掌から水を出す昨今、クマにそれ以上のことができなくてどうする!
フォルッツが私の危機をディナエルに伝え、ディナエルがコンラートに伝える。
とは言えコンラートが私以上に面識のない兄に、それを伝えに行くとは考えにくい。
ディナエルにせっつかれて街に出ようとしていたところを兄に見つかり、洗いざらい吐く羽目になったのか、ディナエルがコンラートに伝えているその声を聞き咎められて洗いざらい吐く羽目になったのか。
それともディナエルとコンラートの会話を兄がまた聞きしただけか。
ああ、そうか。
もしかして兄は彼らの会話を聞いて、コンラートもこの件に関わっていると思ったのかもしれない。
コンラートはルブローデに来てからずっと私に対しては敵対心バリバリに接していた。
ディナエルのおかげで敵対心はやや薄れたように見えるけれど、それで掌を返して懐いてくるわけでもなく、実技演習後の報告会では私の暴走っぷりを暴露。
最近では私と行動を共にすることなく、ひとりで何かやっている(まぁこれはマツリカがいない今は攻略対象たる義弟を監視しなくてもいいだろう、と言う私の判断でのことだけれども)。
そんな私を避け続けるコンラートが、何故か私が酒場で危険な目に遭ったこと知っていた。
見知らぬ誰かとその件で連絡を取り合っていた。
と、なれば!
要するに兄はコンラートを誤解している、と言うわけか!!
「お兄様、誤解ですわ! コンラートは私にとても懐いてくれていますの。私に危害を加えようだなんて微塵も考えたりしませんわ!」
いや、少しくらいは……怪我をしない程度の小さなざまぁ展開くらいは考えているだろうけれど、実際にそれをした日にはディナエルが怒るだろうから実質手は出せないと言っていい。
なのに一方的に敵認定されたのではコンラートの機嫌も悪くなろうと言うもの。
変に反発してマツリカに急接近されては元も子もない。
と言うわけで、まずは姉弟仲良しアピールで誤解を解こう!
兄だって〝義弟は私に危害を加えない。裏で私を害する計画を立てたりもしていない〟ことがわかれば警戒を解いてくれるはず。
「ほら、こーんなに!」
とコンラートの腕を取って自身の腕と絡ませる。
マツリカがクリストファーとしていた時は、
『何の関係性もない男女がべったりとくっついて。恥を知りなさい』
とか言われていたし私も思ったけれど、それでも腕を絡ませている彼らを見て仲が悪いとは思わなかった。
これはそれと同じ。
けれどマツリカたちと決定的に違うのは、私とコンラートは姉弟と言う確固とした関係性がある、と言うことだ!
家族とはコミュニティの最小単位。仲良くして悪いことなど何もない。
名付けて! 仲良きことは美しき哉作戦!!
沈黙が流れる。
と、思いきや。兄は私たちを一瞥すると、無言のまま立ち去ってしまった。
その後を捨てられた子犬みたいにクリストファーが追いかけて行く。
「よし! お兄様にあなたが無害だってことはわかってもらえたようね!」
「……義姉上。その空気の読めなさはわざとですか? 天然ですか? 女子力がないとか言うレベルではないですよ!?」
得意げにふんぞり返った私の隣で、コンラートは大きく溜息を吐いた。




